場所の魔力:おはなしを書くこと5
こんにちは、くぼひできです。売れてない作家をやっています。ジャンルは児童文です。児童文学というほうが一般的です。noteでは大人向けの話も載せました。
創作論の5つめ。今回は場所の魔力の話。
お話という媒体が出てきて、もっとも注力されているのはやはりなんといってもキャラクターですよね。これについてもいずれ書こうと思ってるんですが、今回は人ではなくて場所の話。
賞の下読みをしたり、本選で読んだり、教室での原稿とか読んでいると、キャラクターと物語(ストーリーの内容)にものすごく力を入れているのはわかるんだけど、場所についておざなりな作品って多いなと思うんです。
場所というのは、しっかり設定し描出すれば、かなりの魔力をもつんですね。魔力があるということは、お話としてかなり効果的なのです。
どこでもいいような場所、なんでもないような場所、そういうところでお話が進んでも、もちろん人と物語という2要素でおもしろくはなりますが、しかしちょっと足りない。
この20年くらいは映画やドラマ、アニメなどでの舞台を「聖地」とよんで訪れてみるなんて人がいるじゃないですか。韓国ドラマ「冬のソナタ」くらいからですね。自分がイベントで主催として関わったのは片渕須直監督の「この世界の片隅に」のイベントでした。
もちろん、その場じゃなくてもいいような話というのはあって、単純に舞台だからというだけでそんなふうに盛り上がることはあります。でも、その逆に「その土地じゃないとこの物語は生まれない」という要素はあるんですよね。
上記の例だと「この世界の片隅に」は、原作のマンガではこうの史代さんが、アニメ映画では片渕須直監督がものすごくそのディテールに力をこめておられるのです。
ディテールと言っても「見えるもの」だけではないんですよ。とうぜん、絵に描くのだから見えるものに力を入れるんですが、おふたりが大事にされていたのはその土地の「時間」です。
土地とはそもそも空間のことですが、しかしその空間にも時間が経過している。昔はどうだったのか、なぜこういう作りになったのか、というのは相似するものはあっても、やはり土地独特のものなんですね。
土地には時間が経過している。ということは歴史があるということです。歴史があるということは、そこに人々が暮らした記憶が存在している。これを忘れてると魅力が半減とは言わないでも、かなり減るのではないでしょうか。
たとえば、お話にお祭りが出てくるとします。神社のお祭。
境内には本殿・拝殿があって、鎮守の森に囲まれていて、入り口には鳥居があって、鳥居までの参道は石畳や階段があって、その両脇にはテキ屋の屋台が並んでて、石灯籠があって、と、まあ普通のお祭りだとこんな感じでしょうか。これでも十分雰囲気は出ます。
でも、その土地独特の例えば他の地域にない「屋台のメニュー」があったり、お祭りの本体(お神輿や神楽、神主や巫女などの仕舞や仕草)が特異であったりすると、それだけでかなり特殊性が増してきます。そこには必ず由来がありますし、由来が100%伝わっているということはないからかなりお話への関与を入れ込む隙がでてきます。
主人公とヒロインが初めてのデートでその土地の祭に行ったとしましょう。そこでこの神社には初めて来る主人公が、この土地で育ったヒロインの仕草にどきっとしたとするシーンを書こうとしたとき、どこでもいいような祭なら「浴衣で」「屋台で綿あめ買って」「金魚すくいして」「お参りして」といった流れの中でなんとなく、たとえば「浴衣がいろっぽい」とか、そういう一般的なことで描くじゃないですか。それはある程度の人が予想できる範囲内だから、「ああ、なるほどね」と思ってくれたとしても、ものすごく印象に残るシーンになるかというと半々なんです。
しかしそこに土地の魔力があったらどうか。その祭のオリジナルの習俗を作ってみてはどうだろうか。
このお祭りは独特で、参道のある程度までは靴や下駄などで来てもいい。しかし、拝殿前のある一定の空間はかならず裸足にならなくちゃいけない。それはこの神社の由来に、戦国の世に戦に出た主人の無事を祈った奥方が、裸足で行き来し、無理だと思われていた戦を勝って無事に帰ってきたという伝説があった。だから、祈りを叶えてもらうのであればその故事にならい、裸足で参拝しなくてはならない。
というようなことが習わしとして残っていたとしたら、この神社に初めてきた主人公はヒロインにそのことを教えられて靴を脱ごうとする。そのときヒロインが下駄を脱ぐしぐさと、その素足にどきっとする。と、こうなれば描写も増えるし、印象的になるし、他の作品とは違う記憶としてこの二人のシーンを覚えてもらえる。
こういう特徴的なことばかりでなくてもいいです。主人公が毎日とおる通学路の独特な道なりとか、学校の中にある碑とか、なんでもいい。
言葉でおはなしを書くということは、監督も美術も演出も役者も全部ひとりでやるというということです。ならば、しっかりとその映像が残るようにしなくちゃいけない。ですが、こまかな説明ばかりするのって単調になるし、そもそもおもしろくないし、ストーリーの妨げになるものです。
すると、ストーリーを進めつつ印象的なシーンに仕上げるために、キャラクターのキャラクター性に頼ることを考える人が多い。しかしそれも限界があります。
ならば、土地の魔力に頼るのも一手なのですね。
場所とは、主人公をはじめとする人物が活躍する=物語のなかに登場するところなのです。登場人物のひとりくらいに思ってもかまいません。
シーンをよりよいものにするために活用していきましょう。とくに単調になりそうであったりするならば余計にその手立てをとるのが得策です。
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