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自分らしく、 みんなと生きる

西野 歩(にしの あゆみ)
65年東京生まれ。90年より東京慈恵会医学大学付属病院にて作業療法士として勤務。95年より社会医学技術学院にて未来の作業療法士を育てる仕事に就く。現在は高齢者のためのシェアハウス設立に向け「煌めく返り花プロジェクト(https://www.kiramekukaeribana.com/)」の代表として活動。加藤の母の幼なじみ。


「なにをするか」「どうするか」があなたをつくる

加藤(以下、か):  あゆみちゃん、忙しいのに時間をつくってくれてありがとう! 今日はよろしくお願いします。

あゆみちゃん(以下、あ): いいえ! すごく楽しみにしていたよ。よろしくお願いします。

か: じゃあ、さっそくはじめるね。あゆみちゃんとは20年来の仲なのに、どんな仕事をしているのかわかっていなくて…。まずは作業療法士のお仕事について聞きたいな。

あ: 作業療法はリハビリテーションの一部として発達してきたのね。リハビリテーションの意味ってわかるかな?

か: うーん、なんだろう。再生?

あ: おお、近い! 権利の回復とか、人権の回復って意味なのね。

か: へ~~~!

あ: もともとキリスト教が支配していた中世ヨーロッパで破門された人が、破門を解かれて名誉を回復することを意味していたの。障がいがあると、不公正に直面することがあるよね。そうした不公正に出会ったときに、本来の能力を回復したり、あるいは別の方法を考えたりして、自分らしい人生を取り戻すことをリハビリテーションっていうの。

か:「その人らしく生きる」権利を取り戻すことをサポートしているんだね。

あ: そういうことだね。

か: えーと、ちょっと話が戻るけど、作業療法はリハビリテーションの一部なの?

あ: そう。「その人らしく生きる」権利を回復するためには、着替えができたり、物をもって運べたり、隣の人とお話できたり…いろんなことができなくちゃいけないよね。リハビリテーションを担う人には、作業療法士の他に言語聴覚士や理学療法士がいて、それぞれ担当する範囲が決まっているの。

か: セグメント化されているわけだ。

あ: うん。言語聴覚士は声を出す・食べ物を飲み込むなどを、理学療法士は起き上がる・座る・歩くなどの基本的な運動機能を、作業療法士は料理をする・通勤をするなどの日常生活における作業を対象にしているよ。

か: ほお~。作業療法士が担当する範囲は広そうだね。

あ: 患者さんの日常生活に対応していくフェーズにいるから、たしかに範囲は広いかもしれないね。

か: プロトコールみたいなものはあるの?

あ: いい質問だね。実際プロトコールはあって、それぞれの病状に合わせてトレーニングの内容が決まっているのね。ただ、最終的には「その人らしく生きること」がゴールだから患者さんによってやるべきことは、一人一人違うんだよね。

か: なるほど~。

あ: だから、患者さんに会ったときは、自分らしく生きるためになにが必要かをヒアリングするの。わたしだったら作業療法士として働くとか、これから作業療法を学ぶ人に教えるとか、大晦日に紅白歌合戦を見て熱唱するとか(笑)

か:「その人らしく生きる」ためになにをするのかを、いっしょに考えるんだね。

あ: それに「どうやってするか」も患者さんの望むかたちでやるんだよ。

か: どういうこと?

あ: たとえば、右の上腕が動きにくくなってしまったとするよね。ゴールは「友だちとおしゃべりをしながら飲み物を飲んだり・食べたりすること」。そのときに、きちんと動く左手で飲みたい人もいれば、左手でコップを引き寄せて前かがみになり、右手で飲み物を飲むのがいいと思う人もいる。作業療法士はその人が望む方法で、その人らしさを取り戻すんだよ。

か: その人らしさっていうのは「なにをするか」と「どうするか」からつくられるんだね。うーん、味わいぶかいなあ…。

あ: そうだよ~。行動がその人らしさをつくっているんだよ。だから、わたしは人のしぐさを見るのがすごく好き。お茶を丁寧に入れる、目を合わせて話をする、きれいにお弁当箱を布で包む。行動からその人の価値観みたいなものがわかるような気がするんだよね。

か: すごくわかるなあ~。

あ: ほんと?

か: 一つ一つの所作にその人らしさが宿っているなと思っていて。たとえば、ミカンの皮のむき方が変わっていたり、スマートフォンのもち方が軽やかだったり。そうした場面に出くわすたびに、人が生きていることの豊かさに感動しちゃうんよね…。

あ: え~~~!わたしとなっちゃんて考えていることが似ていたんだね(笑)

か: ね(笑) でも、あゆみちゃんは本当にいいなあ。うらやましい。「その人らしく生きる」ためのサポートができるお仕事って、すてきです。


みんなで生きる

か: 今、あゆみちゃんは高齢者向けシェアハウスの設立に向けて「煌めく返り花プロジェクト」を進めているよね。このプロジェクトの構想を教えてもらってもいいですか?

あ: サービス付き高齢者住宅でもなく、有料老人ホームでもなく、高齢者が集って住まうシェアハウスをつくりたいと思っているの。このシェアハウスでは、食事は出てこないし、洗濯もご自身でやっていただくことになる。でも、いつも人の気配がある。みんなで生きることができる。そんな場所をつくりたいなと思っています。

か: シェアハウスの構想の背景には、どんな問題意識があったのかな?

