輪廻の風 3-73



カインが巻き起こした大爆発は、エンディ顔負けの凄まじい爆風を放った。


粉塵が晴れ、エンディ達は目を凝らして爆心地に視線を向けた。

しかし、そこにはカインとヴェルヴァルト大王の姿は確認できなかった。


「カイン…お前…。」
「あの野郎…自爆しやがったのか…?」

エンディとノヴァはカインの身を案じ、声を震わせながら言った。

アマレットは真っ青な顔で茫然自失となり、言葉を失っていた。


すると、力尽き仰向けになっているエンディの真横に、正体不明の物体が落下してきた。

「うおっ!?なんだ!?」
エンディは驚き、思わず大声を出してしまった。

落下に伴い発生した砂埃が晴れるのをじっと待つ様に、一同は異様な緊迫感に包まれながら落下地点を注視し、身構えていた。

「おいおいお前ら、勝手に殺すんじゃねえよ。」

落下地点から、カインの力なき声が聞こえた。

落下してきたのは、カインだった。

「カイン!良かった!!」
アマレットはルミノアを抱いたまま大泣きをし、カインに飛びついた。

エンディはホッとし、心の底から安堵した。


力を使い果たしたエンディとカインの身体は、ピクリとも動かせない程に疲労が蓄積されていた。

そのため2人は仰向けのまま、気力のみで辛うじて意識を保っていた。

「おめえら…よくやった…!ほんっっとうによくやった!!」
ダルマインは喜びのあまり、息を弾ませながら咽び泣いていた。

「フフフ…喜ぶのはまだ早いんじゃないの…?」
バレンティノは冷や汗をかきながら言った。

するとクマシスがバレンティノをギロっと睨みながら「人が喜んでいるとこに水を差すな!大体お前何もしてねえじゃねえかよ!」と、心の声を漏らしてしまった。

バレラルク軍の最高位である将帥の座に就くバレンティノに向かってなんたる口の利き方かと言わんばかりに、サイゾーは肝を冷やしながらクマシスの口を塞いだ。

すると、今度はモスキーノが口を開いた。

「バレンティノの言う通りだ…みんな、空を見て。」いつもヘラヘラしているあのモスキーノが、いつになく深刻な表情で言った。


そう、空を覆う邪悪な闇が消えていないのだ。

つまり、ヴェルヴァルト大王はまだ生きている。

エンディ達はそう確信し、背筋が凍りついた。


「フハハハハ…やってくれたな…虫ケラどもが図に乗りおって…。」

どこからともなく邪悪な声が聞こえた。

エンディ達は、まるで心臓を鷲掴みにされながら、背後から囁かれているような不気味な錯覚に陥っていた。


声の聞こえた方向から察するに、ヴェルヴァルト大王の居場所は、まさにエンディ達のいる場所の目と鼻の先だった。


しかしエンディ達は、ヴェルヴァルト大王の姿を見て目を疑った。


なんと、体長30メートルを超す巨体であるヴェルヴァルト大王の肉体が、僅か2メートルほどに縮んでいたのだ。

姿形は以前のままであったが、体長は著しく縮んでおり、そしてこの上なく苦しそうな表情をしていた。

生きてはいるものの、ヴェルヴァルト大王の魔力がかなり弱まっているのは火を見るよりも明らかだった。


「おいおい大王さんよぉ!往生際が悪いぞコラ!俺がトドメを刺してやんよ!」

慢心したエラルドは、不用意にヴェルヴァルト大王へと接近してしまった。

するとヴェルヴァルト大王は、人差し指の指先から大砲の砲撃音の様な音を鳴らし、衝撃波を放った。

