無駄を愛することの素晴らしさ
この雑記は思いついた時に指が動くまま、特に推敲することなくただ書き連ねている。
そこに意味はなく、ただ自分の脳みそをアウトプットするだけだ。
この雑記を書くにあたりインプットは必要としていないし、誰かによんでもら読んでもらいたいと思っているわけでもないのでこちらとしては気が楽で仕方がない。
雑記なのだから何を書いてもいいし、誰かに糾弾されることもないし、自分の足しになるかなんてことも考えていない。
ただただ気持ちいいのである。
人間はこんなにアウトプットするだけで気持ちいいものなのかと思いやめられなくなる。
私は元よりお喋りが好きで思っていることを話したくてたまらない性格をしていることもあり、かつなにか練りにねったものを作るのが苦手なもので、この雑記という形式がぴたっと型にはまった。
こんな駄文でサーバの貴重な容量を圧迫してしまうのは申し訳ないと心のどこか奥底で思う気持ちも多少なりとあったりなかったりするが、それでもせっかく与えられているサービスなのだからご享受する他ない。
無駄というのは実に楽しいことだ。
人生意味ばかり考えたってこれっぽっちも楽しくないのだから、無駄に無駄を重ねて生きていこうじゃないか。
これは必要で、これは無駄だから捨てる。
こう言った考えも否定はしていない。
無駄は捨ててもるという楽しみさえあるわけだ。
無駄を捨てて楽しむ人がいたっていい、無駄を享受して楽しむ人がいたっていい、。
私は無駄を愛している。
だからこそこの雑記を書くのである。
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