輪廻の風 3-57




「何あれ〜!?やばくな〜い!?」
突如押し寄せてきた軍勢を見たモスキーノは、わざとらしく驚いていた。

遠くから見ると、まるで波打つ蟻の大群のように見えた。

「ざっと4万は超えてるね。やば。」
ラベスタはポカーンとしていた。

パッと見たところ、4万を超える大軍のうち、バレラルク王国の兵士たちが約3分の1程を占めていた。

なんと、魔族に恐れをなして王都を去ったバレラルクの戦士達が、時間をかけて誇りを取り戻し、戦地へと赴いていたのだ。

「うちの兵士がほとんどだな…武器を捨てて国を捨てた奴らが戻ってきたか…!」
エスタが少しばかり嬉しそうにそう言うと、サイゾーが「じゃあ他の連中は何者だ?」と、難しい顔で独り言を呟いた。

「あの軍服…ネルド王国の人達じゃない!?」
「あの特徴的な鎧は…ヨコルト王国よ!」
モエーネとジェシカは、それぞれどこかの雑誌や書籍で見覚えのある国の戦士達を確認し、驚きの声を上げていた。

ムルア大陸外に点在する国々の戦士達が、武器をとってバレラルク王国の王都跡地であるこの魔界城へと攻め込んできたのだ。

他にも、魔族に屈服した国、滅亡を恐れて正式に魔族の存在を認めると表明し白旗を挙げた筈の国々の戦士達も続々と攻め込んできた。

様々な国の戦士達は武器を手に取り、バレラルク王国と共に魔族と戦い抜く決意を固めていたのだ。

しかし、多種多様な民族達が一つの集団として形を成して共通の敵を討とうなど、土台が無理な話なのかもしれない。

何故ならば、複数の種族が集まっている分、中には過去に根深い歴史的遺恨を残したままの国の民同士だったり、或いは現在まさに冷戦中の国の民同士が、手を取り合って共闘するなど、遠い夢物語のような話だからだ。

