それってパクリじゃないですか?第10話
『それってパクリじゃないですか?』の第10話が放送されましたので、このnoteでも取り上げたいと思います。
前回のコラムの最後でも触れたように、亜季は、冒認出願の可能性に気づき、そのことを北脇にも伝えましたね。その結果、北脇は、親会社へ戻ることが決まったもののハッピースマイルとの特許権侵害訴訟については引き続き担当するということになり、また、亜季は、五木さんの情報漏洩の証拠を押さえるべく、動き出しました。
そんな中、早速、特許権侵害訴訟の口頭弁論が開かれます。
ちらっと裁判所の外観が映っていましたが、裁判所はあんなにきれいなところなのか、と思われた方もいるかもしれません。
実は、こちらの建物は、中目黒にある庁舎で、ビジネスコートと呼ばれています。このビジネスコートには、知的財産権関連紛争を扱う東京地裁民事第29部,第40部,第46部,第47部や知的財産高等裁判所が入っています(他には、商事・経済紛争を扱う民事第8部、事業再生・倒産処理を扱う民事第20部がこの裁判所に入っています。)。このビジネスコートは、2022年10月に開庁したばかりということもあって、とてもきれいな建物となっています。
話は戻り、月夜野ドリンク(被告) vs ハッピースマイル(原告)の侵害訴訟の口頭弁論が始まります。北脇は、月夜野がハッピースマイルの特許権を侵害しない理由として、後述のとおり、「高温水処理」による茶葉の抽出が月夜野のカメレオン・ティーの製造工程では行われていないことを主張しますが、ハッピースマイルの田所弁理士は、カメレオン・ティーの色が変わらないという核心部分に違いはない旨を反論し、北脇はかなり苦戦している様子でした。
なお、実際の裁判では、このように主張・反論を口頭弁論でプレゼンのように繰り広げることはあまりありません(後述する「技術説明会」のような例はあります)。というのも、民事訴訟では、「口頭主義」(弁論や証拠調べは、口頭で行わなければならないとする建前)が採用されてはいますが、実際には、当事者は、自身の主張を記載した「準備書面」という書面を期日の前に裁判所に提出しています。とはいえ、それでは、「口頭主義」の要請を満たさないので、口頭弁論期日の当日に、裁判所からの「陳述しますか?」という問いに対し、準備書面を提出した当事者が「陳述します」と回答することで、口頭主義の要請を一応満たすことになっています。そのため、例えば100ページある準備書面を提出していても、「陳述します」の一言で100ページを読み上げたことと同じように取り扱われています。
それでは、裁判所にわざわざ行く意味はないのでは?と思うかもしれませんが、口頭弁論(あるいは弁論準備手続等)では、裁判官から主張(反論)の趣旨・疑問点を確認されたり、当事者の考えや説明を聞きながら争点を整理したりすることも多いので、やはり重要な手続きであることには変わりないといえるでしょう。
なお、コロナ禍以降、オンラインを利用した裁判手続きが進み、運用上、ウェブ会議システムを利用した手続(書面による準備手続)が利用されることも多くなっていましたが、令和5年3月1日からは、当事者双方がウェブ会議システム等を利用して弁論準備手続期日に出廷することを可能とする民事訴訟法の改正法が施行されています。
さて、本第9話でまず私達が気になったのは、先ほど述べたとおり、この口頭弁論期日において北脇が、特許製法では、「高温蒸気による蒸し」および「高温水(60℃以上)を用いた浸漬処理」となっているのに対し、カメレオンティーの製法では、「高温蒸気による蒸し」および「低温水(40℃以下)を用いた浸漬処理」である点で両者は異なる、という反論をしていた点です。
もし、ハッピースマイル特許が、物を生産する方法の発明の特許であって、そのクレームの文言が、上記の特許製法のとおり規定されていたのだとすると、文言上、クレームの範囲に含まれないことは明らかだからです。
(※ 物の発明であれば、その物を構造・特性で特定できない特殊なケースを除き製造方法は基本的にクレームされないので、クレームにないことを反論している北脇の主張は的外れだということになります。そのため、この特許は物を生産する方法の発明の特許だったものと思われます。なお、物を生産する方法の発明の特許権は、特許法第2条第3項第3号の規定に従って、その方法により生産した物に及びます。)
これに対して、田所弁理士は、「原告の特許の一番の特徴は、お茶の色と味が変わるという点です。茶葉の抽出工程はその根幹をなすものではありません」と反論しているので、ハッピースマイルは均等侵害の主張をしていたのかもしれません(均等侵害についての解説は、第3話のコラムでしていますので、気になる方はご覧ください。)。
さて、前記のように北脇が苦戦した口頭弁論を終えた次の期日では、秋元真夏さん演じる篠山瑞生が証人として呼ばれ、北脇から証人尋問がされましたね。証人尋問は、民事訴訟法的にいうと証拠調べの方法の一つになります。
まず、前提として理解しておかなければならないことは、民事訴訟には、当事者が主張している事実しか判決の基礎としてはいけないという大原則があることです。
その意味で、まず「主張」があって、その主張を裏付けるために「証拠」があるという関係になっています。なので、証人尋問が行われるのは、通常は訴訟手続きの終盤(当事者それぞれが自分の主張をし終えて、裁判所も争点を絞れた状態)に、争点との関係で証人の陳述が関連し、必要である場合に裁判所は証人として採用することになります。
今回は、冒頭の期日のやりとりを見ると、被告製品が、原告特許権の技術的範囲に含まれるか、という点が争点だったようなので、北脇が行ったような発明の過程に関する質問には異議が出され、裁判所からも争点との関連性のあるような質問をするように注意されてしまうかもしれません(北脇からの尋問中に、田所弁理士は、冒認出願の可能性に気付いたようだったので、冒認の主張はなかったと考えられます)。実際に、このケースでも裁判官は「特許権侵害に対してもっと明確で有効な反論をしてください」と注意していました。なお、技術的範囲に含まれるかどうかといった点が争点になっている場合には、証人尋問ではなく後述する「技術説明会」が実施される場合が多いかと思います。
