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「ピッチコンテスト」「有望なシーズ」のジレンマと、壁打ちコミュニティ形成のニーズ

実用化は、研究者の優先順位では、最後

パンデミック以来、オンライン参加もできる気軽さも手伝ってか、様々なスタートアップ関連のイベントでの審査やコメンテーターのお手伝いが増えた。また自ら主宰しているプログラムでも、採択から最終的な充填支援案件の選択など、ある一定の順位付けをする必要がある。資金も人材も有限であるため仕方がないが、不採択となった案件は再度計画を練り直して挑戦する可能性がある。しかし現実問題としては、研究者が一人で事業計画を練り直すことを期待するのは難しく、時間もない。
そもそも、研究者の中で研究予算獲得のヒエラルキーとしては、

  1. 各種科研費(ピュアに学術的な研究)

  2. 企業との共同研究

  3. AMED、JST、NEDOの実用化支援助成金

という優先順位で、この上にムーンショットやSociety 5.0などの大型研究予算が乗っかっている。

それぞれに実用化についての出口が紐づいているわけだが、実際には実用化の部分については多くが申請書のイントロで社会的意義を軽く触れているだけで、ロードマップに描かれる事業化についてはほぼ空想の世界の作文でしかない。この状況は何も日本に限ったことではなく、研究者は研究者、欧米でも日本でも同じ。研究者が事業化に興味がないことは不思議ではないし、むしろその素人が書いた生のままの実用化のイメージをゴールまで持って行けると思うほうがどうかしている。

アカデミアが提供しているのは新しい概念であって、使える技術そのものではない?

いま、日本のアカデミアで企業との連携を考えるとき、ほとんどのケースでアカデミア側は「最先端の技術を持っている」と思いこんでいる。しかし実際にはアカデミアが生み出しているのは、最先端の技術に対する概念の供与であり、技術そのものではない。筆者が関わる創薬で行くと、例えばオプジーポについては「免疫チェックポイント阻害」と言う概念を本庶先生は生み出したが、オプジーポそのものは抗体医薬品であり、製品開発の技術は製薬企業が持っていたものだ。2023年ノーベル賞医学生理学賞のカリコとワイスマンの発見も「人工mRNAが引き起こす炎症反応が、特定の修飾によって回避できる」という概念を提供したが、実際に高い抗原性を提示できるタンパク質配列の決定などはAIを駆使して行われており、製品のパッケージングとして成功したのは彼らの発想を引き継いだ産業界の力だ。

表1. 2018年、2023年ノーベル賞医学生理学賞と、アカデミアと産業界の技術についての整理

2014年に筆者が京都大学に着任した直後、国内外の製薬企業関係者から「Next PD-1を我々は探している!」といって、「学内にある抗体の一覧が欲しい」とか、「有望なターゲット分子を持つ研究者と繋がりたい」というリクエストを受けた。しかしこういったリクエストは上の表1.で行くと右の「実用化の技術」の欄に記載のある、実際にある程度開発の進んだ製品に対するWishであり、中央の「背景となるサイエンス」から何かを生み出そうというものではない。大学側もこれらの要望に答えるべく、何となく実用化に近いところまでのデータの取得を目指すのだが、多少の小手先の知識で製品開発っぽいことをしても、中途半端な開発に対するネガティブな意見を呼ぶのが関の山だった。

生のママの素材で2分ピッチ?

現在も、研究者がまず実用化を考える時点での手持ちの研究成果とデータはこの「新しい概念+実証実験の入口のデータ」という状況だと思われる。Feasibility Studyのための研究助成が増えてきたとはいえ、それらのデータは論文発表できないので、現状では研究者が積極的に動くインセンティブとしては不十分だ。一方で、最近はアウトリーチ活動も研究費獲得には重要な項目のひとつなので、各種実用化プログラムや自治体主催のいわゆる「ピッチイベント」で発表することになる。しかし、これらのピッチでは、研究者の能力で準備を行うので、当日の聴衆に向けた資料の改変や、練習などがないままぶっつけ本番で望む。あるいは多少準備をしていても、研究発表とは評価軸が全く違うことの理解が追いつかないことのほうが多い。しかも、主催者側もある意味お祭りのような形で開催するので、できるだけ発表者数を稼いで数で実績を作るため、発表時間は短くなり、下手をするとQ&Aもない…

筆者はこの課題の克服のために、主体的に関わるプログラムでは事前の準備を重ねるようにしている。しかし実際は少なくとも1時間のブレストを7回程度繰り返してようやく人前で提供できる情報として整理ができると痛感している。理想的には、毎週特定の時間を決めて1時間ずつ議論を10週間続けて、最後に1泊2日の合宿を行ってようやく、生のサイエンスを消化して、実用化提案の入口に立つレベルに達すると感じている。

ということは、「ピッチコンテストです!」と言って賞金を競わせるタイプのイベントを企画したとしても、その時点での発表内容は生煮えであり、プレゼンのときの声やスライドの美しさでの評価に偏る。非常に心苦しいが、その受賞者が他の発表者よりビジネスとして成立する確率が高いかというと、かなり厳しい。可能性が低いというわけではなく、単純にまだまだこれから化ける変数が大きすぎて、評価できないと言わざるを得ない。

