輪廻の風 3-67




滅亡した神国ナカタムの上空に、どこからともなくヴェルヴァルト大王が降臨した。

それはまるで、なんの前兆もなく自然発生した未曾有の大災害が形を成しているようだった。

体長30メートルを超える巨体の周囲には、黒い蒸気のようなものが纏わりついていた。

突如浮かび上がった巨大で悍ましいシルエットに、トルナドは震撼した。

この時の衝撃はトルナドの脳裏に深く焼き刻まれ、500年後の自身の転生者であるエンディの遺伝子にまで大きな影響をもたらすことになった。

遂にこの時が来てしまった。
目を背けようにも背けることの出来ない紛れもない現実を前に、人々は再び恐怖し、未来を諦め始めていた。


「時は満ちた。濁世の血の海を創世しよう。」
ヴェルヴァルト大王が不遜な面持ちでそう呟くと、闇は全世界へと瞬く間に広がった。

世界中の空は闇に覆われ、太陽光は完全に遮断された。
気象的な寒さと怖気により、世界中の人々は感じたこともない異様な肌寒さを感じていた。


遂に、どこにも逃げ場も希望もない闇の世界が創造されてしまった。


しかし、当時の天生士達にとっては、これが合図であり開戦の狼煙であった。


ユラノスに与えられた力を研ぎ澄ますべく各地に散り散りになっていた天生士の戦士達は、それぞれヴェルヴァルト大王を目指し、そして一堂に会した。


世界から平和と光を取り戻すべく、誇り高き10名の戦士が立ち上がったのだ。



トルナドも、ルミエルを連れてすぐにヴェルヴァルト大王の元へと向かった。


10人の天生士は空を見上げ、覚悟を決めた。
命懸けで世界を護り戦う覚悟を。


しかし、ヴェルヴァルト大王はニヤケ顔で彼らを上空から見下ろすばかりで、戦おうとする素振りすら見せなかった。

配下の魔族達が、天生士の前に立ちはだかったからだ。


強き信念を持つ誇り高き戦士達を迎え撃ったのは、10体の冥花軍と、1000体を超える魔族の戦闘員達だった。


魔族達は、たったの10人で戦いに臨む天生士たちを、これでもかと言うほどに嘲笑った。

しかし、圧倒的な数の不利を前にしても、どれだけ馬鹿にされ罵しられても、10人の有志達はものともせず、凛とした表情と毅然とした態度を崩さなかった。


数の暴力などでは、彼らの深き志を持った心を折ることはできなかったのだ。


伝説として後世へと語り継がれ、後に神話として伝承されたこの闘いは、トルナドが先陣を切って幕を開けた。


冥花軍は強かった。
未知なる能力もさることながら、基本的な戦闘能力も非常に高く、トルナドたちは早速苦戦を強いられた。

それでも彼らは諦めず、歯を食いしばって戦い続けた。


1000体を超える魔族の一般戦闘員たちは、本来ならばトルナドたちの敵ではないが、やはり数の多さに圧倒された。

倒しても倒してもキリがなく、永遠とも思えるほどに先の見えない戦いは続いた。


熾烈を極めた闘いは、休戦することなく10日間も続いた。
両軍共に、気が遠くなるほどの長きに渡る闘いだった。あまりにも過酷だった。


しかし驚くべきことに、優勢だったのは天生士側だった。

彼らはたった10人で、ここまで誰1人欠けることなく戦い続けたのだ。

冥花軍が使用する特殊な能力を前にも一歩も引かず、無我夢中で戦い続けた。

全ては、世界の未来の為に。

1000体以上いた魔族の一般戦闘員たちも、100体近くにまで減少していた。


後にイヴァンカに倒されたルキフェル閣下。
カインに倒されたジェイド。
モスキーノに倒されたシュピール。

特に強かったのは、この3体だ。

冥花軍の主力級で無敵と謳われる彼らを前にし、天生士は苦戦を強いられたが、それでも決して彼らは諦めずに戦い続けた。

ルミエルは皆に護られながら、負傷した同志の治療に専念していた。

トルナドはルミエルを命懸けで護りながら、誰よりもガムシャラに戦い続けた。

10日も経過したというのに、たった10人の天生士を撃破できない配下に対し、ヴェルヴァルト大王は徐々に憤りを募らせていた。

そして10日目にして遂に、ヴェルヴァルト大王は痺れを切らしてしまったのだ。


ずっと上空から戦いを眺めていたヴェルヴァルト大王は、憤怒の表情で地上へと舞い降りた。

その衝撃は、まるで隕石でも衝突したかと錯覚するほどのものだった。

大地は大きく割れ砕け、巨大なクレーターが出来上がってしまった。

絶対的な力を誇る主君、ヴェルヴァルト大王の怒れる姿を見た魔族の面々は、怯えきっていた。

