僕が日本を代表する大企業と仕事をした話(2)
この記事は【僕が日本を代表する大企業と仕事をした話(1)】の続きです。未読の方はコチラから読んでいただくことをオススメします。
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トヨタから新たな依頼
それはトヨタがスポンサーだった『赤ちやんドライバー・ハヤト』の仕事が終わってから少し経った頃、『ハヤト』を連載していた当時の「5年の学習」編集長から相談を受けたのだった。
編集長は開口一番
「実は以前からトヨタ広報部のNさんからトヨタの社内報で、くぼさんに4コママンガを描いてもらうのって無理ですかね〜?って、訊かれてたんですよ」
おそらくトヨタ広報部のNさんからすると、商業雑誌でマンガを描いていたボクが敢えて社内報という読者を限定する(とはいえ人数は多いと思う)誌面にマンガを描いてくれるのだろうか?という疑問も含めての「無理ですかね〜?」だったと思う。実を言えば、そういったこと(商業雑誌以外で作品を描くこと)に関してボク自身は、それほど抵抗はなかった。
ただ、編集長は <たとえ先方から望まれてるにしても> ボクのように商業雑誌のマンガ家が出版社も介せず一個人で企業(それもトヨタという大企業)の社内報にマンガを描くということの難しさは安易に想像できたのだと思う。その上で「それは無理ですよ」と答えるのは賢明な判断だったと言える。
ただ、それでもトヨタ広報部のNさんは
編集長が何度断っても熱心に言ってきたそうで
「くぼさん、やっぱり無理ですかね〜?」って。
で、それならば、とりあえず本人に聞いてみましょう!
ということになったのだそうだ。
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「くぼさん、トヨタの社内報に
マンガを描く気ありますか?」
社内報は冊子形態で毎月発行され、4コマは連載で月に1〜2本掲載になるという。その時のボクは『ん〜別にいいですけど〜』と編集長の心配をよそに深く考えず(そこまで熱心に望まれてるなら、多少、面倒なことがあっても何とかなるだろう。月に4コマ1、2本だし…。と)返事をしていたと思う。
まあ、当時のボクは企業の仕事(マンガを描くこと)というものをやったことないので深く考えるも何も「リアルに考えようがなかった」というのがホントのところ。
こうしてボクは、TOYOTAの社内報(冊子)に4コママンガの連載仕事を始めることになった。細かい説明は後にして、まずはマンガが掲載された冊子を先に見てもらおう。↓↓↓
これがボクのマンガが掲載された
TOYOTA社内報(冊子)
4コママンガ『カッパしゃいん』連載1回目
(TOYOTAの社内報『クリエイション』2004年4月号)
TOYOTAの社内報の表紙に何の予告もなく変なマンガ(笑)が、こんな風にデッカク掲載されたことを想像してほしい。初めて見た人には、かなりのインパクトがあったんじゃないかと思う。(当然、前年度までの社内報は普通に社内報らしい表紙であり、こんなふうに表紙に4コママンガが掲載されたことなど、それまで一度もなかった)
この社内報は冊子の形で毎月発行。A4サイズのオールカラーでページ数も多い(この年度は、いつも30ページ以上はあった)発行部数も市販雑誌に負けないくらいの部数を配布されているという立派なものだった。そして4コママンガの掲載は『表紙』と『中面ページ』の毎月二本立てだった。表紙の4コマの方は、社内報の各号のテーマ、内容に関連するようなネタで展開。中面ページのマンガはフリーネタだった。
これが同じ号の最終ページ。4コママンガとキャタクター&作者紹介がされていて、世界のトヨタの社内報の丸々2ページが、ボクのマンガ関連に割かれていることになっていて、これはちょっと尋常じゃない。
先にも書いたけど、この表紙を初めて見た社員の人たちは度肝を抜かれたと思う。これは17年前だ。斬新!ある意味、革新、イノベーションだよね。
ただ、社内報にマンガが掲載されることに対しては好意的な意見は多かったものの、真面目な方達からは「マンガなんて、ふざけている!」といった意見もあったと聞く。(ギャグマンガだから、ふざけてるのは間違いないんだけど)
そして、人によっては「なんでウチの社内報に訳のわからないマンガとか、トヨタと何の関係もない奴のことに、こんなにページを割いてるんだ。意味がわからない!」なんて思われてたんじゃないかなあ。
まあ、描いた本人ですら冊子を見た瞬間
『オオ!スッゲ〜なあ… ホントにいいのかなコレ〜?
