輪廻の風 3-68
死の淵に立たされたルミエルの人体に、人類史上かつてない異常が生じた。
なんと、生まれつき目の見えないルミエルに、視力が宿ったのだ。
しかしそれは人智を超えた奇跡などではなく、人為的なものだった。
ヴェルヴァルト大王は封印される直前に、ルミエルの人体に闇の力を与えたのだ。
その力は、魔族が扱う特有の能力ではなく、また不老の肉体でもなく、視神経を共有するためのものだった。
ヴェルヴァルト大王は、遠い未来で自分達の封印が解かれた際、その世界で生きる天生士達の動向を探るために、それを施したのだ。
治癒の天生士が何度生まれ変わろうとも、その力は決して途絶えぬほど強力なものだった。
それこそが、これより500年後に巻き起こったラーミアの内通者騒動の全ての元凶であった。
トルナドとルミエルは横並びになり、仰向けのまま天を仰いでいた。
2人にはもう指先や眉を動かす余力すら残っておらず、ただ潔く自らの死を受け入れる以外に道はなかった。
そんな状況下でルミエルは、初めて見る空の青さと燦々と輝く太陽をしっかりと目に焼き付け、いたく感動していた。
「すごい…私…目が見えるようになった…!これが空…これが太陽…なんて綺麗なの!」
ルミエルは感極まって泣いてしまっていた。
そして、視力を宿したルミエルが最も見たいと望んでやまなかったのは、トルナドの顔だった。
しかし残念な事に今のルミエルには、すぐ隣で仰向けになっているトルナドの顔を見るために、顔を横に傾ける力すらなかった。
「トルナドの顔…見たかったなあ…。」
ルミエルは悲しみに満ちた声色で言った。
トルナドの顔を見れないことが、生涯最大の悔いとすら思っていた。
トルナドは泣いていた。
両目からは、大粒の涙が大量に溢れていた。
ヴェルヴァルト大王に大敗し、ルミエルの命が犠牲となり、挙句このまま死すること。
それは、無念の一言では言い表せないほどの感情だった。
後悔してもしきれなかった。
「ごめんな…俺…約束、守れなかった…。お前のこと…護れなかった…!俺がもっと強ければ…こんなことにならずに済んだのに…!本当に…本当にごめんな…!」
トルナドは声を震わせながら言った。
大粒の涙はとめどなく溢れ続けていた。
ルミエルはしばらく黙りこくりながら、飽きることなく空を仰ぎ続けていた。
そして、ルミエルの両目から流れる涙は、感動の涙から悲しみの涙へと移り変わっていった。
「人生って、一回じゃ全然足りないね。せっかく貴方みたいな素敵な人と出会えたのに…私、死んじゃうんだね。貴方の顔を見ることも出来ずに、このまま死んじゃうんだね…。」
ルミエルの顔は、涙と泣き顔によって生じたシワによりぐしゃぐしゃになっていた。
互いの顔を見合うことも叶わない2人は、仰向けで空を見上げながら、声をしゃくり上げてひたすら泣き続けていた。
しばらく経つと2人は泣き疲れ、徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。
すると、トルナドの口から意外な一言が出た。
「次は…次は絶対に助けるから…!」
「次…?次って何?私たち、もう死ぬんだよ?次なんてないよ…。」
ルミエルはポカーンとした顔で言った。
「今世では…俺は約束を守ることが出来なかった。お前を護ることが出来なかった…。だから…次生まれ変わったら…今度こそ必ずお前を護ってみせる…!次こそは…何がなんでも護りぬいてやる…!」
トルナドは、泣き腫らした顔で大きな誓いを立てた。
「あれ…貴方、輪廻転生なんて信じないんじゃなかったっけ?」
「ワッハッハー…人の心なんてよぉ、秋の空みてえに日々移り変わっていくもんだろぉ…?」
トルナドはにこりと笑い、無理をして笑顔を作った。
「本当…?また私のこと…護ってくれる?」
「ああ…約束する…!何度失敗しても…そのたび何度もまた生まれ変わって…必ず会いに行くから…!握った手は絶対に離さねえから…!何度も何度も…例え輪廻転生が果てようとも…人間に生まれ変われなくても…目が見えなかろうが耳が聞こえなかろうが…声が枯れても…お前の名を呼び続ける!!」
トルナドは、今出せる精一杯の大きな声で空に叫んだ。
ルミエルは心を打たれ、再び嬉し涙を流した。
「また会える??」
「当たり前だろ…俺は約束は破らねえ…!絶対迎えに行くからよ…だから…待っててくれよな…?」
2人の命は、今にも消え入りそうだった。
息を引き取るのも、もはや時間の問題だった。
「迷い、苦難、運命、煩悩…何が立ちはだかろうとも、全て払い退けて君に会いに行く。」
「苦悩、悲しみ、試練…何が待ち受けていても全部乗り越えて、今と変わらない気持ちで貴方を待つ。次に生きる時代が…例えどれだけの不幸で満ちていても…今と変わらない答えを聞かせてあげる。貴方と同じ道を一緒に歩く為に。」
2人は最期の力を振り絞って、互いの手の小指を結んだ。
トルナドとルミエル。
世界を護るために戦った2人の少年少女は、僅か18歳という若さでこの世を去った。
全てを未来に託した2人は、死して尚笑顔を絶やさなかった。
気の遠くなるような時間の濁流の中で、2人は何度も何度も輪廻転生を繰り返した。
しかし運命の歯車に逆らうことが叶わなかった2人は、一度も交わることもなく、すれ違うことすらなかった。
それは、他の天生士も然り。
天生士としての力に目覚めぬまま生涯を終えた者が、実に過半数以上を占めていた。
稀に目覚めていても、民衆から異能者と蔑まれ、迫害や差別を受けることを恐れて、力をひた隠しにする者も多くいた。
中には、神の名を持つその力を自身の欲望を満たす為に悪用する者もいた。
大陸戦争禍で、国に人間兵器として雇われていた者も少なくなかった。
そうして、夥しい時が流れていった。
しかし、2人の死後500年が経過し、ようやくエンディとラーミアは邂逅を果たしたのだ。
それは紛れもなく奇跡だった。
しかも、エンディとラーミアが生まれた時代の天生士は、全員が力に目覚めていた。
これもまた、過去を遡っても類を見ない事例で、実に5世紀ぶりに彼らは一堂に会したのだ。
これまで本当に色々なことがあった。
天生士同士で争い、歪み合い、殺し合い、様々な苦境を乗り越えてきた。
そして、その時代に魔族が復活を遂げたのも、また運命の悪戯というべきだろうか。
今を生きる10人の天生士は、それぞれの思惑や信念は違えど、今まさに巨悪を討つべく立ち上がった。
全員で手と手を取り合い共闘することはなけれど、全員揃ってヴェルヴァルト大王の前に立ちはだかり、曲がりなりにも一致団結していた。
時空を超えた血戦は、間もなく全ての決着がつく。
固く結ばれた契りは、500年の時を経てようやく果たされようとしていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?