それはエラルドの顔面に綺麗に直撃した。

エラルドは吹き飛ばされ、顎の骨が砕けて失神し、戦線離脱した。

どうやら、魔力が弱まり肉体が縮小したとはいえど、まだまだ底知れぬ力を残している様だった。

「何やってんだ馬鹿が!油断してんじゃねえよ!」ノヴァは、エラルドの愚行を強く叱責した。

エンディとカインは仰向けのまま身動きが取れず、とてもじゃないが反撃する余力は残っていなかった。


「小童どもが…舐め腐りおって…許さん!絶対に許さんぞぉ!」

ヴェルヴァルト大王は恐るべき速度で、羽根のない両翼を羽ばたかせながらエンディ達のいる場へと急接近した。

しかし、突如発生した激しい稲妻にその身を呑まれ、ヴェルヴァルト大王は動きを止めてしまった。

稲妻は天から降ってきたのではなく、横からヴェルヴァルト大王に衝突する様に放たれた。

怒りで我を失ったヴェルヴァルト大王に攻撃を仕掛けたのは、イヴァンカだった。


「みっともないよ、御大。散り際は美しくなくてはいけない。」
どこからともなく現れたイヴァンカが言った。

イヴァンカは、先のヴェルヴァルト大王の攻撃を何とか受け流し、身を隠していたのだ。

しかし、その際に力を使い果たしてしまい、エンディとカインほどではないが疲弊しきっていた。

本当は立っているのもやっとだったが、無理をして涼しい表情を浮かべ、平静を取り繕っていた。


すると、ノヴァがイヴァンカの横に立った。

「エンディとカインがあの状態だ。俺たちで何とかするぞ!」
「退がれ、ケダモノ風情が。」

ノヴァはイヴァンカに共闘を求めたが、イヴァンカは嫌な顔をし拒否した。


ノヴァはイヴァンカの"退がれ"という命令にも似た言葉を無視し、真正面からヴェルヴァルト大王に立ち向かっていった。

無論、エラルドの様に油断はしていなかった。

「余計な真似を…。」
イヴァンカは面白くなさそうな顔で呟いた。

黒豹化したノヴァは、ヴェルヴァルト大王に何度も何度も殴りかかった。

対するヴェルヴァルト大王は、肩で息をしながらも全ての攻撃を完璧に防いでいた。

ノヴァは戦法を変え、ヴェルヴァルト大王から少し距離をとり、周囲を高速移動していた。

常人の目には、ノヴァの姿は突然消えたと錯覚してしまうほどの恐るべき速度だった。

満身創痍のヴェルヴァルト大王は、ノヴァの動きを目で追うのに難儀していた。

それを察したノヴァは勝機を確信した。

ヴェルヴァルト大王に距離を詰め、顎を思い切り蹴り上げた。
そしてそのまま跳び上がり、今度は横に一回転して、ヴェルヴァルト大王の右頬に回し蹴りを炸裂させた。

2撃とも完璧に決まっていたが、ヴェルヴァルト大王はそれでも倒れなかった。

すると、ヴェルヴァルト大王は尻尾を動かした。

尻尾がノヴァの腹部に巻きつくと、ノヴァはそのまま地面に叩きつけられてしまった。

ヴェルヴァルト大王は右手の掌をノヴァに翳し、闇の破壊光線を撃とうとした。

ヴェルヴァルト大王に尻尾を巻きつけられ拘束されているノヴァに逃げ場はなく、まさに絶体絶命の大ピンチだった。


すると、突如ジェシカが走り出し、地面に叩きつけられたノヴァ覆い被さる様にして、強く抱きしめた。

「ジェシカ!?何やってんだ!」

「ノヴァ…死ぬ時は一緒よ。」

取り乱すノヴァとは対照的に、ジェシカは冷静だった。

その表情からは、腹を括り覚悟を決めた強き女の威厳が滲み出ていた。


