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おいしいごはんが食べられますように - 感想



概要

おいしいごはんが食べられますように / 高瀬 隼子
講談社 / 2022/3/24発売 / 第167回芥川賞受賞作

媒体    Audible(1.2倍速)朗読 椎名ライカ
読書時間  3.5時間
好き度   ★☆☆☆☆
おすすめ度 ☆☆☆☆☆


あらすじ

主人公二谷は転属して数ヶ月。同じ部署の女性、芦川と付き合っている。芦川はできないことを無理してやらない人で、同僚の女性押尾は彼女の仕事の後始末をしている。押尾は仕事ができなくても職場に受け入れられる芦川のことが苦手だ。二谷は健康的な食事とその価値観に嫌悪感を持っており、屈託なく押し付ける芦川に対し不快感があった。押尾は二谷を居酒屋に誘い愚痴をこぼす。そして芦川は繁忙期となった職場に手作り菓子を持ってくるようになる。


読むに至った経緯と感想

Audibleで罪と罰を読んでいたが、作業中では19世紀サンクトペテルブルクの情景が全く浮かばず紙で読むリストに入れた。ので、耳が暇になった。
芥川賞受賞作リストから本作を選択した。この直前に読んだ「コンビニ人間」とよく比較されていて、それも選択した理由だった。
読書中・後の不快感は、最近読んだ中では平山夢明「C10H14N2と少年」に次ぐものであった。不快感は主人公二人が作中常に抱いているもので、これが読者にもシンクロするのだ。
本作のテーマは「社会の変化を追う現代人の苦悩」と考えるが、不快感に隠れていて見落としやすいと思う。テーマを見失うほど読後不快が残るのは良い読書体験と言えなかった。

以下ネタバレを含む。


なぜ読者は不快なままなのか

恋愛小説とも評される通り、本作は恋愛関係を含んだ男一人と女二人を中心に物語が進む。三人の中心人物のうち、男女二人(二谷と押尾)の目線から、女一人(芦川)について語られる。芦川からの目線はない。
芦川は、仕事はできないが生活力が高く、そこそこ若くて態度も見た目も可愛い女である。押尾は仕事、二谷は生活力に対して、それぞれ芦川に不快感を抱いている。
本作は芦川に対する不快感を中心に物語が進む。読者は主人公を是とみなし寄り添おうとするため、同じ不快を感じてしまう。読者の不快感は副次的なものとして、それはそれとして置いておける。もしそれが解消されたり、予想だにしない発散がされれば、不快も昇華されるはずだ。
だが不快感は最後まで解消されない。これが読者が不快なまま読了してしまう原因である。
本作が主に描写するのは、芦川という理解できない人がコミュニティで受け入れられていた時の苦悩である。そのため、芦川の行動原理・心理がわからないし、押尾と二谷の不快感の琴線がどういった経緯で生まれたか、なぜ不快に思うかは最後まで明確にされない。
あー、嫌な話だったー。パタン。読者は本を閉じて気づく。はて、この本は何が言いたかったのだろう。不快感に隠れたテーマを今一度考える。


押尾と二谷の不快感の琴線

主人公二人が芦川を何故不快に思うか、経緯や内省は作中で描かれない。
だが、どういう場合に不快に思うか、琴線については幾度となく出てくる。
まず押尾は、仕事や行動について。芦川の、仕事を含む問題解決への積極性のなさ。そして、彼女の言動が職場に受け入れられていること。
そして二谷は、食生活について。芦川の、食事に関する生活力の押し付け。人生における丁寧な食事は大切であるという価値観が常識になっていること。
彼らの不快感は個別的で、所属するコミュニティにおいては普通のこととして描かれる。彼らはコミュニティに合わせ、空気を読んで我慢している。これが彼らが不快感に抱く原因である。
芦川さんという理解できない人が職場で受け入れられ、むしろ良い、必要である人ということが、押尾と二谷の心に摩擦を生む。しかしコミュニティにいるために、我慢する。そのキャパシティを超えた時、擦り切れた心が暴力として表面化する。手作りケーキを潰し、本人に見せつける。


