輪廻の風 3-74



ヴェルヴァルト大王は不敵な笑みを浮かべながら、自身の前に立ちはだかるエンディとカインを眺めていた。

それに対してエンディとイヴァンカは、険しい表情を浮かべている。

両者は、5秒間向かい合ったまま何も言葉を発さず、その間指先一つ動かさなかった。


エンディとって、この僅か5秒という時間はとてつもなく長く感じられた。

辺りはシーンと不気味な静寂に包まれていた。

遂に、長きに渡る戦いに終焉の時が訪れようとしていた。


5秒が経過すると、ヴェルヴァルト大王は野太い声で叫びながら、エンディとイヴァンカに向かっていった。

すると、エンディも負けじと声を張り上げ、ヴェルヴァルト大王に向かっていった。

イヴァンカは無言のまま、エンディと歩幅を合わせる様にして前へ出た。


エンディは拳を、イヴァンカは剣を振るい、ヴェルヴァルト大王に何度も攻撃を繰り出した。

2人はこの際、風の力も雷の力も一切使用していなかった。

その戦法も、防御無しの攻めのみ。

ここまできたら作戦も何もなく、ただひたすらに攻めるのみだった。

対するヴェルヴァルト大王も、闇の力は一切使用せず、体術のみで応戦していた。

息を呑む様な激しい力の衝突を、ギャラリーにいた者たちは固唾を飲んで魅入っていた。


エンディとイヴァンカが手を組み、一緒に戦っている。

そして意外なことに、この2人はびっくりするほどに息がピッタリだった。


この異様な光景には違和感を感じずにはいられなかったが、皆はその華麗なる連携に目を離せずにいた。


数分が経ち、2人はついにヴェルヴァルト大王に攻撃を当てることに成功した。

面白いことに、その攻撃は同時に入った。

エンディはヴェルヴァルト大王の顔面を力一杯殴り飛ばし、イヴァンカはヴェルヴァルト大王の右脇腹をスパッと斬った。


ヴェルヴァルト大王は一瞬苦悶の表情を浮かべたが、その顔はみるみるうちに狂気を感じさせるような怒りの表情へと豹変した。

ヴェルヴァルト大王はエンディの髪を掴み、力一杯地面に叩きつけた。

地面には大きな亀裂が入り、頭を強打したエンディは一瞬意識が飛びかけた。

すると、イヴァンカが捨て身の攻撃に出た。

ヴェルヴァルト大王の顔面を鷲掴みにし、エンディから引き離す様にして距離を取った。

辺りに誰もいないことを確認したイヴァンカは、ヴェルヴァルト大王の足を強く踏みつけ、自分の足ごとヴェルヴァルト大王の足に剣を突き刺した。

剣は地面にまで刺さり、2人は固定されて身動きが取れなくなった。

慄くヴェルヴァルト大王を前に、イヴァンカはありったけの力を込めて雷を放った。

それこそ、まるで自爆でもしてしまうのかと見紛う程の勢いだった。

強大な雷は、まるで青紫色の火柱をあげている様に天へと昇っていった。

雷に身を呑まれたヴェルヴァルト大王は痺れと激痛により、絹を裂く様な断末魔を上げた。

しかし、恐るべき闘気を放ち、雷をかき消そうと試みた。

そして、気力のみで腕を動かし、イヴァンカの胸部に右手を翳し、衝撃波を放った。


これにより、イヴァンカの胸部には大きな風穴が空いてしまった。


イヴァンカは、どこか清々しい顔のまま、緩やかに倒れていった。


堪忍袋の尾が切れたヴェルヴァルト大王は羽根のない両翼を羽ばたかせ、5メートルほど上昇した。

そして、全身全霊をかけて、肉体から禍々しい闇の力を放出させた。


闇はヴェルヴァルト大王を中心に真っ黒な球体の形を成し、みるみる内に巨大化していった。


それは、まるで地上に出現したブラックホールの様に、今にも世界そのものを呑み込み破壊し尽くしかねないほどの威力を秘めていた。


それを食い止めるべく立ち上がったのが、モスキーノとマルジェラだった。


モスキーノは万物を滅却する死の冷気を放った。

鳥化したマルジェラは両翼から刃の様に鋭利な羽根を弾丸の如く放った。


