輪廻の風 3-76
「本当…貴方って勝手な人。」
遺骨すら残さずこの世を去った最愛の夫カインに対し、アマレットは茫然自失となり、消え入るような声で言った。
エンディは、やはり終戦後すぐに宴を開こうと提案した自身の判断は間違っていなかったと、改めて痛感した。
カインは、自身の命に終わりが訪れるカウントダウンを感じ取り、そのタイムリミットの極限まで家族との時間を楽しめたからだ。
「カイン…。」
「あの野郎…!」
突然居なくなってしまったカインに対し、ラベスタとノヴァはやるせない気持ちになっていた。
その気持ちは、他の者達も同じだった。
モエーネとジェシカはうずくまり、両手で顔を覆い隠して泣いていた。
ラーミアはエンディの肩に顔をうずめ、声を殺して泣いていた。
エラルドは言葉を失い、悲しみに打ちひしがれていた。
すると、しんみりとしたムードを打ち消す様に、エンディが唐突に口火を切った。
「生きよう…。俺たちは、これからも生きて行こう。」
エンディは歯を食いしばり、必死に涙を堪えながらそう言った。
すると、ロゼがエンディの横に立ち、エンディの背中を優しくポンと叩いた。
「死んだ奴の分まで生きよう…そんな見え透いた詭弁を言うつもりは毛頭ねえよ。だからよ…カインに、戦死していった全ての奴らに恥ずかしくない様、あいつらに顔付け出来るよう、生き残った俺たちは前向いて胸張って生きていこうぜ。」
ロゼは溢れでる涙を堪えきれず、声を震わせながら言った。
「バーカ、泣いてんじゃねえよ…。お前…国王だろ…?お前がそんなんじゃ…俺たちは…これから誰について行けばいいんだよ…しっかりしてくれよ…。」
エスタはロゼの背中をバンッと強く叩いた後、ロゼの衣服を右手で握りしめながら、涙ながらに自身の心情を訴えた。
気を利かせたモスキーノ、バレンティノ、マルジェラの3将帥は、そっとロゼの近くに歩み寄った。
長い長い夜が明け、日が昇った。
朝靄を分けて差す光のあまりの美しさに、エンディ達は心を奪われて魅入ってしまった。
「綺麗だなあ…太陽って、こんなに綺麗だったんだ。ちっとも知らなかったよ。どうして今まで気付けなかったんだろう…。」
エンディは空を見上げ、ボロボロと大粒の涙を流しながらそう言った。
「生きてやる!絶対に生きてやるぞ!立ちはだかる試練も苦難も!迷いも煩悩も運命も!全部全部乗り越えてやる!四肢をもがれようが血反吐吐こうが走り続けて!絶対に幸せになってやる!」
エンディは、朝日に向かって思う存分叫んだ。
すると、不思議と気持ちがスッキリし、思わず顔がほころんだ。
泣き顔と笑顔が混じり合ったその表情は朝日に照らされ、どこか生き生きとしていた。
すると、ラーミアが両手でエンディの右手をギュッと握りしめた。
「1人では走らせないよ?私も一緒に連れてって。」
ラーミアは頬を赤らめながらも、エンディの目を真っ直ぐにみながら言った。
頬の赤さは朝陽に照らされたものなのか、はたまた照れからきているものなのか、答えは両方だった。
エンディは、ラーミアの手をギュッと握り返した。
「私たち、随分と長い間遠回りしちゃったね。でも…せっかくここまで歩いてきたんだもん。だから、これからも歩き続けようよ。2人で一緒に。」
「うん、そうだね。きっと…2人ならどこへだって行けるよ。」
エンディとラーミアは、互いの心のうちに秘めたる想いを享受し合い、500年もの間果たせなかった契りをついに果たした。
そして、ここからが本当のスタートであった。
アマレットの腕でスヤスヤと眠っていたルミノアは、朝日の眩しさで目が覚めた。
父親が死んだことなどつゆ知らず、ルミノアは天使の様な笑顔で楽しそうにはしゃいでいた。
そんなルミノアを、アマレットは強く抱きしめた。
「あなたのことは…あなたのことは絶対に私が守るからね…!」
アマレットは誓った。
この子だけは、何が何でも、何と引き換えにしてでも、必ず守り抜いてみせると。
カインの分も、目一杯の愛情を注ぎ続けると、固く心に誓った。
すると、エンディが2人に近づいて行った。
エンディはルミノアの頭を優しく撫でた。
「お前は、忘れちゃうんだろうな。大きくなったら、カインのこと覚えてないんだろうな。でも、それでいい…俺たちはずっと覚えているから。そのかわり…お前がもうちょっと大きくなったら、耳にタコが出来るくらいに聞かせてやるよ。お前の父ちゃんは、めちゃくちゃ格好良かったんだぞって…嫌になる程聞かせてやるからな…覚悟しておけよ?」
エンディはルミノアに優しく笑いかけながらそう言った。
さよならも言わずに別れれば、心残りもあるでしょう。
夢半ば天に召されれば、後悔は尽きないでしょう。
でも貴方の事だからきっと、笑って見守っていてくれるよね。
互いの信念は違えど、彼らは今日もこれからも、命の限り自分の信じた道を歩き続ける。
信念ある者の歩みは、誰にも止められない。
誰もが人生の主人公であり、生きている限り物語は続いていく。
だから生き続けよう、いつかそっちに行くその日まで。
また逢えることを信じて。
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