続けて裁判官は、次回期日までに有効な証拠を提出できなければ「侵害の審理を終結する」ことになると言っていました。
これは、知的財産権侵害訴訟に特有の審理の進行なのですが、通常、知的財産権侵害での訴訟進行は、まず侵害論(特許であれば、特許権の技術的範囲に含まれるか、無効理由がないか等)の審理を終え、裁判所が、文言侵害あるいは均等侵害が認められるという心証に至った後、ようやく損害論の審理に移行するという二段階審理方式が採用されています。
いわゆる知的財産においては、何が「損害」であるのかが可視化しづらいこともあり、特許法を始めとして「損害額の推定」の規定が置かれています(特許法第102条等)。たとえば、102条第2項では、侵害者が侵害行為により得た利益を、特許権者の損害の額として推定する規定が置かれています。損害論の審理では、102条第2項の場合、侵害者の利益額が分かる資料が提出され、特許権者は、その内容の正当性を検証したり、侵害者の側からは、推定覆滅事由(市場の非同一性、競合品の存在、侵害者の営業努力、侵害品の性能等)といったところが主張されることになります。
ところで、本件は月夜野の「カメレオン・ティー」の販売開始前に提起された侵害訴訟ですので、損害賠償まで請求の趣旨に含まれていたのか?という点が気になります。
たしかに、裁判官が「侵害の審理を・・・」と言っていた以上は、損害論もやるということのようにも思われます。
しかし、侵害者が「生産」しかしていない場合に、原告に「損害」があるのか?という問題があります。また、もし、原告に生じた損害が観念できる場合であっても、上記の損害額の推定では、第1項及び第2項は、譲渡行為があることが前提となっているため使用できず、第3項はライセンス料相当額を基準に算定するものになっているので、生産行為についてのみ、ライセンスし、ライセンス料を得ることがありうるか?という問題に行きつくように思います(もちろん、102条は「推定規定」なので、それ以外の計算根拠で損害額を主張することも妨げられませんが、中々難しそうです。)。この点について、以下のような説明も見られましたので紹介します。
もし、今回のケースでハッピースマイルビバレッジがカメレオン・ティーの製造に関して差止・廃棄請求のみならず損害賠償請求をしていた場合、侵害が認められ廃棄請求が認められるのであれば、損害賠償までは認められないという可能性も考えられます。
他に、特許訴訟において特徴的な手続きとしては、「技術説明会」というものが開催されることがあります。
これは、例えば侵害訴訟では、当事者がひとしきり主張をした後、技術的範囲の解釈や無効理由等について、必ずしも当該技術について元々知見があるわけではない裁判官の理解を助けるために行われています。
なお、特許訴訟では、調査官という裁判所に常勤している職員がいて、裁判官の技術的事項の理解を助けています。他方で、この技術説明会に際しては、調査官のほかにも、その期日のための専門委員が選任されることが多く、裁判所や専門委員の前で、当事者がパソコンやプロジェクターを利用しながら、プレゼンをしていくというものになっています。当事者間で、攻防を繰り広げるというよりは、当事者それぞれの主張に対して、裁判官や専門委員から質問がなされるとい流れが多いです。
ひとしきり、主張が終わっている状況で行われるものではありますが、それまでの主張立証活動の引き写しとならないよう、背景なども説明しつつ、裁判官の表情も見ながら理解のしやすいような説明を心掛けるところが肝要であり、訴訟代理人の腕の見せ所でもあります。
さて、話は戻り、侵害訴訟では非常に苦しんださなか、亜季は、ついに五木さんが情報漏洩をした証拠を掴み、五木さんも観念して、カメレオンティーの資料を彼女の篠山瑞生さんに渡してしまったことを認めました。このような行為は民事上の責任のほか、刑事罰が課されるものでもありますので、あってはならない行為です。
事案にもよりますが、民事上の損害賠償では、億単位の賠償金額となってしまうこともありえますし、刑事罰としても執行猶予のつかない3年を超える懲役に加え、数百万円の罰金が課されることも十分に考えられます。大事にはならないと思ってこのようなことをしてしまった五木さんが心配にはなりますが、このようなことが起こらないよう、社内教育をしっかりしておくことが、営業秘密の漏洩防止にもつながるといえます。
結果として、冒認出願であることが明らかになり、ハッピースマイルと月夜野は和解することになりました。再度北脇も月夜野ドリンクに出向することになり、亜季とのコンビも再結成できてよかったですね。みんなで楽しそうに同じ釜めしを食べる光景は感慨深いものがありました。
約2か月にわたり放映された『それってパクリじゃないですか?』ですが、人々の身近にあるものの、どこか遠い存在である「知的財産」について、幅広く取り上げられており、かつ、ドラマとして面白く仕上がっており、非常に良い作品であったと思います。
欲を言えば、問題となった各特許の詳細について公式ホームページなどで公開していただけると、より詳細な検討ができたのにな!とは思っていましたが。
私どももドラマの放映後にこのコラムを投稿してきましたが、お読みいただいた方にとってためになる、あるいは面白いと思っていただける投稿ができていれば嬉しく思います。
今後も、知的財産権関連の皆さまにとってためになる情報を発信し続けていきますので、ぜひ引き続き当事務所のnoteをチェックしていただけますと幸いです。
文責:鈴木佑一郎、山田康太
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?