あ: 作業療法士として、患者さんがその人らしく生きるサポートはできていたけど、世の中って個人では解決できないことがたくさんあるよね。そうした不公正に目を向けていたら、高齢者って住まいは困るし、本人は家族に囲まれて死にたいと思っていてもできなかったりする。そうした作業的な不公正に気づいて、なんとかしたいと思ったの。

か: うん、うん。

あ: それにわたし自身もこれから母親の介護をしなくちゃいけない。そう考えたときに「無理だ!」と思った。そして「腹立たしい!」とも。

か: 腹立たしい(笑)

あ: 閉鎖的で、緊密な関係性を続けていくと、きっと腹が立ってくる。本当は愛しているのに、罵詈雑言を浴びせてしまうだろうって。なっちゃんのお母さんだって、これからおばあちゃんの介護をするでしょう。それを一人で担うのはきつい。みんなで介護しあえるようなお家があったらいいと思って。

か: 家族という単位を編み直すんだね。

あ: そうともいえるかな。それにわたしはお一人様だから、自分の将来のためにもいいなって。あるいはご主人が先に亡くなった方にとっても、必要になるかもしれない。

か: 作業療法士として、一人の生活者として、シェアハウスが必要だと思ったんだね。

あ: そうだね。

か: ただ実際的なところ、シェアハウスで一番問題になるのは、住む人の組み合わせだと思うんだけど…。

あ: その通りだね。フィルタリングは必要になると思っているよ。今のところ、まずこのプロジェクトの理念に賛同できるということが、一つのフィルターになると思う。あとは、物件をご案内するなかでお話をして決めたり、家賃をきちんと払えるということも一つ要件になってくるかな。

か: もう一つ、少しイジワルな質問になるんだけど…。

あ: うん。大丈夫。

か: 食事も出ない、洗濯もしてくれない、家賃も安くはないシェアハウスに入る人は、どんなことを期待して来てくれるのかな?

あ: 一人じゃないってことを期待してもらいたいかな。

か: 一人じゃないかあ…。それは大切だね。

あ: 孤独って、人の身体にも影響を及ぼすことがあるくらいきついものなの。それにシェアハウスにいれば孤独死も免れるかもしれない。孤独死が社会の問題になるのは、死んで何日間もたった人が見つかるからだよね。大家さんも困るし、ご本人も見せたくない姿を見せることになってしまう。シェアハウスであれば、誰かの異常をすぐに見つけられる。

か: さみしいことは辛いことだよね。

あ: よくこのシェアハウスの構想について説明すると、「なんでもしてくれるんでしょう?」といわれることがあるの。でも、それは違うと思っている。対価なくなんでもしてもらうっていうのは、若い人のエネルギーや時間やお金を搾取することになるんだよね。みんな意識していないかもしれないけど、実態としては搾取なんだ。

か: そうだね。

あ: わたし自身もこのシェアハウスで、私利私欲を満たすために法外な家賃を請求することはないし、働いてくださる方の給料を低くしようとも思っていない。なるべく搾取をしないかたちでやりたいなと思っているよ。みんなで生きたいからね。


みんなで生きるための対話

か: あゆみちゃん、よくfacebookでダイアローグについて投稿してるよね。

あ: もともとオープンダイアローグはフィンランドなどではじめられた精神に病を抱えた人のための治療法なのね。統合失調症の患者さんやそのご家族、医師、看護師など複数人が円になって座り、ルールにしたがって対話をする。その対話のなかで患者さんも家族も関係者も内面が豊かに変化し回復するということで、注目が集まったの。

か: あゆみちゃんがダイアローグを知ったきっかけは何だったの?

あ: 職場のメンバーの主張が強くて、会議がまとまらないときがあって。そのときに哲学書を読んでいたら、"構造構成主義"っていう考え方があって、人と人のあいだに生じる信念対立は対話でしか解決できない、と書かれていたの。

か: うん。

あ: 新聞の国際政治欄にも「○○国と○○国は対話を続けることで合意した」と書かれていたりして、そのときから対話がどれほど大切なのかに気づいていったんだよね。対話をつづけるということのなかに、みんなの「どうにかしたい」という気持ちがつまっているんだなあ〜って認識したの。

か: なるほど~。職場の問題を解決するために対話という方法に目を向けたんだね。

あ: もちろん、治療法としてもダイアローグは気になっていたんだよ。薬を使わずに、しゃべるだけで治るなんてすごい!って思ったんだよね。でも同時に「こりゃ眉唾もんだな…はっはっは~」と思って、さりげなく周りの人にダイアローグをどう思うか聞いていたの。

か: うん。

あ: そしたら、みんなあまり肯定的に言わなかった。

か: おお。

あ: そのときに、わたしはこう思ったの。「みんなが肯定的に言わないくらい、今までの医療を刷新するような方法なんだな」って。

か: おお!!

あ: ヘソが曲がっていたんだね(笑) それでダイアローグは使えるなと思った。わたしがつくる高齢者シェアハウスで信念対立が起きることはわかっているから、今のうちから学んでおこうと。

か: 精神療法というよりマネジメントの方法として、ダイアローグを使おうとしているんだね。

あ: そういうことだね。生活をするなかで困っていることも、対話によって解決していくつもりだよ。

か: そっか~。なるほどね。これからシェアハウスの物件が決まって、入居者の人が集まって、あゆみちゃんのやりたかったことが、だんだんとかたちになっていくんだね。

あ: うん! すごく楽しみ。なっちゃんもぜひ協力してね。

か: もちろんだよ~。じゃあ、今日は長い時間つきあってくれて、ありがとう。 インタビューを通して、あゆみちゃんのすてきな仕事がわかってうれしかったです。シェアハウスのプロジェクト、応援しているよ!

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