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異論、反論大歓迎!イノベーションエコシステムにおける大企業のプレイヤーとしての役割と責務

スタートアップ支援の議論をしているとよくあるのが「鶏が先か、卵が先かですねぇ」と言って、堂々巡りの議論に答えが見つけにくいことを良いことに、議論がスタックしたまま取り敢えずの解決策を提示することが多い。もう一歩進むと、最近「エコシステム」と言う表現が流行ってきているということもあり、「エコシステムは自然発生するべきもの」とか「エコシステムは達成目標ではなく、スタートアップの成功や患者さんへの貢献がゴール」という話で盛り上がり、そして再び取り敢えずの解決策を提示する。みんな大真面目に取り組んでおり、国や自治体などの公的支援ばかりを訴えてきた。本稿では上述の議論であまり登場してこなかった重大なプレイヤーである、大企業の役割に切り込む。

1.エコシステム分析再び

まず表題にも示したループ(図1)を見て欲しい。いわゆるイノベーションエコシステムが成立した場合の物事の流れだ。肝心なのは「エコシステム」なので循環するということ。「生態系」として複雑なんだよな、というざっくりしたイメージは持っている方が多いと思うが、意外にこの流れの細かいところについて触れている議論は聞かない。

図1 エコシステム とは?

改めて説明すると

  1. まず社会課題が存在し、それがアンメットニーズとして提示される。

  2. これに対して新しい発見(研究成果)が解決策として提示され、

  3. それを開発するための資金がVCから提供される

  4. 開発には病院、FDA、CDMO、CROなど様々な支援機能がインフラとして存在

  5. 大企業がライセンスを受けて製品化し、社会に届ける

  6. まだ残っている新たなアンメットニーズの課題解決に取り組む。

どうだろうか?少し違和感を感じたかもしれない。これに対して、多くの人たちが考えている「循環」は下の図のような循環ではないだろうか?

図2 Exitと言う名のVCのゴールがあり、資金が還流することに目が行っている
  1. まず資本がある。

  2. これに対してスタートアップが新しい発見(研究成果)を使って何かをしようとする。

  3. それを開発するための資金がVCから提供される

  4. 開発には病院、FDA、CDMO、CROなど様々な支援機能を使いこなす

  5. スタートアップが大企業にライセンスアウトする

  6. 資金を得たスタートアップとVCが次のネタを探す

図1と図2の違いは、主体が社会側にあるか、VCとスタートアップ側にあるかにある。つまり、社会から見ればエコシステムは社会課題解決のためのツールでしかないので、ループは常にアンメットニーズを経由する。一方、VCとスタートアップから見ればエコシステムは自分たちの資金を雪だるま式に増やす仕組みであり、常に資本およびその還流のことを示す。本稿ではVCとスタートアップが金の亡者だと言いたいわけではない。むしろ、ここで(患者さん以外で)最大のメリットを得ているのは誰か?それは大企業だという事実を改めて確認したい。ここで言うメリットとは金銭的な利益というよりは、エコシステムができる前とできた後で誰が一番ホッとしているか、ということのほうが近いかもしれない。

図3 大企業は開発費を削るために、リスクの高い開発上流を切り離し、外部に依存した。

筆者は講演などで事あるごとに図3を示してきた。エコシステム形成のきっかけの一つは、大企業が研究開発費の高騰に耐えきれず、外部から開発候補品をライセンスインすることに依存するようになったことだ。時代的には大手企業の屋台骨を支えた新薬の特許切れが相次いだ、いわゆる「2010年問題」が叫ばれた頃から始まっている現象だ。折しも2008年には金融危機が重なり、大幅な事業の見直しと再構築が相次いだ。
これを外部のエコシステムとの関係性で示すと下記のようになる。

図4 大企業は社内で回していた開発サイクル(左)を、外(右、スタートアップとVC)に出すことでリスクを減らしている。さらに開発もCROに依存することで社内の固定費の割合は大幅に減っているはずだ。

図4では図2で示したスタートアップエコシステムを大企業が利用している関係性を考えてみた。大企業から見るとかつて社内で行っていた上流の研究だけでなく、それに伴う開発リスクの算定やリスクヘッジのための様々な工夫など、大きな負担を減らし、そのかわりに右側のエコシステムからライセンスインや買収で調達している。右側では、「〇〇Biotechが総額$500Mにのぼるマイルストン支払いとロイヤルティ収入を獲得!」という規模感で大満足だが、製薬企業から考えると、数兆円規模の売上にあって、下手をすると$2Bを超える開発費がかかることを考えれば、それよりは安く済むと見積もっている可能性は大きい。

2. 損益計算書(PL)が傷まないパイプライン補充

更に、製薬企業にとっては(おそらく)都合の良い財務上の理由がありそうだ。すべて自社開発で賄った場合、長年にわたって自社の研究開発のコストをPLに計上し続ける必要がある。一方でスタートアップを財務活動の一環として買収したとする場合、手に入れたアセットは資産として計上される(リスクを織り込んで低く換算)。そしてその買収費用を自社の信用力を活かして債務で賄った場合、負債にその費用が計上されるので、CF計算書には企業買収という動きが見える一方で、PLには費用の費目の一部が買収費用に肩代わりされた形となる(単純にコストが減ったように見える)。

図5 同じアセットを自社開発した場合と、外部から買収で調達した場合の比較 R&Dコストで計上していた費用が、事業拡大のアセットとしてCFでバランスされているように見える(実際はパイプラインの補充)。