TOYOTAの社内報だよね〜』って思ったぐらいだから。
それだけに、こんな思い切ったことをやれてしまう
トヨタという企業の柔軟性に素直に感心したものだった。
ちなみに、この仕事(連載4コマ)のトヨタの初代担当者は広報部のNさん。社内報の表紙をボクの4コママンガにしてはどうか?との提案をしたのも、そのNさんだったそうだ。
(注)この記事内で書かれている『広報部』『トヨタ本社広報部』とは、トヨタ本社広報部内で社内報を作っている部署を指しています。
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『カッパしゃいん』はトヨタの新入社員
話が前後したけど連載4コママンガ「カッパしゃいん」について少し説明すると、主人公はトヨタに入社した河童(笑)
もともとマンガの内容に関してトヨタサイドから特に具体的な指定はなく、ボクが出した案が採用されたものだった。<河童>には特に意味はなく、単純に『河童がトヨタに社員として入社したら面白いかも』というシュールな発想で出した案であった。(ただ、さすがに社内報としては単にシュールで不条理なマンガというわけにも行かず、実際にはエコロジーを体現するキャラクターという個性も加味された)『しゃいん』(=shine)はピカピカの新入社員にも掛けている。
ともかく、この「カッパしゃいん」は
ボクが最初に出した案が あっさりと一発OKで
採用されて連載が決まったものだった。
後から聞くと、その案の採用には広報部の女性社員さんたちの「可愛い!」との意見が影響した(もちろん最終的な決定は現場ではなく、もっと上の判断に依るのだけれど)とのことだった。ありがたいことである。
これは前回の(1)でも書いたが、広報部の女性社員の方たちが、ボクの『ギャル系小学生ミカ』や『赤ちゃんドライバー・ハヤト』といったマンガ作品を愛してくれていたことも大きいと思う。(詳しくは【僕が日本を代表する大企業と仕事をした話(1)】を参照ください)
トヨタ広報部としてはマンガ(ボクの4コママンガ)を表紙にすることで、今まで社内報には興味が無くて、あまり目を通することすらなかった人たちの「読むキッカケ」になってほしい&家にも冊子を持ち帰ってもらって社員の家族(お子さん等)にも社内報を見てもらいたいといった <希望> というか <期待> をかけられていた。だからボクもその期待に応え、面白いマンガを描きたいと思っていた。
それから余談だけれど、この河童のキャラクター。この件の少し前にボクが書き下ろして出版されていた書籍(子供向けに書かれた性教育の単行本)の中に登場させた河童のキャラクターを(ボク自身が)気に入っていて、それが発想の元だったことを記しておきます。
これが、そのカッパ ↓
『ぼくの保健体育』(学研)より
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担当さんは遠かった
連載までは奇跡的にトントン拍子に進んだ この仕事。連載が始まっても しばらくは、さして問題もなくスムーズに進んでいたけれど、それがずっと続くほど甘くはなかった。企業との仕事というのは、やっぱりボクがそれまでやってきた出版社の仕事とは大きく違っていたのだ。
具体的な話をする前にまず、この仕事での基本的な伝達系統を理解していただきたい。簡単に言うと何を決めるのも次の流れが基本だ。
トヨタ広報部Nさん〜 広告代理店Kさん〜編集Tさん 〜マンガ家(ボク)
ビジュアルがあった方が読んでる人がイメージし易いかと、それぞれをイラスト化しました。が、本人に似てるかどうかは保証できません。
イメージで描いているので(笑)
つまり、ボク個人が この仕事で直接やり取りをするのは、基本的に編集Tさんのみである。(このTさんというのは、学研の編集長がマンガ家個人が企業や広告代理店と直接やり取りするということの大変さを考えて、間に入る人としてセッティングしてくれた人で、ボクも顔なじみの某編集プロダクションの編集者さんである)で、トヨタの担当Nさんとは、直接、話をすることはない。このメンバーによって伝言ゲームのようにネーム(セリフの入ったラフな下書き)の確認、内容の修正、等が行われて行くのだ。
ネタ出し、ネーム確認は青の矢印
修正、アカが入ったときは赤の矢印
こういう流れって広告の仕事としては普通にあること?なのかもしれないけれど、それまで出版社の担当編集者と打ち合わせ(とことん話し合って)をしての作品作りに慣れている(いわゆる商業雑誌スタイルの)ボクにとっては、多少、じれったくもあった。
この伝達スタイルでは、ボクが出すネーム(セリフの入ったラフな下書き)に修正が入れば、直しに時間と手間暇がかかるのは明らかだった(あくまでも商業雑誌の仕事との比較でだけど)
そして、仕事としてはスムーズだった連載当初ですら
