輪廻の風 3-72



最終決戦地である魔界城最上階は異様な静けさに包まれていた。

泰然自若に立ち尽くすヴェルヴァルト大王。

それを真正面から迎え討とうと構えるエンディとカイン。

別の角度には、剣を抜き不遜な面持ちで構えるイヴァンカ。

固唾を飲んで様子を伺っているノヴァ。

長い戦いが遂に終わる。
各々そんな気配を本能で感じ取り、程よい緊張感に包まれていた。

エンディの身体からは、ヴェルヴァルト大王に対して威嚇をする様にヒューヒューと風が放たれていた。

「穏やかな風だな…。余が育った冥界では冷たい死の風しか吹かなかった。」
ヴェルヴァルト大王は、どこか物悲しげな顔で意味深なことを言った。


しかしその直後、すぐさま悍ましい顔つきに変わり、途轍もない速度でエンディとカインに向かって突進した。

「来るぞ!」
「来るぞじゃなくて、来たんだよ!」
エンディとカインはそんなやり取りをしながら、慌ただしく避けた。


ヴェルヴァルト大王は両手から多量の闇の破壊光線を放出し、縦横無尽に放った。


山一つを跡形もなく消し去るほどの恐るべき威力を秘めた光線を、いきなり10発も連射してきたのだ。


「うおおおおお!!」
エンディは雄叫びを上げながら、負けじと10個の巨大竜巻を放出させた。

金色の風を纏った10個の巨大竜巻。

その威力はまさに災害そのものだが、闇の攻撃を迎撃する黄金色に輝くその風は、まさに神秘そのもので、とても災害などには感じないほどに美しい風だった。


10個の巨大竜巻はヴェルヴァルト大王を完全に包囲していた。

そしてヴェルヴァルト大王の放った攻撃と衝突し、激しい地鳴りを起こした。

まるで、大気が悲鳴を上げながら歪んでいる様だった。

ヴェルヴァルト大王は竜巻を掻き消すことに躍起になり、次の攻撃を仕掛けられずにいた。

すると、ヴェルヴァルト大王の足元からボワっと激しい音と共に凄まじい豪炎が発生した。

豪炎は瞬く間にヴェルヴァルト大王の巨体を包み込んだ。

最早、肉眼ではヴェルヴァルト大王を目視できないほどに、深紅の豪炎は燃え盛っていた。


「灰になれ!」

カインがそう叫ぶと同時に、ヴェルヴァルト大王が放った闇の破壊光線は消滅した。

そして、黄金色に輝く10個の巨大竜巻はヴェルヴァルト大王に急接近し、その身を呑み込もうとした。

この大技が直撃すれば、ヴェルヴァルト大王の肉体は立ち所に斬り裂かれることは明白だった。


しかし、ヴェルヴァルト大王は踏ん張ったのだ。

全身から夥しい量の黒い気流を発し、巨大竜巻と豪炎を呆気なくかき消した。

大技をかき消され、さらに傷を負わせることすらできず、エンディとカインは心が折れそうになった。

ヴェルヴァルト大王は再び2人に襲い掛かろうとした。

すると、背後からただならぬ殺気を感じ取り、思わず身震いがしてしまった。


なんと、イヴァンカが後ろから斬りかかってきたのだ。

剣を両手で握りしめ、凄まじい闘気と殺気を放ちながら、ヴェルヴァルト大王の首を斬り落とそうとして剣を振るった。

ヴェルヴァルト大王は大きく身体を動かし、間一髪のところで回避した。

「避けたね、御大。防御もせずに避けたということは、受けたら死ぬということだ。どうやら私の剣は、君の強靭な皮膚を斬るのに申し分なさそうだな。」

イヴァンカは嘲笑の笑みを浮かべながら言った。

「末恐ろしき男だな、イヴァンカ。お前もまた、ここで殺すには余りにも惜しい。」

ヴェルヴァルト大王は楽しそうに言った。

するとイヴァンカは、ヴェルヴァルト大王に向かって青紫色の雷を放った。

雷はヴェルヴァルト大王の肉体に直撃し、まるで青い火柱がビリビリとスパーク音を上げながら空をかけ昇っている様だった。

余りの凄まじさに、近くにいたエンディ達にまで感電死の危険が及んだ。

「おいイヴァンカ!危ねえだろ!」
「てめえ!俺たちごと殺す気だったろ!」
エンディとカインはイヴァンカに文句を言い、あたふたと逃げる様にして雷から遠ざかっていた。

しかしヴェルヴァルト大王は、イヴァンカの雷をその身に受けても尚涼しい顔をしていた。

「フハハハハ!驕るなよイヴァンカ!貴様の雷など、余の肉体に通るわけがあるまい!」

「フッ…そんなはずはない。驕っているのは君の方だよ、御大。」

ヴェルヴァルト大王は、すぐにイヴァンカの言い放った言葉の意味を理解した。

なんと、ヴェルヴァルト大王は感電によって肉体が麻痺してしまい、身動きが取れなくなってしまっていたのだ。


「強靭な皮膚が仇となったね。痛みとは、肉体に危険を知らせる大事な信号だ。それを感じ取る事ができないことは、戦いの中では命取りになる。現に君は肉体が麻痺症状を起こしていることに気がつかなかったからね。これほどの電気を浴びて体に何の異変も生じないなんて有り得ない…君は慢心するあまり、そんなことにも気づけなかった様だね。」


