輪廻の風 3-65



トルナドの傷口は、ルミエルの懸命な治療により完治した。

しかし、失血した分の血液が補給されたわけではないため、まだまだ安静にしている必要があった。
それでもトルナドは、ルミエルの前では虚勢を張って強がっていた。

「ワッハッハー!全快だぜ!まさかお前が天生士だったとは思わなかったぜ!」

トルナドは天生士になっても問題ばかり起こしていたため、神牢に投獄されていることが多く、ルキフェル閣下以外の天生士とは面識がなかったのだ。

トルナドの空元気をすぐさま見抜いたルミエルは、トルナドの顔を立てようと気を遣って何も言わなかったが、内心ではとても心配していた。



なぜ戦闘能力の低い盲目の少女を、ユラノスは天生士として迎え入れたのか。

その理由を、トルナドは本人に聞くまでもなく直感していた。


天真爛漫なルミエルは、ただ朗らかに笑っているだけでその場の空気を和ませたり、またその優しい気持ちに触れた者を穏やかにさせる様な不思議な資質を持っていたのだ。

まるで、世の中の暗いモノ全てに明かりを灯すような、太陽の様な少女だった。


この時代の天生士は神に仕える神官とは名ばかりの、殺伐とした暗殺者の様な集団だった。

神や国に仇なすものには裁きを与える。

これらの大義名分を建前に、心の底から闘いを楽しんでいる様な集団であったため、いかに全知全能の唯一神ユラノスといえど、彼らを御し切ることは難を極めていた。

そんな集団の中に新しい風を吹き込もうとしたユラノスは、敢えて戦術の基本能力もないルミエルを、天生士として迎え入れたのだ。

ユラノスの思惑は功を奏し、ルキフェル閣下を除いた天生士は次第に穏やかな心を持ち始め、一つの組織として形を成し得てきたのだ。

ユラノスは自身の死後、戦い方を知らないこの盲目の少女が魔族により危険に晒される未来を予見し、危惧していた。

だからユラノスは、ルミエルには万が一の為の対抗手段として、治癒と退魔の力を与えたのであった。

そう考えると辻褄が合うなと、トルナドは妙に納得してしまった。


ルキフェル閣下を撃退した2人は、ひとまずこの場から逃げようと決断した。

ルミエルは再びトルナドの背に乗り、トルナドは再び風力を利用して空を飛んだ。

2人はこの間なんの会話もせず、阿吽の呼吸の様に息をピッタリ合わせ、これらを行動に移した。


そして、もっともっと深い山奥の、湖のほとりにある小さな洞窟の中に身を隠した。

現在は夜更け。
2人はこの場所を一時的に隠れ蓑とし、一夜を明かそうと決めた。

トルナドは湖に勢いよく飛び込み、抱えきれないほど大量の小魚を生捕りにした。

両手両脇で小魚達を抱えて洞窟に戻り、すぐに火を起こした。

木の棒で小魚達を乱暴に串刺しにし、味付けもせずに焼き始めた。

「ワッハッハー!やっと飯にありつけるぜ!お前も遠慮せずに食えよ!」

「うん!ありがとう!」

2人は久しぶりの食事に、浮き足立っていた。


またしても、トルナドは不思議な感覚に陥った。

動物や魚を生捕りにして火を起こして焼いて食べる。

トルナドは、これまで幾度となくこのような原始的な方法で食事をしてきた。

それなのに、なぜ今食べてるこのただの焼き魚は、こんなにも美味しいのだろう。

なぜ、このなんの変哲もない食事を、かけがえのないもののように感じているのだろう。

考えれば考えるほど分からなくなり、トルナドは考えるのをやめた。

自分にとって特別な誰かと一緒に摂る食事は、1人で能動的に食べる食事よりも遥かに美味しく、またその時間は何よりも尊い幸せなのだ。

トルナドは、こんな簡単な答えすら自分で見つけ出すことが出来なかったのだ。


「ワッハッハー!別に治療なんてしてくれなくてもよぉ!ルキフェルなんざ俺1人で充分倒せたのによぉ!お前にその勇姿を見せてやることが出来なくて残念だぜ!」
トルナドは強がりを言った。