ジェシカは、ノヴァを守ることが出来ないのなら、ノヴァと共に死する道を選択したのだ。

しかし、突きつけられた闇の銃口は、2人から逸らされた。

なんとモエーネがムチを振るったのだ。
モエーネの振るったムチはヴェルヴァルト大王の右腕に巻き付けられた。

そしてモエーネはヴェルヴァルト大王の右腕を強制的に動かし、闇の銃口、即ち破壊光線を放とうとしている右手を自分自身に向けた。

「モエーネ!?あんた何考えてんの!?」
思いがけない展開に、今度はジェシカが取り乱し始めた。

「ジェシカ…あんたは必ず生きて、絶対に絶対に幸せになりなさいよ!バーカ!」
モエーネはそう言い終えると、ジェシカをおちょくるように舌を出した。

ムチを握るモエーネの腕は、カタカタと小刻みに震えていた。

本当は怖くてたまらなかったが、モエーネは自分の行動に一片の悔いもなかなかった。

「フハハハハッ!良いだろう!まずは貴様から殺してくれる!女!我こそは魔族の王!目障りな貴様らを葬り、世界の王に成る者なり!何人たりとも余の覇道を阻むことは許さん!」
ヴェルヴァルト大王はそう言い放ち、モエーネに向けて闇の破壊光線を発射した。

モエーネは静かに目を瞑り、迫りくる凶弾に身を委ね、受け入れた。

すると、またしても思いがけない事態が起こった。

どこからともなく、ロゼの声が聞こえたのだ。

「やんごとねえぜ?」

モエーネは空耳かと思い、ゆっくりと目を開いた。

そこには、光り輝く槍を手に持ち、闇の破壊光線に立ち向かうロゼの姿があったのだ。

退魔の神器、神槍ヘルメス。
その力を解放すれば人体に大きな負担を強い、最悪の場合は死に至る。

しかし、ロゼは何の躊躇いもなくその力を解放し、槍を振るった。

闇の破壊光線は一刀両断され、ロゼを中心に2方向に分断された。

ロゼはたった一振りしただけだが、その斬撃の余波はヴェルヴァルト大王にまで届いた。

ヴェルヴァルト大王は肉体を深く斬られ、血を噴き出しながら地に両膝をつけ俯いた。

ロゼはクルッと後ろを向き、右手で槍を握ったまま、左腕でモエーネを優しくそっと抱きしめた。


「怖い思いさせちまったな。こんなところまで着いてきてくれて、ありがとう。」
ロゼは心を込めて言った。

モエーネは命を助けられた事で緊張の糸が切れ、ロゼの胸で思う存分泣いた。

「分を弁えろよ、誰の前で王を名乗ってんだ?周りから大王様大王様って持て囃されてその気になってんじゃねえぞ。お前にその器はねえよ。」
ロゼは強い口調で非難した。

しかし、ヴェルヴァルト大王は何も言い返す気力が起きず、両膝をついて俯いたまま微動だにしなかった。
どうやら、ロゼの攻撃がかなり効いている様だった。


そんなヴェルヴァルト大王の眼前に、イヴァンカが颯爽と歩み寄った。

「やれやれ…余計な真似をしてくれたね。君達はつくづく許し難い。」

イヴァンカは剣の刀身をヴェルヴァルト大王の首に当てた。

それでも尚、ヴェルヴァルト大王はうんともすんとも言わず、微動だにしなかった。

「実に醜き人外の者よ。君は所詮、おとぎ話に登場する架空の怪物に過ぎなかったね。だが安心して眠るといい。此度の戦いも、君の無様なその姿も、全て私が歴史の闇に葬ってやる。真の支配者たるこの私の手でね。」
イヴァンカは何が何でも自身の手で最強の生物の首を討ち取り、その異常とも言える支配欲を満たそうとしていた。