2人の尽力により、黒い球体の巨大化は止まり、徐々に押し返しつつあった。

しかし、体力的にも限界を突破していたモスキーノとマルジェラに、それを打ち消す自信はなかった。

しかし、1秒でも長く黒い球体の暴発を止めるべく、2人は決して諦めず手を緩めなかった。


すると、そんな2人の前にバレンティノが現れた。

バレンティノは両手で剣を握り、最後の力を振り絞って大きく剣を振りかぶった。


すると、その恐るべき斬撃から繰り出された剣圧により、ヴェルヴァルト大王の放った黒い球体に大きな穴が開いた。

しかしその穴はみるみるうちに塞がっていき、子供がギリギリ入れるくらいの大きさにまでなってしまった。

すると、自分の出番を確信したノヴァが、待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。

小柄のノヴァは、自身の低身長と持ち前のスピードを活かし、黒豹化して穴に向かって一直線に跳んだ。

万が一、穴を通過する前に穴が塞がってしまったら、ノヴァの身体は闇の力に呑まれて消滅してしまう。

しかしノヴァはそんなリスクをかえりみず、果敢に飛び込んでいった。

そして奇跡的に、ノヴァが穴を通過したタイミングで、3将帥の連続攻撃によって開けられた穴は塞がり、間一髪のところで難を逃れたノヴァは九死に一生を得た。

ノヴァは、その鋭利な鉤爪でヴェルヴァルト大王の胸部を突き刺した。

魔力が弱まり肉体が縮小したとはいえ、ヴェルヴァルト大王の皮膚はまだまだ硬かった。

そのため貫通することこそできなかったが、それでも確実にダメージを与えた。

痛みと予想外の出来事により集中力が切れたヴェルヴァルト大王は、無意識に力を弱めてしまった。

それが起因し、追い討ちをかけ続けるモスキーノとマルジェラの攻撃で黒い球体は呆気なく消滅した。


怒り狂ったヴェルヴァルト大王は、憤怒の表情でノヴァの首を絞め、殺そうとした。

ノヴァは、首をもがれてしまいそうになった。

それを救ったのが、親友のラベスタだった。

ラベスタは剣を握ったまま跳び上がり、ヴェルヴァルト大王の右腕を切断した。

前方のノヴァとラベスタに気を取られていたヴェルヴァルト大王は、背後にいるもう1人の男の気配に気づかなかった。

その男は、エスタだった。

ダルマインが、頭の血管が切れてしまいそうになるほどの力を込め、エスタの小さな身体を砲丸投げの様に上空へと投げたのだ。

エスタは剣を2度振り、ヴェルヴァルト大王の羽根のない両翼を切り落とした。

闇の力で宙を浮遊する力の無いヴェルヴァルト大王は、無念の表情を浮かべながら、羽をもがれた虫の如く地上へと落下していった。

それを地上で待ち構えていたのは、エンディとラーミアだった。

2人は澄んだ瞳で凛とした表情を浮かべながら手を繋ぎ、ヴェルヴァルト大王を見上げていた。

その威風堂々たる姿を、ヴェルヴァルト大王は500年前のトルナドとルミエルと重ねて見ていた。


繋いだ2人の手からは、小さな光が溢れ出ていた。


エンディの右手には、ラーミアから付与された僅かな退魔の光と、自身の微量の風の力を織り混ぜた力が備わっていた。

意を決したエンディは力を振り絞り、拳を振り上げ、落下しゆくヴェルヴァルト大王に向かって跳んだ。


もう、恐れるものは何も無い。



「ぶちまかせー!!」
「決めろっ!!」

ロゼとカインは、エンディに向かって喉が潰れてしまいそうになるくらいの大きな声で叫んだ。


エンディは渾身の一撃をヴェルヴァルト大王に打ち込んだ。


聖なる風にその身を包まれたヴェルヴァルト大王の肉体は、まるで砂の様に脆くも崩れ、跡形もなく消滅した。

最後の最後に勝負を決めたのは、エンディとラーミアの力だった。


長きに渡る壮絶な戦いは斯くして終わりを迎え、エンディ達は勝利をその手に収めた。

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