よーいどん!で10秒で決着する勝負も、アスリートの長年のキャリアとトレーニングの賜物

なぜコンテストになるのか?ー要はリストと案件数(KPI)が欲しい

実用化促進のプログラムを運営していて毎回苦労するのは、参加者の少なさだ。これまで筆者が関わってきたプログラムは殆ど公的資金を背景としてきたため、「教育・人材育成」と「開発支援」はきっぱりと別れている。理由は簡単で、実用化に向けて研究者をトレーニングするステージと、開発費を注ぎ込んで実証実験するステージで、文部科学省と経済産業省の管轄が分かれているからだ。これとは異なり、地域ごとや産業分野別のイベントの場合は、企業の渉外部門が中心となって支援していることもありスポンサー費用から賞金は出る。しかし同じ会社でも研究開発の部門の活動とは遠く、金融機関などの関わりも含めると、チマチマとワークショップを繰り返すより、賞を授与して壇上写真を撮る方が見栄えもいいし、活動しているように見える。さらに、より多くの参加者を集めるには、賞金を目当てに応募者を募るほうが効率的だ。こうやることで一通り産学連携の支援をしている形式は整うし、報告レポートも書きやすい。メディアもそれを使って記事にするので、ある一定のループが出来上がっている。

産学連携の現場から見ると、これを1つの学内で盛大にやろうとすると学内調整や申請書の対応など結構面倒な作業が必要になる。お金が絡むとそれなりのポジションの先生たちのバランスが気になるし、「筋を通す」という一見Reasonableでも、実はレポートラインと無関係の先生にも仁義を切るなどの手間が結構掛かる。なので、取り敢えず地域ごとに実施されるイベントに乗っかる形にして、実情をあまり知らないコンサル会社に運営を任せることで、自分たちの労力をかけずに成果を強調できる。ちなみにその成果が出る(と期待される)頃には、企業OBの産学連携担当者は退職しているし、コンサル会社は単発の支援なので責任はない。研究者もちょっとしたお小遣いとCVに各受賞歴が増える。そしてその成果は…

リストについてもう1つ

とある大御所の製薬企業経営者の方が産学連携を語るとき「アメリカの大学を訪問したときには産学連携のためのリストがあり云々…」という話題が出る。これはその手の活動に熱心な大学ではフォーマルな資料を作成していると思われるが、最近の産学連携のトレンドは異なる。大手のVCが大学と共同でシーズ育成のための助成金を運営し、直接ResearchからDevelopmentへの移行を支援する組織を作っていたり、

何ならSNSで得た情報を仲間内で共有し、スタートアップを一緒に作ったりしている。

いずれのケースでも、まずVCが製薬企業のTechnology sourcingの機能を果たしており、R&D戦略について情報を深く共有していることから、極めて成功確率の低いResearchの段階の情報(新しい科学的概念)から、製薬企業がライセンスインできる製品の構想を行う能力を持っていることが大きく影響していると想像できる。これは個々のCapitalistの単位では不可能で、いずれも自前の研究チームを持っており、ある意味では超アーリー案件だけを手掛ける開発特化型の製薬企業として振る舞っていると言っても良いかもしれない。

そして当然これらのアライアンスで手掛けている案件はいわゆる「シーズリスト」から選ばれるわけではない。サイエンスとその実用化を議論する大学とVCそして、その間に存在するアドバイザーやエンジェルのネットワークの中であらかじめアイデアが温められており、助成金をうまくツールとして利用しているように見受けられる。

新しい産学連携プロジェクトが始まるとき、外部から見ると、FormalなCall for Proposalのページがあり、公平な競争的資金のように設えているケースは多い。しかし実は、企画の段階から深く入り込んでいるPIのところには、早期から不確実ながら情報が共有されていたりする。生真面目な日本人が口を開けて待っていても、競争はスタートラインに立つ前から始まっている。

ゲームのルールを作るところから、勝負は始まっている

ちなみに筆者のネットワークはスタンフォード大学近辺とサンディエゴ、ボストンに限られるので極めて立地の良い大学のケースに限られていることは付記しておく。カリフォルニアでもSFベイエリア、San Diego以外の地域では、研究者がコツコツと事業化に頑張っているケースもあるし、それ以外の中西部などでは特定のスタートアップとの付き合いのある研究者でも、VCを含めた初期開発ステージに付いての知識は限定される(なので、かつての同僚には日本にいる筆者を通じて資金調達環境についての議論をしていたりする)。

トランスレーショナルリサーチのコミュニティーを作る!

この稿の冒頭にさくらんぼの写真を選んだが、多くの企業関係者は自分たちは数多あるアカデミアの「シーズ」から自社がCherry Pickできるようなイメージで作業フローを組み立てているか、逆に国内のシーズには見切りをつけている。VCも基本的に同じだ。しかし研究成果はタイプもステージもバラバラ、ざっと資料を見ただけでそのシーズのその後のポテンシャルまではわからないし、それは作り込まないと見えてこない。一方のアカデミア側は、自分のサイエンスは唯一無二で、競合なんていないブルーオーシャンだと思っている(企業側から見ると市場がないとしか見えないケースが殆どだが)。
このギャップを何とかする必要がある。

上述の議論をまとめると、

  1. 研究成果・新しい科学的概念をそのまま「シーズ」としての評価することは困難

  2. でもシーズのリストはKPIとして必要

  3. ResearchからDevelopment(R to D) に至るための壁打ちと、人材を供給するネットワークの存在が「有望なシーズ」を生み出す土壌となっている

と考えている。これまでもVenture Creation Modelやアクセラレーターのあるべき姿などを議論してきたが、今後筆者は3を実現するためのコミュニティーづくりを京都を拠点に関西、東京そして、太平洋をまたいだクロスボーダーエコシステムとして構築していく


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