しかし彼らは、互いに歪み合いながらも、今この時は手と手を取り合って協力する姿勢を示していたのだ。

こんな事態は、人類の長い歴史を振り返ってみても例の無い、異例中の異例の出来事だった。

恐らく、これから先の遠い未来でも、こんな出来事は起こらないであろう。

つまりこれは、時空を超えた戦いに終止符を打つべくして集まった者達による、最期の血戦になのだ。

この戦いの勝者が人類であろうと魔族であろうと、この巨大な戦いは永久に歴史へと刻まれるだろう。

「俺たちパマトリ人はお前らネロウド人に故郷を滅ぼされた…!勘違いするなよ!お前達のことを許したわけでは無いからな!」

「それを言ったら、俺の家族と多くの仲間はお前らパマトリ人に殺された!この戦いが終わったら覚えておけよ…魔族の次はお前らパマトリ人共を血祭りに上げてやるからな!」

4万を超える軍勢の中では、異なる種族間でこのような口喧嘩が至る所で勃発していた。

しかしそれでも、彼らは同じ群れの中にその身を置いた状況で殺し合いを始めることもなく、ただ一直線に魔界城を目指していた。

中には裏社会にその名を轟かせ、国際手配されているような極悪人達も、仲間を率いてしれっと群れの中に身を潜めていた。


「あいつは…世界に名だたる5つの巨大マフィア組織…5大ファミリーの一角!カモラファミリーのボス!ドン・アルカポだ!」

「おい!あそこにいる全身タトゥーまみれの派手な奴らは確か…ヲヌロツ国の政府軍を壊滅させた悪名高きギャンググループ、クロノアの連中じゃなえか!?」

「おい!こっちには過激派テロ組織ヤタガラスの最高指導者、Mr.Jまでいるぞぉ!」

各国の兵士達は目の前にいる凶悪犯達に興奮冷めやらぬ様子だった。

世界を震撼させるような事件を起こし続けていた大悪党達の確保及び殺害は、それぞれの国が我こそはと威信をかけて臨んでいたことなのだ。

彼らを討ち取れば大手柄になることは間違いなく、国の英雄にもなれる。

しかし各国の戦士達は、そんな気持ちをグッと我慢していた。

彼らよりも、まずは先に魔族を倒すことが最優先だと誰もが理解していたのだ。

「ぐっふっふっ…俺の首を取るならよ、この戦いが終わった後にしてくれねぇかぁ?」

「俺たちゃ逃げも隠れもしねえよ!いつでも殺し合いの準備はできてっからよぉ!ただし…この戦いが終わった後で頼むわ!」

「別にいつでも受けて立つぞ。魔族の者どもを殲滅した後ならばな。」

悪人達も各国の戦士達も、志は同じだった。

今この瞬間、ここには種族も歴史も差別も遺恨も、善も悪も無い。
いっときの間、一時的に忘れているのだ。

全ては魔族を倒し、平和な世界を、そして闇に閉ざされたこの世界に再び光を差し込ませるために。


彼らは鬨の声をあげ、魔界城へと突入を果たした。

現在の魔界城内部の戦況は、謎の連合軍42000対魔族51000。

数は魔族がやや上回っているが、魔族側はこの思いもよらぬ奇襲に対応しきれていなかった。

何よりも、世界を守りたい彼らと世界を蹂躙する魔族達では、同じ戦いでも持ち合わせてある心意気の強さが違った。

魔界城での戦争は第二次に突入した。



「下らん…実に下らぬわ!虫ケラが少しばかり増えたからといって図に乗るなよ人間共が!おいベルゼブ、魔界城諸共全てを破壊しろ!」
ヴェルヴァルト大王がベルゼブに命を下した。

するとベルゼブは、ギョッとするような形相で大口を開けた。

そして口内から強力な闇の破壊光線を勢いよく吐き出した。

しかしそれらは、魔界城に直撃することなく、ノヴァとエラルドによって容易く相殺されてしまった。

「隔世憑依 憤怒の聖獣(コレルレオパル)」
「隔世憑依 金剛蒼王(キングオブダイヤモンドマン)」

2人は即座に隔世憑依の形態に入り、肉体もベルゼブに負けじと劣らず巨大化し劇的にパワーアップしていた。

「早く行け!お前ら!」
「害虫駆除は任せろや!」

2人はベルゼブの討伐を請け負い、皆を最上階に向かうように促した。

カイン達は何の躊躇いもなく上を目指した。
ノヴァとエラルドならば必ずベルゼブに勝ち、生きて再び会えることを信じていたからだ。


ヴェルヴァルト大王に開戦の狼煙を上げた一同は、カインを先頭に最上階へと赴こうとしていた。

しかし、突如エンディがフラフラと起き上がったことで、カイン達の足がピタリと止まった。


「エンディ…もう立てんのか?」
カインの問いかけに、エンディはやせ我慢をしながら「おう!」と元気よく答えた。

ラーミアが迅速かつ尽力的に治療を続けたお陰で、エンディは普通に動けるまでに回復していた。

しかし全快とは言えず、身体にはまだまだダメージも疲労も蓄積されたままだった。

それでもエンディは、闘志を燃やしていた。

「エンディ!無理しないで!まだダメよ!」
心配性のラーミアがそう言うと、エンディは優しい笑顔をラーミアに向け、「ありがとう、ラーミア。けどもう大丈夫だ!」と空元気に言った。


そしてエンディは天井に空いた穴からヴェルヴァルト大王を見上げ、右手の握り拳を天に翳した。

「おいヴェルヴァルト、見えているか?お前を倒す為に、今まさに世界は一つになろうとしている。いや…一つになった!覚悟しろよ…必ずお前をぶっ飛ばして、俺たちは生きてまた太陽の光を浴びるんだ!」

エンディは、最期の宣戦布告をした。

しかしヴェルヴァルト大王は「戯言だな。」と、鼻で笑い飛ばしていた。

今度こそ最上階へ行ってヴェルヴァルト大王を倒そう。

強い決意が固まり、再び最上階へと足を進めた一同であったが、またもやその足は思いがけない形でピタリと止まることになる。

エンディ達の足を止めたのは、ロゼだった。
エンディに続き、ロゼも目を覚ました様だ。

「ロゼ国王…?」
エンディはロゼを不審げに見ていた。
様子が変だったからだ。

ロゼは起き上がるや否や槍を抜き、ただならぬ雰囲気を漂わせていた。

「国王様!?もう大丈夫なんですか!?」
「おいおい、あんま無理すんなよ?もうちょい休んどけよ。」
腹心のモエーネとエスタの言葉に対し、ロゼは無表情のまま立ち尽くすだけで一切の反応を示さなかった。

