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同通美学:通訳と美術の共通点は何か?

ちょうど今朝、青い日記帳著『いちばんやさしい美術鑑賞』(ちくま新書)という本を読み終えました。

青い日記帳著『いちばんやさしい美術鑑賞』ちくま新書

この本は難しい美術鑑賞入門書ではなく、まず美術に興味を持ったらこれ!という感じの本です。毎ページ新しい作品を解説している一般的な美術書とは違って、本書で紹介されている作品名は15点しかないので、一つ一つの作品にじっくりと向き合えます。そしてこの本の最後の方に、こんな文章がありました。

・・・セザンヌにせよマティスにせよ西洋美術の人物画は対象である人物だけでなく、部屋の中にあるさまざまなものに色を重ねて描き込んでいます

前掲書P226

つまり西洋美術は、どんどん足し算をしていくというのが基本のようです。では一方で日本美術はどうなのでしょうか?

それに対し、日本画は絹本や和紙に薄い岩絵具や角などを用い、極力少ないせんで表すのを佳しとしてきました。いかに正確に描くかではなく、いかに省くかに力点が置かれているのです。

前掲書P226-227

つまり日本画は引き算だということですね。じゃあこれが同時通訳とどう関係しているのでしょうか?

私はかれこれ7年前になりますが、大阪の通訳学校に通学していました。その当時のある先生が、同時通訳の本質を一言で表してくれました。

つまり同時通訳は足し算と引き算だと。日本語から英語にする時は足し算で、英語から日本語にする時は引き算。これはどういうことなのでしょうか。

例えば「行ってきたよ」という日本語を英語に通訳するとき、みなさんならどうしますか?まさか"Went (行った)"とだけ訳すことはないと思います。英語には主語も要るし目的語も要るしで、何かと付け足さないと意味をなさない言語です。

そういうわけで「行ってきたよ」という一文を、場面によっては"I went to the bookstore to buy the book you wanted." (あなたが欲しがっていた本を買いに本屋さんに行ってきた)と英訳することも可能なわけです。

日本語ではたった6文字だったのが、英語では40文字(11単語)も使う場合があり、これは英訳時における足し算だと言えないでしょうか。英訳するときは色んな既知情報を補う必要があるのです。

一方で英語から日本語に訳す場合はどうでしょうか。例として"They thought that they would win the game tonight."という英文を考えてみましょう。直訳すると「彼らは彼らが今夜の試合に勝つだろうと思っていた」ですね。ですがこんなまどろっこしい日本語を使う人はほとんどいませんし、第一聞きづらい。

そこで引き算なんです。すると「勝つと思ってたようだ」くらいまでキュッと凝縮することも可能です。23文字が10文字に減りました。これが可能なのは、日本語は既知情報を省略することが可能な言語であることが関連しています。もちろん英語でも省略することはあるのですが、日本語ほど省略できる言語でないことも事実です。

このように考えると、西洋画と英訳は足し算、日本画と和訳は引き算、という綺麗な公式が見えてこないでしょうか。これは通訳者として、非常に面白い発見です。

私は通訳者教育もしているのですが、日本語に同時通訳する時に引き算をどれだけできるかが、発話スピードについていく突破口の一つとなることを受講生に何度も伝えています。

美術と同時通訳に共通点があるということは、これまで誰も指摘してこなかったのではないでしょうか。私はこれからも美術を少しずつ勉強し、同時通訳に活かせないか考えてみたいと思います。



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