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タクシー運転手 約束は海を越えて(2017)

日本の年間興行収入ランキングを見ると、
韓国映画が未だ映画マニアの目にまでしか
届いていないことがもどかしい。

2017年韓国で爆発的ヒットした本作品。

主演は韓国、いや世界的名優ソン・ガンホ。

韓国映画ビギナーズの方には
これを覚えておいてほしい。

ソン・ガンホ映画に外れなしである。

1980年に起こった光州事件を取材する
ドイツ人ジャーナリストと
事情も知らず巻き込まれた
ソウルのタクシー運転手の絆と交流を
描いたコメディーヒューマンドラマ。

自分も韓国映画を観るまで
知らなかったのだが、
簡単に光州事件についての説明をしておく。

1963〜79年まで独裁者として君臨していた
朴正煕(パク・チャンヒ)大統領が暗殺され、
その後に実権を握った
全斗煥(チャン・ドゥファン)もまた軍事政権を
推し進めていた。

各地で大学生を中心に民主化運動が起こり、
軍部はそれを鎮圧するために
非常戒厳令を発令。

国民のデモに対して、
武力をもって弾圧したのだ。

1980年の光州事件は、
軍が市民を発砲し大量の死者が出るなど
最も悲惨な事件として知られている。

軍は光州市を制圧し、
市内では電話が通じなくなり、
メディアも情報規制されていたため
当時、光州市内では何が起こっているのか
全く分からない状況であった。

まさに陸の孤島と化していたのである。

情報を聞きつけたドイツ人記者ピーターは、
光州に潜入取材を試みる。

光州までの道のりを共にするのは、
ソウルのタクシー運転手キム・マンソプ。

10万ウォンという高額な運賃に飛びつき、
検問をかい潜ってピーターを光州へ運ぶ。

しかし、そこで見たものとは
戒厳軍と民衆デモの
地獄のような紛争現場であった。

【感想】

優れた韓国映画の特徴として、
一つの映画の中に
一括りにできない様々なジャンルを
包括しているという点がある。

『タクシー運転手』も例外ではない。

序盤、キム運転手の破天荒で人間臭い性格や
父子家庭で貧しい暮らし、
一人娘との関係性などが
なんでもない日常のシーンで描かれる。

程よくコメディシーンも挟んだり、
明るく気の抜けた音楽とタッチで、
「人情モノの泣かせてくるやつだ」
と誰もが思うことだろう。

ところが、ピーターを連れて
光州に入ってからは空気が一変。

ジワジワと恐怖の影が忍び寄り、
あっという間に命すら危ぶまれる
サスペンス映画に変貌する。

この振り幅。

前半と後半で
別映画とも思えてしまうほどの演出の変化。

安全圏からの危険地帯への進入は、
ジワジワと観客の心理を追いつめる。

そして韓国史に残る悲劇を
リアリティをもって突きつけられる。

監督は、現代の若者の記憶から
光州事件の存在が薄れてきていることから
この映画を制作したそうである。

過去の過ちを映画という形で
未来に伝えていく。

しかし、僕がこの映画を評価したいのは
映像教材として優れているからではない。

史実を基にした話ではあるが、
そこにはもちろん脚色が加えられる。

例えば主人公キム・マンソプのキャラクター。

実際には頭も良く英語にも堪能で、
娘ではなく息子がいたそうだ。

この映画ではまるで寅さんのような
憎めないおっちゃんになっている。

主人公とピーターは実在のモデルがいるが、
その他の登場人物については
はっきりと明文化はされていない。

ラストのタクシー部隊による
軍とのカーチェイス。

どう考えても史実じゃないんだけど、
この悲惨な事件を
一級のエンターテインメントとして
昇華させるには必要な嘘である。

史実にない脚色を嫌がる人もいるが、
自分はそうは思わない。

伝えていきたい歴史や想い。

直接関係したことのない観客に
それらの記録を伝えたい。

しかし、遠くの国や過去の人々に
興味をもつことは難しい。

だからこそ人間は
フィクションを必要とするのだろう。

教養的でありながら、
エンターテインメント作品単体として
一級品である『タクシー運転手』。

間違いなくおすすめです。


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