輪廻の風 3-64



「ワッハッハー!聞いたぜ?ルキフェル、お前よ…魔族になったんだってなぁ!神国ナカタム随一の剣豪と謳われたお前が魔族とはなぁ、笑っちまうぜ!」
トルナドはルキフェル閣下を挑発したが、ルキフェル閣下は毅然とした態度で一切挑発に乗らなかった。

ルキフェル閣下は元々、天生士のリーダーの様な役割を担っていた。

しかし、その危険な思想と歪んだ人格故にユラノスからは一切信用されていなかった。

だからユラノスは敢えて、神国ナカタムで最も危険な人物と囁かれていたこの男に天生士の称号を与え、自らの管理下に置いて随時監視していたのだ。


ところがユラノスの死後、11人いた天生士の中で、ルキフェル閣下だけが唯一、ユラノスから力を分け与えられなかったのだ。

それらの理由が起因して、ルキフェル閣下は忠誠を誓う対象をヴェルヴァルト大王に鞍替えし、魔族になったのだった。


「まさか貴方達が行動を共にしているとは夢にも思いませんでしたよ。何を企んでいるのかは存じませんが、無駄な抵抗はおやめになって、速やかに投降することをお勧めします。」

ルキフェル閣下は、トルナドとルミエルという異色の組み合わせに驚いている様だった。

トルナドは、ルキフェル閣下とルミエルが知り合いであることを察していたが、特に興味を示さなかった。


「はっ、別に何も企んじゃいねえよ!投降しろだぁ!?てめえこそ何企んでやがる??」

「大王様より王命を仰せつかりました。ユラノス氏より力を与えられた貴方たち天生士を麾下として迎え入れたい…それが大王様の御意志です。」

「ワッハッハー!何が大王様だよ、あんま笑わせんなよ!ボスをコロコロ変えやがって信念のねえ野郎だなぁおい!あの神気取りのオヤジから力を貰えなかった事がそんなに悲しかったのかよぉ!?」
トルナドは大声で捲し立てた。

この発言に、ルキフェル閣下は眉をピクリと動かし、若干苛立っていた。


「相変わらず聞き分けの悪い方ですね…。ならば致し方ありません。少々手荒ですが、力ずくで聞き入れてもらうしかありませんね。」

ルキフェル閣下は全身から闘気と殺気を波動の様に放ち、トルナドに剣を向けた。


「おもしれえ!てめえの剣と俺の風の刃!どっちが強えか試してみようじゃねえかよ!」

トルナドは右腕に小さなカマイタチの渦の様な風を纏い、ルキフェル閣下を威嚇した。

剣豪の一太刀と風の刃。
これらの衝突は恐るべき力の奔流を生み出し、森の中で強大な渦が発生した。

その渦はまさに災害そのもので、辺りの木々を軒並み破壊してしまった。

ルミエルは立っているのがやっとで、たまたま近くにあった大岩の影で体を丸めていた。


「くっ…!」
「なかなかやりますね、トルナドさん。」

トルナドは押されていた。

その状況で、まるで嘲る様に見え透いたお世辞を言われ、トルナドはカチンときてしまい、風力を上げた。

予想外の風の力に、ルキフェル閣下は一瞬だが隙を見せてしまった。

トルナドはすかさずその一瞬の隙を突き、カマイタチを纏った右腕でルキフェル閣下の胸部を抉った。

胸部から血を噴き出したルキフェル閣下は、すぐさまトルナドから距離を取り、冷や汗をかいていた。

トルナドは追撃を試みて、風の力を纏った足でルキフェル閣下の左頬を蹴った。

しかし、トルナドの渾身の一撃が直撃したにもかかわらず、ルキフェル閣下は何事もなかったかの様にケロッとしていた。

「はぁ!?なんだ!?何が起きた!?」
トルナドは、自身の攻撃に確かな手応えを感じていたため、かなり動揺していた。

「流石です…素晴らしいお力ですね。しかし残念ながら、貴方の風は既に解析済みです。」

ルキフェル閣下は吐血して真っ赤に染まった口の口角を微かに上げ、クスリと勝ち誇った笑みを浮かべていた。

ストレリチア(極楽鳥花)の花言葉、万能。
この時魔族になって間もなかったルキフェル閣下だったが、既にこの能力をヴェルヴァルト大王から与えられており、すっかり使いこなしていた。