全く修正が入っていないというわけではなかった。
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カッパと社内規定
これだけ大きな企業である。社内報とはいえ内容を確認する部署があって(例えば差別や人権侵害等)がないか厳しくチェックされ、それは4コママンガも例外ではない。そのチェックは、もちろん商業雑誌なんかより、ずっと厳しい。
そして、さらにボクが考えたマンガの設定 <カッパがトヨタに入社した> という設定によって、ボクは自分のクビを絞めることにもなる。
そもそも河童が入社しているという設定が認められているわけで、その時点で社内規定外だから <何でもアリ> かと思いきや、社内規定は絶対に守らなきゃいけなかった。河童なので裸で出社しても問題ないけど社内規定は守らなきゃいけない、みたいな。冗談みたいな話だけど、カッパだから許されることと、カッパでも許されないことの線引き、兼ね合いが わからなかった。そもそも社内規定を知らない状態でネタを書いてるわけだし(笑)
そして困ったことに
面白くしようと思ってネタを考えれば考えるほど
規定に引っかかったりするのである。
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ボクの悩みは続く
それらのチェックによって発生する修正以外にもボクの悩みはあった。連載の回が進むにつれ、内容についての要望や変更の希望といった修正が増えてきたこと。
問題は修正の内容だった。
商業マンガ雑誌の担当編集者の場合、ネームのチェックで直しが入るのは『ネタをより面白くするための修正』であって、基本的にネタ自体を否定するような修正は入ってこない。
だけど、この仕事では『そこを修正したらネタが成立しなくなるよ』といった修正が多かった。でも、それは当然だったのかもしれない。商業マンガ雑誌の仕事では事前に作家と編集者が しっかりと打ち合わせをしているので、内容の方向性は絞られている。従ってネーム段階になってネタの内容自体をひっくり返すような修正は入りにくい。
雑誌の場合、作家と担当編集者の意見や考えが違うことがあっても
事前の打ち合わせで担当編集者とのすり合わせが出来ているのだ。
逆に言えば、それが行われない形の仕事では
ネームを出した後にネタが成立しなくなるような
修正が入ってきたって当然なんだと思う。
そもそもが『ちょとした修正によって
4コマはネタが成立しなくなる』なんてことは
普通の人には理解できないことなのかもしれない。
事前の綿密な打ち合わせが出来ないだけではない。
ネームを出してからでも、
お互いの考えてることの違いも含めて
トヨタの担当さんと、じっくり話し合いが出来ればいい。
だけど
この連絡系統では、それは望めない。
やり取りはFAXと伝言。会って打ち合わせをしたくても、こちらは東京。担当さんはトヨタ本社勤務なので愛知県と遠く離れている。その上、基本、ボクはトヨタの担当さんとは電話やメールで直接、やり取りすることも出来なかったのだ。
そしてネタに対する要望の数の多さもボクの悩みだった。
でも、それも当然のことだとは思う。商業マンガ雑誌の仕事ではネームをチェックするのは担当さん一人だけど、この仕事は広報部の社内報を制作しているスタッフ全員(10数人はいたと思う)のチェックが入る。人の数だけ いろんな意見や要望が出ても おかしくない。
もちろんスタッフさん全員が毎回、希望や要望を言う訳ではないのだけれど、2〜3つの要望であれ、その都度ネタを練り直して提出する労力や手間、時間はバカにならない。
商業マンガ雑誌の仕事のスタイルしか知らなかった自分にとっては悩ましいことの連続。でも、そういう大変な仕事を『ん〜別にいいですけど〜』と簡単に引き受けたのも自分なのだから仕方がない。言ってみれば「社会一般の常識」で考えれば、これが普通で、マンガを取り巻く出版業界の方が特殊だともいえる。
しかし、当時のボクは、只々一本の4コママンガに
際限なく時間を拘束されることに参っていたのも現実だった。
そして、参っていたのはボクだけではなかった。
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そして、おうちバトル勃発!
同業者の漫画家であり
ボクのパートナーの「くぼちー」が本気でキレた!
(まだ久保マシンは結成前)おうちバトル勃発である。
この絶体絶命状況から
どうして連載が10年以上も続くことになったのか!?
それは…
「3」へ続く____
僕が日本を代表する大企業と仕事をした話(2)/終わり
漫画家 くぼ やすひと(久保マシン(Y)くぽりん)
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