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人生25年目、自己認知1年目①
「私はHSPだ」
25歳になり1か月弱たった5/17。
私は初めて自分をこのように理解する。
どこかの誰かは「その年で自己分析は遅すぎる」と言うかもしれない。
しかし、私は発見できたことに関して非常にポジティブに感じている。
これから私がHSPと発見できたプロセスをお話しする。
これは私の脳内メモなので「支離滅裂な文章だ」という批判は受け付けない。
私は2024年3月からかなりお金を払ってキャリアコーチングを受講している。
週に1度コーチと一緒に自己理解や転職を進めていく。これに関しては後日まとめる。
そのコーチング内で自分を深掘りしていく中で、私は生きていくうえで自分を苦しめているスキーマ(=べき論)を発見することができた。
私のスキーマ
①潔癖症(完璧主義で80点だと意味がない)
②こわがり(仕事が終わっても、その仕事について考えて不安になる)
③優等生(高い実績がないと自分はだれかに認めてもらえない)
言われてみればすべて心当たりがある。
気を遣いすぎる性格(優等生)は、小学生のころに意味もなく友達に無視された経験からだ。
友達に無視されると自分が悪いと思い込んでしまい、無視されないための行動をとる。
それが人を困らせないように振舞うことだった。だから人が手を焼くことはしないし、みんなの優等生で居続けた。
完璧主義なのは両親の影響だ。
母は宿題に加えて書店で買ったドリルを朝にやることを義務付けた。正解するまで何回でも解かせる。100点になるまで何度も。
ある楽器を習っていた時は、毎日の練習の最後に母が合っているか確認するのだが、ミスは2回までで、3回目を間違えるとやり直しさせられる。
常に100点を求められた。
これは悪いことだとは思っていなくて、友達のおかげで社会を学んだ気がするし、母のおかげで今私は何不自由なく生きている。
しかし、いつかは限界が来る。
気づかないうちに私は苦しめられていたのだ。
仕事で実績が出ないと「私はダメな人間なんだ」と考える。
一つの案件が終わってもクレームが来るのではないかと思うと心配は尽きない。
仕事が終わっても仕事の反省をする。
「仕事ができないのは自分がダメだからだ。」
そんなネガティブ思考に陥っていた。
一方で、今まで良くここまでやってこれたなという驚きもある。
今まで自分と向き合うことを恐れていたから、自分の心をだましだまし偽ってきた。
まさか25になってそれが爆発するなんて...!
コーチングでは私自身を直すのではなく、「認めて受け入れる」ことを推奨するのだが、私にとってはそれが結構衝撃的だった。今までダメな私を受け入れてくれる人はほとんどいなかったからだ。
100点じゃないといけないというスキーマに対して「大丈夫だよ!80点は上出来だよ!」など受け入れたうえで自分が楽になるような言葉をかけてあげる。そうすることでストレスをためないようにしていく。
コーチング後から自分のストレスを見逃さずに、「なぜストレスに感じるのか?」をしっかり深掘りしている。自分と向き合うことが苦じゃなくなってきたのだ。
そんな感じで過ごしていると、私はあることに気が付く。
「私のスキーマって全部HSPの特徴じゃね?」
お読みいただきありがとうございました。
この続きはまた今度。
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