本作のテーマは「社会の変化を追う現代人の苦悩」

芦川目線がないが、主人公二人が芦川を見ているため、芦川の表層は掴みやすい。仕事を積極的に行わず、時に男性に頼り、料理上手で、30歳の愛嬌ある女性。芦川のキャラクターは、QOLを重視する現代人ともとれるが、昭和的な、家のことだけをするステレオタイプな女性ともとれる。
平成11年に男女共同参画社会基本法が施行され20年経ち、男女の協業は当たり前になった。さらに進み時代は令和、現代は多様性社会である。いや、過渡期なので、多様性を目指す社会、多様性受容による庇護社会か。
旧時代的なステレオタイプの女性も多様性に含まれ仕事社会に組み込まれる。押尾のように仕事のできる女性が働けるのは当たり前になり、さらに芦川のように仕事のできない女性も働けるようになった。むしろ、ニューカマーである社会的少数者を引き入れようという力が強く働き、受容する空気感こそが現代のコミュニティにおいて重要になっている。
多様性を重視するということは個々の属性を大事にするということで、社会的少数者だけでなく全ての人が庇護対象である。個人の人生を大事にしましょう、という団結した意識が生まれる。さらにおせっかいにも、個人の生活をより良いものにしましょうという価値観も一般的になり、清らさを盾に生活に入り込んでくる。二谷はそこに不快感を感じるのである。
押尾は「人は昔持っていた助け合う力をなくしている。一人で食べることが楽しく、複数人で食べることは社会で生きるための力強さの獲得に不要で、楽しめなくなっている。」(意訳)と言う。
男女が協業し切磋琢磨して上へ向かう競争社会は終わりを迎え、個を尊重し全員が幸せに生きる多様性社会へ。仕事社会で失った助け合う力は昭和的女性が持ち続け、仕事社会に必要とされその価値が回帰する。仕事社会にフィットした仕事人間たちが旧時代のものとなり、生きづらさを抱えるのである。
主人公の押尾と二谷は、多様性社会(を目指す社会)における個を受容する空気に合わせ心を擦り減らす仕事人間の男女である。本作は、社会の変化に置いていかれまいとする、現代人ー一つ前の時代にフィットした人間の苦悩がテーマである。


押尾と二谷は幸せになれるのか

心の摩擦がストレスとなり、表面化してしまった。コミュニティにバレて、浄化が働く。押尾は職場を離れ、二谷は隠れてストレスを小出しにしながら飲み込んでいく。二人がこの後幸せになるかどうかは描かれない。少なくともラストシーンでは、そこまで幸せに見えない。

押尾について
仕事人間たちが多様性社会に合わせることで生まれる辛さは、ただ仕事ができることは美徳でなくなり、職場で評価されづらくなることだ。
押尾は勤勉だが取り立てて優秀ではない。しかし、美徳でなくなっても、仕事を滞り無くすることや問題解決能力が全く評価されないということはなく、コミュニティによっては重宝されるだろう。多量なタスクを処理する必要がある場合もそうで、押尾はスタートアップ企業で自分の能力を遺憾無く発揮するはずだ。
~Good End~

二谷について
男女が協業する社会になっても、生活を捨て仕事のみを行う男性はそのままだった。仕事が好きで、自炊はせず、酒はビール。女性となあなあに関係を持ち、家庭的な女性と結婚する。二谷は一人ご飯が好きだが、女性の同席は歓迎する。現代人らしく集団での食事の楽しさを失って入るものの、ステレオタイプなキャラクターである。
多様性尊重によって生まれた丁寧な生活という美徳は、晩婚化した現代において個に降りかかる。ステレオタイプな仕事人間の独身男性にも平等に。既婚者の男性は妻に食事を任せ身を躱す。丁寧な生活を送りましょうという押し付けに不快感を感じながら、生活力が高い女性を恋愛対象として選ぶという二谷の拗れはここから来る。
二谷は、自分を押し隠すことをも仕事の一つにする。そしてステレオタイプ同士で結婚し、失った機能が生む摩擦に不快感を抱きながら、回帰した昭和の家庭を築く。
~Good End (?)~

Good Endっぽい。幸せにはなれそうです。


「コンビニ人間」との比較

本書はよく「コンビニ人間」と比較されている。同じ芥川賞受賞作で、やや刊行年が近く、扱うテーマも似ている、ということが理由のようだ。
確かに、現代人の社会での生きづらさを描く点は似ているが、切り取る部分は全く違った。「コンビニ人間」は環境にいるために自分を変えるというストーリーで、本作は環境の変化と自分のストレスというストーリーである。わたしは自分の内面を意図して変化させるということに感動しやすいため、負のあるあるだけでは面白いとは思えなかった。共感しやすさと面白さは別という発見になった。


総括

好き度   ★☆☆☆☆
おすすめ度 ☆☆☆☆☆

評価がやや低めになってしまった。原因は度々言うように、不快が解決しなかったからである。
社会の変化というテーマは好きなのだが、それについていく現代人を見るだけだった。自分や環境を変化させるという、自分の心の摩擦ー不快感を解決に導かなかったのが、評価できなかった要因である。
例えば、自分を変えなくても仕事の中で新しい評価軸を作るとか、価値観のミスマッチがあっても、自分が気持ち良くいるための環境を作ること、その努力はできるはずだ。
環境の変え方は、多様性の価値観をそのものを変えるとか、説得とか退職とか、そんな大層なことは必要なくて、実際は色々なアプローチと小さな変革があると思う。
不快だから不快生成機にぶつけるというのは子供じみている。先にある環境による排斥を書きたかったんだろう。しかし現代人はもっとタフで大人である。
「おいしいごはんが食べられますように」というタイトルは、願いのように読め、わたしはそこから環境に流されているだけの人間の他力本願さを感じる。
社会の変化という題材においては、タフな大人の革命物語が読みたい。

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