輪廻の風 3-60
昔々の遥か大昔、ある巨大な国の滅亡をきっかけに1つの時代が終焉し、新たなる時代が産声をあげた。
これは今から500年も昔の、誰にも語られることのなかった真実の愛の物語。
栄華を極めた神国ナカタムが、冥界より出現した悪魔の王により滅ぼされた。
国を治めていた全知全能の唯一神ユラノスは無惨にも呆気なく殺害された。
神に仕えていた神官も神隊も滅ぼされ、生き残った者たちは滅びた都市を捨てて須く逃げ出した。
恐怖の大魔王は自らの悪しき力を人間達に分け与えては服従させ、やがて最凶最悪の戦闘部隊が結成された。
世界は瞬く間に蹂躙され、血で血を洗う地獄と化した。
魔族の始祖ヴェルヴァルト大王は、恐怖と絶望が渦巻き、悪しき者が跋扈するこの地獄を統べる唯一無二の存在として君臨した。
しかし、人々の心には雀の涙ほどではあったが、微かな希望があった。
それは、ユラノスに仕えていた最強の戦士達、天生士(オンジュソルダ)の存在だ。
天生士(オンジュソルダ)。
これはユラノスが命名したわけではなく、彼らはいつからか人々からそう呼ばれていた。
彼らの総称の由来は諸説あるが、最も有力視されている説は"天を生きる戦士"だった。
彼らの事を"天使様"と呼び、崇め讃える者も少なくなかった。
ユラノスは死の直前、11名いた天生士の内、ルキフェルを除いた10名に自身の力を分配し、その後間も無く絶命した。
自身が敗れたヴェルヴァルト大王を、信頼する配下達が討ち倒してくれるよう願いを込めて。
ユラノスに力を与えられた9名の天生士は、混沌と化したこの世界で散り散りになっていた。
与えられた力をすぐに使いこなすのは至難の業であったため、力を研ぎ澄ませ、魔族を討つ機をそれぞれじっくりと伺っていたのだ。
しかし、せっかくユラノスから力を分け与えられたというのに、その力を己の私利私欲の為に使おうと張り切っている者が若干一名いた。
彼にとってはユラノスの死も、神国ナカタムの滅亡も、魔族の悪行も知った事ではなかったのだ。
彼は神国ナカタム屈指の問題児だった。
お腹を空かせては田畑を荒らし回って農作物を略奪し、海を荒らし回っては魚介類の密漁を働き、人々が子飼いにしている動物を強奪し、その全てを自分の取り分としていた。
金が底をつけば盗みを働き、虫の居所が悪い時には街を破壊するなど、彼の傍若無人ぶりに人々は頭を悩ませていた。
また、非常に好戦的な性格だった為、暇さえあれば強き者を探しては喧嘩に明け暮れ、世界を行脚していた。
しかし、女子供年寄りには絶対に手を出さず、喧嘩相手を殺すことは決してしなかった。
それが彼の流儀だったのだ。
神国ナカタムの汚点、神の面汚し、国の恥晒し、屑、悪童、不良少年、風雲児…彼に対し、人々は口々にそう言った。
彼の名はトルナド。初代風の天生士だ。
短髪の黒髪で、筋肉質でがっしりとした体格をしており、その風貌はとても齢18とは思えぬほどの貫禄があった。
度重なるトルナドの悪行に、ユラノスは彼を自身の監視下に置く為に、彼に天生士としての称号を与えたのだ。
しかし、その名誉ある称号を貰っても尚トルナドは一向に更生する気配を見せず、天生士としての務めも果たさず、むしろ権力を手にした事でより一層素行が悪くなっていた。
ユラノスはトルナドを可愛がっていたが、彼の素行不良ぶりはとても看過できるものではなく、大層手を焼いていた。
ユラノスは"神牢"と呼ばれる、ユラノスにより特殊な魔術が施された懲罰房に、何度も何度もトルナドを投獄していた。
ヴェルヴァルト大王が国を滅ぼした際も、トルナドは神牢に収監されていたのだ。
それ故トルナドは、リーダーであったルキフェル以外の天生士とは一切面識が無かった。
しかしユラノスが死んだ事により、神牢に施された魔術はその効力を失い、トルナドは脱獄に成功したのだ。
ユラノスという抑止力を失い、更には新たに風の力を与えられたトルナドは喜びに打ち震えていた。
歯止めの効かなくなった風雲児は、地獄と化した世界に解き放たれてしまったのだ。
「ワッハッハッハー!あの口うるせえユラノスが死んだってぇ!?これで俺は今日から晴れて自由の身だあ!ひゃっほーー!」
有頂天となったトルナドは、早速風の力を試し、暴風の如く空を飛び回っていた。
「さーてとっ!何をしようかなっ!とりあえず腹が減ったなあ…よし!なんか食うもん探すか!」
トルナドは、腹を空かせた獣の様な目つきで、空を飛びながら襲撃場所を吟味していた。
500年が経過しても誰にも語られる事なく、どの書物にも記される事なく、歴史の闇へと消えた物語は、風の力を得た腕白少年の脱獄から始まった。
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