ルキフェル閣下は、この時は夢にも思わなかっただろう。

絶対無敵と信じて疑わなかったこの能力を、500年後に雷の天生士の転生者によって破られる日が来る事を。


ルキフェル閣下は、致命傷にならない程度に力を加減し、トルナドの人体をスパッと2回斬った。

トルナドは上半身から大量の血を噴き出しながら緩やかに倒れ、顔が地に着くと同時に意識を失ってしまった。

「トルナド…!しっかりして!」
ルミエルは急いでトルナドに駆け寄り、腰を下ろしてトルナドの体をゆさゆさと揺すっていた。

「脆いですね。所詮は天生士など、我ら魔族の敵ではないのです。」
ルキフェル閣下は澄ました顔で言った。


「ルキフェルさん…魔族の王様は、何を企んでいるの??」ルミエルが尋ねた。


「大王様は、これより本格的に世界を奪いにいこうと一念発起いたしました。その為に、強力な戦闘部隊を新設したのです。部隊の名は冥花軍(ノワールアルメ)。私はそこの最高司令官に任ぜられました。強い戦闘能力を有する個体を集め、大王様は自らの血肉を分け与え、特別な力と不老の肉体を持った最強の戦闘集団を作ろうとお考えなのです。トルナドさん、ルミエルさん…貴方達にも一枚噛んでもらいますよ。」
ルキフェル閣下は淡々と言った。

