使命
【父親妄想日記】
嫁が陣痛に苦しんでいる時、僕はテレビの前説の仕事をしていた。
嫁が分娩台で新しい生命を生み出すべく、圧倒的な痛みに耐えている時、僕は目の前のお客さんに「相方のおでこに吸盤をつけるという特技」を披露していた。
出産に立ち会う旦那さんも素晴らしいが、産まれて来るだろう子供の為にお金を稼ぐ。
それも素晴らしい出産への旦那さんの向き合い方でもあると思う。
奥さんが陣痛で苦しんでいる中、
警察官を仕事にしている男性なら「目の前の犯人を捕まえ、被害者を救う事に命をかける。」
…かっこいい。
消防士を仕事にしている男性なら「目の前の家事を鎮火し、1人でも犠牲者を少なくする。」
…かっこいい。
けど僕は目の前のお客さんに「相方のおでこに吸盤をつけるという特技」を披露していた。
…凄まじくまぬけだ。
陣痛で苦しんでいる嫁がいたたまれない。
電話でなんて答えたらいいんだ。
嫁「く、くるしい。はやく、はやくきて!!!
なにしてるの??」
僕「…ごめんね。相方のおでこに吸盤をつけてるんだ。」
…言えない。口が裂けても言えない。
なんか分からんけど嫁のお父さんにもめちゃめちゃ怒られそうだ。
ただ、それぞれの職業には使命がある。見た目が滑稽であろうが、使命さえ果たしていればそれはかっこいいはずだ。
警察官の使命は目の前の悪事を取り締まる事。
消防士の使命は目の前の家事を鎮火する事。
芸人の使命は目の前のお客さんを笑わせる事だ。
ただ相方のおでこに綺麗に吸盤がつき、特技が成功した瞬間、お客さんの反応は
…ややうけだった。