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客席から見える景色① ニューヨーク

いちお笑いファンが、客席から芸人さんを見たときに覚えた感覚をエッセイ調で1000文字程度で書いていきます。
第一弾は大好きなニューヨークさん。



客席から見える景色#1


狭い部屋には帰りたくないから、安居酒屋に友人を呼びつける。フケた大学の講義を、さも英雄譚のように語って悪ぶるのが格好良かった。友人がコンビニのバイトを愚痴るのを、煙草の煙でふやかしている。はたちの我々は曖昧で、不安定で覚束なかった。正論好きの大人を嗤うのは、本当は縋り付きたかったから。ださい自分を演じるのは、誰からも必要とされていないと信じたくなかったから。愛想悪くビールを注ぐ兄ちゃんも、店内に流れる面白味に欠けたJPOPも、熱く弁舌を振るうテレビの向こうも、何もかも、私だった。私が世間を突っ撥ねるのは、その世間らとよく共感している証だった。
友人は話を辞めて、唇に載った甘塩っぱい塩を舐めた。その瞳に哀れな自分が丸々映り込んで、睥睨している。私は周りを心底馬鹿にしながら、自分を馬鹿にしていた。こんな小さな街すらも、一歩も出て行けない自分。枠に捉われたくないのに、枠が無いのは恐ろしかった。私は常に、比較したがっている。誰かと自分の間に綺麗な境界線、いかに綺麗な境界線を描けるか。いかにユーモアに満ちた筆遣いで、いかに斬新な発想力で、いかに穿った線を引けるか。そしてそれらができるだけ称賛されれば良かった。
野性的なものに憧れた。獣のように本能的で単純な、愚直で誠実なものを是とした。だからこそ、人々は皆んな猥褻で低俗な嘘つきだと信じた。最も孤独で揺るぎなく、空虚な叫びを礼讃した。そして大衆的で人懐こく、親切な嘆きを愛した。セックスは極めて汚らわしく不潔で陰湿な営みだったが、誰しもと感覚を一に出来るのが至上の悦びであった。またその行為にこそわが誕生を担保しているのが堪らなかった。私はわざと開けっ広げに鼻を鳴らした。知ったふうな口を利いた。友人もそれに乗じるのが仕合わせだった。分かり合えている。それが魂に程遠い場所であっても。そう互いに寄りかかれるのが嬉しく、われわれはまた一つ秘密を共有した。争いや諍いを嫌がるのは、その過去さえ瓦解するのが怖いからだ。脈を流れる私の赤い血が、もしも他の人と違う成分であればそれほど寂しいことは無いだろう。私はきっと発狂して、言葉を忘れてしまうだろう。だからこの口先乾くまで、隣人を愚弄し嘲笑おう。愛を囁いた咽喉で肉を食み、睦み合った身体で消化してやろう。ああ、希うなら正義と相対する純粋な悪役になりたい。さすれば貴方たちは敬意を私をこう持って呼ぶだろう。悪い奴! そうとも、私を斃せば世界は救われるんだぜ。

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