ガタガタと身体を震わせ、立つことすらままならない者すらいた。


地上に舞い降りたヴェルヴァルト大王は、すぐさま攻撃を仕掛けた。

巨大な口をパカッと開けて、まるで火を吹くドラゴンの如く、強大な闇の破壊光線を吐き出した。

地形を変える程の破壊力を秘めたその一撃に、トルナドたちは力を振り絞って対抗した。

それでも止めることはできず、この攻撃で4人の天生士は命を落としてしまった。

ヴェルヴァルト大王は、まるで優雅に舞踏を楽しむ貴族のような表情で戦闘に臨んでいた。


満身創痍のトルナド達は必死に抗おうとし、一歩も引くことなく立ち向かった。

絶対的な力を前にしても臆することなく立ち向かった。

全ての攻撃を無に帰す強靭な皮膚に、何度も何度も攻撃を繰り出した。

長引いた戦いは、ヴェルヴァルト大王の参戦によって徐々に幕をひき始めた。

気高き戦士達はまた1人、また1人と死んでいった。

そして遂に、トルナドとルミノアの2名になってしまった。

トルナドは世界を護るべく戦い儚く散った英雄達の屍を越え、ヴェルヴァルト大王に挑み続けた。

全身の骨は粉々に砕け、細胞は壊死し、脳も臓器も酷く損傷していた。

それでもトルナドは、何度倒されても立ち上がり、挑み続けた。

ヴェルヴァルト大王は涼しい顔をしており、その肉体にはかすり傷どころか埃の一つも被っていなかった。

誇り高き風の戦士トルナドは遂に限界を迎え、背を地につけて倒れた。

もう、瞬きする余力すら残っていないほどに衰弱しており、その命は風前の灯だった。

世界の命運を賭けた戦いに臨んだ誇り高き戦士達、天生士(オンジュソルダ)は大敗を喫し、文字通り崩壊した。


しかし、まだ諦めていない者が1人残っていた。ルミエルだった。


か弱き盲目の少女は、命を投げ打つ大きな覚悟を決めた。

ルミエルは最後の力を振り絞り、全身からまるで太陽のような光を放出させた。

夥しい量の対魔の光を前に、ヴェルヴァルト大王はぞくっと背筋が凍りついた。


トイフェルパンドラ。

ルミエルは世界を護る為、世のため人のため明るい未来の為、自分の命と引き換えに悪しき者を封じ込める禁忌の術式を唱えた。


魔族達は、先程までの怒涛の勢いがまるで嘘であるかのように、あっけなく封印されてしまった。


ヴェルヴァルト大王は怯えた表情のまま、巨大な水晶玉と化した。

10体の冥花軍と100体の魔族の一般戦闘員達は、そのまま石造と化した。

ヴェルヴァルト大王が封印されると現存する闇の力はその効力を失い、世界中の空を覆い尽くしていた闇は瞬く間に払拭された。


かくして世界は光を取り戻し、安寧を脅かす恐怖は消え去った。

その代償となったのは、僅か18歳のいたいけな盲目の少女の命であった。

世界を護るべく命を賭して戦い殉死した誇り高き英雄達の亡骸は、魔族達が封印された世界に生き残った人々により葬られた。

魔族達に殺された数多くの罪なき一般市民達の亡骸と一緒に集団火葬され、荒野に深く掘り起こされた穴の中に埋められた。

墓標なき味気の無い慰霊碑は、まるでただの大地そのものだった。

そのため、数年も経てば、その場所に英霊達が眠っていることなど、人々の記憶から忘れ去られてしまっていた。


光を取り戻し、魔族がいなくなった世界で生き残った人々は、それぞれの民族ごとに一致団結して多くの派閥を生み、やがて争いが勃発した。

混沌とした世界で覇権を握るために、我こそはとそれぞれの一族や組織が戦争を始めたのだ。

これが、500年続いた大陸戦争の始まりだった。

当時富と力を最も有していたユドラ人は、すぐに覇権を牛耳り、やがてユドラ帝国が建国された。

この時よりユドラ人は、人々から真の支配者層と囁かれ、神格化されていったのだ。

魔族の封印物は他国への強力な抑止力として利用するため、イヴァンカの末裔であり当時からユドラ人を統べていたレムソフィア家の手に渡った。


悲しいことに、平和を願い世界の為に戦った天生士の思いは生き残った人々に届かず、ムルア大陸統一を大義名分に掲げた国々の戦争が、500年もの長い間続いてしまったのだ。

せっかく魔族がいなくなったのに、たくさんの血が流れ、様々な遺恨や軋轢を生み出し、憎しみは連鎖され、愚かな歴史は繰り返され続けた。

しかし思いや遺志は届かずとも、殉死した10名の天生士の能力だけは、次の時代を担う者達へと人知れず脈々と受け継がれていった。












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