ロゼの様子がいつもと違うのは、誰の目から見ても明白だった。

「ロゼ国王、もう少し休んでいてください。まだまだ療養が必要です。」
ラーミアは優しくそう言いながら、ロゼに歩み寄った。

ロゼに近づいてはラーミアが危険だ。
エンディは本能的にそう察知し、ゾクッとした。

そして案の定と言うべきか、ロゼは槍の鋒をラーミアに向けた。

「…え?」
ラーミアは驚きのあまり足を止め、身体が硬直してしまった。

するとエンディは、ラーミアを護るようにして、すかさず2人の間に立った。

「ロゼ国王…?何をしているんですか?こんな時に変な冗談はやめてくださいよ。」
エンディは冷や汗をかき、苦笑いをしながらそう言った。

「どけよエンディ…死ぬぞ?」
ロゼはエンディに槍の鋒を向けながら、鬼気迫る表情でそう言った。

エンディは震撼した。

まさかヴェルヴァルト大王の内通者はロゼだったのか?
最悪の事態が脳裏をよぎったのだ。

もしそう仮定するのならば、ロゼが退魔の光を身に宿すラーミアの命を狙うことも何ら不思議ではない。むしろ妥当だ。

「エンディ…悪い様にしねえからこっちへ来い。」

「ロゼ国王…"死ぬぞ?"って…俺を殺すって意味ですか?どうしてそんなことを…?」
エンディが悲しげな表情で尋ねると、ロゼは舌打ちをした後に「そういう意味じゃねえよ。いいから言う通りにしろ。」と、急かす様に言った。

エンディは何が何だか訳が分からず、呆然としていた。

「エンディ…俺は見ちまったんだ。"こいつ"は俺の意識が無えと思って油断していた…俺は薄れゆく意識の中、"こいつ"がお前に闇の力をぶっ放した瞬間を見ちまったんだよ…。」
ロゼは声を微かに震わせていた。

「ロゼ国王…何を言ってるんですか…?」
エンディはロゼの言葉の意味が理解出来ず、終始ポカーンとしていた。

すると、痺れを切らせたロゼの口から、ついに恐るべき真実が語られた。

「分からねえのかエンディ!さっきお前に攻撃を仕掛けたのは!お前の後ろにいる"その女"だ!!」
ロゼは大声で叫んだ。

エンディは時が止まってしまった。
果たして現在自分の後ろに、ラーミア以外の女などいただろうか?
そんなことを考えていた。

エンディはゆっくり、ゆっくりと首を後ろへと回した。

すると眼前に、初めて見る女の顔があった。

青白い肌をした長い黒髪のその女は、歯を剥き出しにし、目を細めて悍ましい顔つきで笑っていた。

この女は誰だろう?
エンディは現実から目を逸らす様に、心の中で自問自答していた。

さっきまで後ろにいたラーミアは、自分の知る限りではこんな恐ろしい表情など絶対にしない。

だから気づかなかったのだ。
この恐ろしい笑顔の女が、ラーミアだということに。
否、例え気づいていたとしても、信じたくなかったから気づかないふりをしていたのかもしれない。

エンディは全身の血の気が引き、唇が青紫色に変色してしまい、頭の中は真っ白になっていた。

その隙をついたラーミアがエンディに右手を翳し、至近距離から闇の破壊光線を放った。

ロゼは、一切反応の出来ていないエンディの身体を、手練れの引ったくり犯の如く両手で強引に掴んで回避行動をとった。

回避に成功した2人はそのまま床に倒れ込んだ。

エンディは身体中をガクガクと震わせながら、再び恐る恐るラーミアの顔を見た。

やはり何度見ても、それは自分の知っているラーミアではなく、まるっきり別人の様だった。

肌の色や髪の長さ、顔のパーツ等、全身の細部まで至る所全てはラーミアと完全に一致していたのだが、その恐ろしい表情と佇まいだけは、別人と見紛う程に自身の知るラーミアとは大きくかけ離れていたのだ。

すると驚くべきことに、なんとラーミアの首に、薄ピンク色の花の刻印がスッと浮かび上がってきた。

「おい…うそだろ…?なんだよそれ…?」
エンディは全身から脂汗を噴き出し、呼吸も徐々に荒くなっていた。


エンディの問いかけに対し、ラーミアは澄ました顔で恐ろしい事を口にした。

「ああ…これ?この花はね…"カルミア"っていうの。花言葉は…"裏切り"。」





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