これが、冥花軍(ノワールアルメ)の創設秘話である。

「断るわ…!そんな話に、乗るわけないでしょ!」ルミエルはキッパリと言った。

そしてトルナドを背負い、なんとその場から逃走を図ったのだ。

ルミエルの腕力は、女性の平均値をやや下回るほどのものだ。

それでもルミエルは、この絶体絶命の窮地でトルナドを見捨てる事なく、トルナドを背に抱えてその場から逃げる決断をしたのだ。

火事場の馬鹿力と言うべきか、ルミエルは本来持つ腕力を上回る力で、細い腕で懸命にトルナドを支えながら、無我夢中で走っていた。

「無駄な事を…。私から逃げ切れるわけないじゃないですか。」
ルキフェル閣下は嘲笑しながら、早歩きでルミエルの後を追った。


ユサユサと体の揺れを感じたトルナドは、朦朧とする意識の中でゆっくりと目を開いた。

するとそこには、華奢な体で自身を抱え、ぎこちない走り方をする盲目の少女の後頭部が見えた。

「おい…何考えてやがる…さっさと俺を置いて逃げろよ…!」
トルナドは薄目を開けながら力無き声で言った。

「嫌だ!そんなこと出来るわけないじゃない!」

「馬鹿野郎!相手が誰だか分かってんのか!殺されるぞ!」
トルナドは怒鳴り声を上げたはずみでさらに傷口が開いてしまい、激痛に耐えながら歯を食いしばっていた。

それでも、ルミエルの足は止まらなかった。

茨の道を猪突猛進し、棘が刺さって足から血を流しながらも、決して止まることなくトルナドを支えながら走り続けた。

「大丈夫だからね…トルナドは絶対に私が守るからね…!」
ルミエルは震える声でそう言った。

どうしてこの女は、自分のためにここまでしてくれるんだろう。
そんなボロボロになって、目も見えないのに。
こんな事して、なんの得があるのだろう。

トルナドは意味がわからなかった。

しかし、ルミエルのこの行動にはなんの目論見も裏も無く、損得勘定もなく、ただひたすらに自分を助けるために動いてるくれている事を、トルナドは理解した。


トルナドは、またもや嬉しさを感じてしまった。

破天荒で勝手気ままに生きてきたこの風雲児は、今まで他者から煙たがられる事は幾度とあったが、このように自分のために走ってくれる者などいなかった。


トルナドは、初めて人の優しさに触れて嬉しさを感じ、更にこの満身創痍の状況で体を動かすことが出来ず、何もできない自分自身を心の底から恥じていた。


ルミエルの体力には次第に限界が近づいており、走る速度は徐々に減速していった。

そして、もう今にも立ち止まって地にへたり込んでしまいそうな時に、まるでそのタイミングを見計らった様にルキフェル閣下が立ちはだかった。


「さて、お戯れはここまでです。一緒に来てもらいますよ?特にルミエルさん…貴女がユラノス氏から分け与えられたその力は、非常に魅力的です。必ずや、大王様のお役に立つことでしょう。」
ルキフェル閣下は剣の鋒をルミエルに向けた。

しかし、それでもルミエルは観念しなかった。

ルミエルはしゃがんだまま、視線をルキフェル閣下からトルナドへと向けた。



「トルナド…もう大丈夫だからね…?」
ルミエルは優しくそう言うと、トルナドの患部に両手を翳した。

すると、ルミエルの両手からパッと眩い光が放たれた。

光に照らされたトルナドの傷口は、みるみるうちに塞がっていった。

人体の外傷を完璧に治癒させる聖なる光。
トルナドは、今目の前で起こるこの現象を、どこかで聞いたことがあった。

たしか、亡きユラノスが得意としていた術だったなと、思考を張り巡らせた。


一部始終を見ていたルキフェル閣下は、手足が凍りつくような奇妙な感覚に襲われていた。

天生士として活動していた頃、ルキフェル閣下はこの聖なる光を使用するユラノスを、何度も何度も、それこそ飽きるほどに見ていた。

しかし、ルミエルの放った光を目視したルキフェル閣下は、本能的な恐怖を感じ、慄いていた。


「なんですか…これは…!?」
ルキフェル閣下は、自分に何が起きているのか理解できていなかった。


ルキフェル閣下が本能的な恐怖を感じていた理由は、その聖なる光が魔族にとって唯一の弱点であったからだ。

その光は、本来は人体の外傷を癒すために用いられるものだが、魔族が放つ特有の闇の力を無力化する不思議な効能があったのだ。

現にこれより500年後の未来では、ルミエルと同じ力を持つラーミアはヴェルヴァルト大王の放った巨大な闇の球体を、いとも容易く掻き消していた。

更にその光は、能力の低い魔族ならば、その光に呑まれれば立ち所に肉体そのものが消滅してしまうほどの力を秘めていたのだ。

この時、この聖なる光に退魔の力がある事は、誰も知らなかった。

そのため、光を見た途端に怖気付いたルキフェル閣下を、トルナドとルミエルは不思議そうに見ていた。

「今日のところは見逃します。しかし…次はありませんよ。どうかそれまで、御覚悟を…!」
ルキフェル閣下は、そんな捨て台詞を残して逃走を図った。

得体の知れない能力を前にひとまずその場を立ち去り、ヴェルヴァルト大王に顛末報告をする決断をしたのだ。

万能と呼ばれる力を有するルキフェル閣下にも、この光は解析することが不可能だったのだ。


ルキフェル閣下がいなくなると、ルミノアは途端に肩の力が抜けてホッとした。


「ルミエル…その力…まさか、お前も…!?」
トルナドは、何かを確信した様に言った。

「ごめんね…隠してたつもりはないんだけど、驚かせちゃったかな?私も貴方と同じ天生士なの。与えられた力は、治癒能力。貴方は絶対に私が助けるからね、安心して?」
ルミエルは優しく微笑みながら言った。




この記事が参加している募集

#私の作品紹介

97,942件

#眠れない夜に

69,996件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?