かつて営業利益率が20%を超え、無借金経営で済んでいた日本の製薬企業であればそれほど気にならなかった事かもしれないが、四半期ごとの業績や中期経営計画のKPIとしてPLの改善を掲げていた場合、自社で初期の開発をするよりは外部からある程度リスクが低減されたアセットを買収するほうが、投資家への説明としても都合が良いことになる。当然、実際の買収は株式交換などを組み合わせてもっと複雑だが、自社内での開発に比べると遥かに自由度のある財務戦略が可能になる。

筆者はファイナンスの専門家ではないし、実際のこの手の意思決定の事例があるかどうかは調査しきれていない。ぜひ専門家にこの検証をお願いしたい。現実的に観察の上では自社開発にかかる固定費の回避という課題はあるようで、業績の良いうちに研究開発の上流の機能を切り離すという動きはトップ企業ほど顕著だ。

3. 不動産資産負担減少というメリットも?

更に大企業には別のメリットも有る。本社ビルや自社保有不動産を売却してリースにすることにより、事業を効率化するというニュースは少し前に多く聞かれた流れだと思う。

一見すると上述のBSからPLへという流れと逆に見えるが、実際には施設管理の固定費がリース料にスライドするので、不動産所有、メンテナンス、運用すべてを製薬企業が担うよりは、プロに任せて効率的に使う選択が行われてきた。この流れが米国ではスタートアップエコシステムと直結している。

上のリンク先で紹介されているアレクサンドリアを始め、いくつかの不動産デベロッパは、エコシステムの中心の土地を大規模に買収し、スタートアップと大企業向けにラボをリースするというモデルを30年ほど前から始めている。オフィスと同様にラボ物件を証券化し、REITとして投資信託の一部として運用している。これによって大企業はまず、ラボをオフィスと同様に手放すことで資産管理の負担軽減が期待できる。それに加えて、フレキシブルなラボスペースの運用の中で、スタートアップのインキュベーターとの物理的な距離を近づけることができれば、自社の研究開発拠点が技術ソーシングのコアとなり得るのだ。

ボストン地域で有数のインキュベーターであるLab Centralは、Pfizerの研究開発拠点と隣接している。

https://ipbase.go.jp/learn/english/en-0125.php

4. 大企業にとって、エコシステムの活用は良いことだらけ!?

このようにスタートアップエコシステムを活用することで大企業は大いにメリットを享受している。仮説の部分は多いが、既に自社研究開発の上流部分は大幅に削られていることと、臨床開発の機能もCRO依存を強めていることからも、現実的には大企業のほうが既にその仕組をリードしているとも言える。さらに今のところ日本の大手製薬企業は米国のエコシステムと接続することで、パイプラインの補充では大いにメリットを享受している。ミレニアムファーマシューティカルズを買収した武田薬品や、ボストン地域のスタートアップを複数買収しているアステラス、エーザイを事例を見ると、既に日本の製薬大手は米国のエコシステムの一部だ。

5. 日本のエコシステムの育成にも貢献を!→インキュベーターに出資を!

ある意味では米国のエコシステムにフリーライドしてきた日本の大手製薬企業だが、ぜひ国内のエコシステムの離陸に貢献して欲しい。具体的には、国内のスタートアップからライセンスインを積極的に行ってほしい!しかしこれはモダリティ次第なので、いきなり確約は難しいだろう。スタートアップ側も日本の製薬メーカーだけをターゲットとした活動はしないし、既に日本政府の補助金も米国への進出を前提で、支援がものすごい勢いで進み始めている。

一方でラボ、つまりインキュベーターについては、超アーリーの段階からの支援でもありさらに、地域性が色濃く出る部分でもある。単純に「寄付」という行為は難しいかもしれないが、最終的に自社のパイプラインになる可能性のある技術の種まきの場として、是非積極的に関わって欲しい。地の利がある日本企業すら手を出さないところに、外資系企業が積極的に進出するのは考えにくい(実際には外資系のほうが積極的だが)。もちろん一社だけでは不可能だし、公共性の高いところでもある。現在筆者らも必死になって自治体、各省庁へ陳情を行っているところでもある。マッチングファンドとしてインキュベーターやアクセラレーションプログラムへの参画と貢献(特に金銭的な貢献)を求めたい。上述のLabCentralではGolden Ticketsという制度を使って、各社の興味のある疾患領域やモダリティに絞ったスタートアップとのネットワーク形成も支援している。最先端の研究についてコンサルに調査を依頼するくらいなら、国際的なネットワークを持つインキュベーターを通じて直接サイエンティストやスタートアップに呼びかけて見れば良い。

6. 種まきも手伝って!→諸外国が羨むエコシステム形成を!

これまで大企業のスタートアップエコシステムへの貢献は、共同開発の提携か、人材の流動性など各論で語られてきたように感じる。しかし実際には自社が行ってきた研究開発の負担を、丸ごとエコシステムから調達するようになって来ていることはおわかりいただけると思う。となると、肝心な技術開発の「種まき」のところでも大企業のプレゼンスは不可欠だ。フリーライドで済む時代はとっくに終わった。単純に「シーズ」を探すとか、「リバースピッチ」とかで情報を提供するのは、一方通行でしか情報は移動しない。ぜひ、インキュベーターへの共同出資でまずイノベーションの「場」を共有してほしい。そして日本のスタートアップからのライセンスインが活性化し、最終的には外資系企業が羨むほどのライフサイエンススタートアップエコシステムが日本に根づくことを目指したい。

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