しかし、今まさにイヴァンカが剣を振るおうとした次の瞬間、なんとヴェルヴァルト大王の指先がピクリと動いた。

イヴァンカはその微かな動きを見逃さず、反射的に距離を取った。

「逃げろ!イヴァンカ!」
同じく危険を察知したノヴァが、大声を張り上げてイヴァンカに注意を促した。


ヴェルヴァルト大王は勢いよく立ち上がり、パカッと大きく開いた口から、火を吹く龍の如く多量の闇の破壊光線を放った。

以前と比較すると威力はだいぶ落ちているが、それでも小さな山くらいなら軽々と撃ち消せる程の威力を秘めていた。


「まだこんな力を残していたのか…。」
イヴァンカは歯をギリッと鳴らし、悔しそうに言った。

そして、ヴェルヴァルト大王の攻撃を相殺すべく、負けじと雷を放出させた。

すると、モスキーノがイヴァンカの隣に立ち、冷気を放った。

膨大なエネルギーを誇る雷と、骨の髄まで凍てつく脅威の冷気。

人智を超えた二つの力を以てしてもヴェルヴァルト大王の攻撃を相殺することは出来ず、むしろ2人は劣勢だった。

ヴェルヴァルト大王の闇の力に押し負けていたのだ。

「イヴァンカ!もっと力を上げろ!」
「貴様ごときがこの私に命令するな!」

イヴァンカとモスキーノは、こんな状況にも関わらず、横並びになって小競り合いを起こし始めた。

そうこうしているうちに、2人はどんどん押し負けていき、今にも闇の力に呑み込まれてしまいそうになっていた。

最早ここまで、万事休すか。
イヴァンカとモスキーノの頭に、ぼんやりと諦めの2文字が浮かびあがろうとしていた。

その時だった。

2人の背後から、温かく、今まで浴びたこともないような、それはそれは心地の良い優しい風が吹いた。

まさかと思い、イヴァンカとモスキーノは背後を振り返った。

そこには、脚をふらつかせたよろよろのエンディが立っていた。

「待たせたな…遅くなってごめん。」
エンディは力無く笑い、気丈に振る舞っていた。
誰の目から見ても無理をしている事は一目瞭然だったが、それでもエンディのその姿は、この上なく勇敢だった。

「エンディ〜〜!?もう動けるの!?」
さっきまで気を張っていたモスキーノは、エンディの登場により、無意識にいつもの軽快な口調に戻っていた。

「はい…何とか。てかモスキーノさんこそボロボロじゃないっすか。」エンディが言った。

モスキーノは、冥花軍ラメ・シュピールとの戦いにより、その身体にはかなりのダメージが蓄積されていたのだ。

肉体の内部を酷く損傷していたため外見からは分かりにくく、ラーミアからの治療もほとんど受けないまま、この戦いに臨んでいたのだ。

それを見抜いたエンディが、突拍子もないことを口にした。

「モスキーノさん、ここは…俺とイヴァンカに任せて下がっててください!」

「貴様…何を言っている?気でも狂ったか?」
イヴァンカはエンディをギロリと睨みつけた。

するとエンディは、まるで仕返しをするかの様に、イヴァンカに対して鋭い眼光を浴びせた。

「イヴァンカ!今は俺たちが争っている場合じゃない!アイツとまともに戦えるのは、もう俺たちしか残ってないんだ!お前も分かってんだろ!?大人になれよ!」

感情が昂ったエンディは、強い口調で叱咤激励した。

イヴァンカは納得のいかない顔つきのまましばらく黙りこくった後、「ヴェルヴァルトの次は必ず貴様を消す。貴様の仲間とやらも例外なく消す。それだけは覚えておくんだな。」と言った。

エンディはこの言葉を、承諾として受け取った。

「はいはい、分かったよ。いくらでも受けて立ちますよ。」
エンディが子供をあやす様な口ぶりでそう言うと、イヴァンカは露骨に不快感を露わにした。

「何だよお前ら…仲良しかよ。」
仰向けのまま力尽きたカインは、クスリと笑いながら言った。

モスキーノは一旦戦線離脱し、そっとその場を離れた。

エンディは豪風を、イヴァンカは雷を、それぞれ思う存分放出させた。

それらはぐんぐんヴェルヴァルト大王の攻撃を押し返していき、掻き消すことは出来なかったが、ゆっくりと時間をかけて相殺することに成功した。

満身創痍のヴェルヴァルト大王。
迎え撃つは、同じく満身創痍のエンディとイヴァンカ。

誰も予想だにしなかった異色のコンビが、成り行きで一時的に手を結び、最強の敵を前に共闘の道を選んだ。





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