本当は治療をしてくれたこと、自分を背負って逃げてくれたことにお礼を言いたかったのだが、照れ臭くて勇気が出ず、思わずこんな台詞を口にしてしまった。


「勇姿ねえ〜…見てみたかったなあ。目さえ見えればなあ。」
ルミエルは悲しそうに言った。

トルナドは、自分は何て無神経なことを言ってしまったのだろうと、罪悪感を感じた。

「ねえトルナド…私、貴方の顔が見てみたい。ねえ、貴方ってどんな顔してるの?」
意外と気にしいなトルナドに、ルミエルは気遣うように尋ねた。

「ワッハッハー!どんな顔って??そりゃあイケメンよ!俺ぁこの世に2人といないイケメンだぜ!モテすぎて毎晩悩みまくってるくらいだぜ!」トルナドは鼻を高くし、自信満々に答えた。

乱暴者のトルナドは、女性から怖がられたり煙たがられることはあっても、黄色い声援を浴びた事など一度もなかった。

しかし、ついルミエルの前で見栄を張ってしまったのだ。

「イケメンか〜。わたし生まれつき目が見えないから、イケメンの基準が分からないんだよね。」ルミエルは難しそうな顔で言った。

「まあ要するに、めちゃくちゃカッコよくて良くて男前って事よ!」

「うん、それは知ってるよ。きっと素敵な表情で笑うんだろうなあ。貴方は心が綺麗だから、きっと笑顔も素敵に違いないわ?」

ルミエルがそう言うと、トルナドは照れるあまり失神してしまいそうになった。


「しかしあれだな、生まれつき目が見えねえってのも、難儀な話だな。」

「うん…でも私にとってはこれが普通だから。それに、悪いことばかりでもないわ?良いことばかりでもないけどね。」

「じゃあ、俺がお前に色を教えてやるよ!治療をしてくれた借りを返してやる!」

「…え?」
ルミエルは、トルナドの言葉に唖然としてしまった。

盲目である事を同情されるばかりのこれまでの人生で、このような言葉をかけてくれる者など1人もいなかったからだ。

トルナドの不器用な優しさに、ルミエルは心を打たれた。

「まずは赤だ!赤ってのはな…なんていうかこう…バーっと燃え上がるような感じだ!そんな赤の激しさを鎮めてくれるのが青だな!黒はな、ズーンと暗い感じだな!黒ってのはまた厄介でなあ、黒いもんに寄ってけば、大抵のもんは黒くなっちまうんだ。んで、それと対をなすのが白だな!白ってのはな、まあ純粋の象徴みたいなもんなんだ!だけど黒と違ってな、いくら白になりたくても、そう簡単に白にはなれねえんだよ。白は染めるのも染まるのも至難の業だぜ?まあ…清廉潔白は1日にして成らずってこった!」


ルミエルは静かにトルナドの話を聞いていた。


光を知らず無色透明な世界で生きているルミエルに、トルナドは少しずつ色をつけていったのだ。

お世辞にも語彙力が豊富とは言えなかったが、一生懸命に何かを伝えようとするトルナドのその気持ちが、ルミエルにとっては何よりも嬉しかった。

しかしそれと同時に、後ろ向きな思考にもなってしまった。

「私はきっと、前世でいけない事をしたのね。だから今世では目が見えないまま産まれてきたんだわ。輪廻転生をしても、黒が白になる事はないのね…。」

しょんぼりとした表情でそう言ったルミエルを見たトルナドは、思わずポカーンとしてしまった。

「はぁ?前世?輪廻転生??何言ってんのお前??」トルナドは目を丸くして言った。

「私ね、輪廻転生ってあると思うの。地球の全ての生命体は、いつか死が訪れてもまた新しい命に生まれ変われる。輪廻転生は果てる事なく続いて、命の灯火は繋がり続けていると思うんだあ。ねえ、私達来世ではどんな人間に生まれ変わってるんだろうね?いや…ひょっとしたら人間じゃなくてワンちゃんやネコちゃんだったりしてね。お花になってるかも!」
ルミエルは想像を膨らませながら言った。

トルナドはプッと吹き出し、小馬鹿にしたような笑い声をあげた。

「ワッハッハー!お前はバカか!そんなもんあるわけねえだろ!人生なんて泣いても笑っても一度きりなんだからよ、来世がどうとか考えるのなんて無駄な時間だぜ!そんなこと考えてねえで今を精一杯楽しもうぜ!」

トルナドは、ルミエルの言った言葉を曲解した。

「まあ考え方は人それぞれよね。でも…もし生まれ変わりというものがあるのなら、その時はちゃんと目が見えてたらいいなあ。そうすれば、生まれ変わったトルナドの顔も見れるね!」
ルミエルは楽しそうに言った。

2人は気が済むまで、楽しそうに語り合った。

どうかこの楽しい夜が、このままずっと明けませんように。

トルナドは柄にもなくそんなことを考えていた。








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