ヴェルヴァルト大王はこの上なく悔しそうな表情を浮かべていた。

「さあ…今度こそ首を頂戴するよ。」

イヴァンカは狂信的な笑みを浮かべながら、ヴェルヴァルト大王に近づいていった。

しかし、イヴァンカが剣を振り下ろし、まさに決着が着こうとした次の瞬間、ヴェルヴァルト大王はパカっと大口を開け、口から闇の破壊光線を放った。

予想外の出来事に、イヴァンカは目を見開いて驚愕していた。

急いで雷を帯びた剣を振るい、ヴェルヴァルト大王の攻撃を相殺しようと試みた。

「私としたことが…油断したね。」
イヴァンカは冷静沈着な面持ちで他人事の様に言った。
開き直っている様にすら見えた。

イヴァンカはヴェルヴァルト大王の攻撃を一瞬だけ止めることは出来たが、長くは保たず、闇の破壊光線に身を呑まれてしまった。


「イヴァンカー!!」
エンディは叫んだ。

闇の破壊光線の攻撃範囲内から、イヴァンカの姿がまるで神隠しに遭ったかの様にパッと消えてしまったからだ。

肉体が跡形もなく消え去ったのか、はたまた回避に成功し身を隠しているのか。

それは誰にも判断ができず、熟考している余裕すらなかった。


「いいだろう…ここまでたどり着いたお前達に敬意を表し!とっておきの褒美をやろう!」

すると、ヴェルヴァルト大王は空高く飛び、右手をバッと勢いよく天に翳した。

すると、右手の掌上に黒いエネルギーがかき集められた。
それはブクブクと、瞬く間に肥大化していった。

気がつけば、直径500メートルを超える巨大な黒い球体が出来上がっていた。

巨大な黒い球体は、核兵器や隕石を遥かに凌駕する破壊力を秘めた膨大なエネルギーの塊だった。

「フフフ…流石にちょっとこれは…笑えないねえ。」
「嘘…だろ…!?こんなもん直撃したら…地球そのもながぶっ壊れちまうだろ…。」
バレンティノとロゼは、絶望的な力を前に恐れ慄いていた。


「史上最強の戦士たちよ!よくぞ我ら魔族をここまで追い詰めた!余はお前達を厄介な強敵と認定した!よって…絶対的な力を以って!英傑に誂え向きな絶望的な死を与える!」

崩壊へのカウントダウンが始まった。
まさに、絶望が形を成してやってきた瞬間だった。

しかし、エンディは凛とした表情で、一切怯んでいなかった。

「絶望?笑わせんなよ。来るなら来い!いくらでも受けて立ってやる!!」
エンディは気高き表情でそう言い放ち、なんと風力を利用して空を飛び、ヴェルヴァルト大王に向かって一直線に突っ込んで行った。

「おいエンディ!何考えてやがる!?」
ノヴァは、エンディの突然の行動に、心底理解に苦しむ様な言い方をした。

どこにも逃げ場のない絶体絶命の窮地といえど、闇雲に突っ込んで行くその行為はまさに自殺に等しかった。

「ラーミア…ラーミアの力でなんとか出来ないの?」ラベスタは小さな声で、藁にもすがる様な気持ちで尋ねた。

「だめ…。あれは質量がおおきすぎて、私の力でもどうにもならない…。」
ラーミアが答えた。
しかしその表情からは、何かを諦めた様な気持ちは一切伝わってこなかった。

エンディの勝利を心から信じ、たとえどの様な結果になろうとも、最期まで見届ける覚悟が決まっていたのだ。

「うおおおおーー!!」

エンディは、全身から金色の風をこれでもかというほどに放出させた。
出し惜しみはせず、今出せる力の全てをヴェルヴァルト大王にぶつけてやろうという、それこそ命を捨てる覚悟で立ち向かっていったのだ。

金色の風は、空を飛ぶエンディを中心に大きな渦と化していた。

まるで、光を帯びた台風が空へと上昇している様な、超常現象の様な光景だった。

「全てを無に帰す!まずはお前からだ!エンディ!」

黒い球体は、ついにエンディに向かって放たれてしまった。

強大な台風の目となったエンディは、臆することなく真っ直ぐ突き進んでいき、巨大な黒い球体と激突した。

急上昇する金色の風と、急速に落下する黒い球体。
2つの力は、ぶつかった瞬間に両方とも動きが止まった。

バリバリバリバリッと凄まじい音を立てながら、2つの巨大なチカラはその場に留まっていたのだ。

その破壊力は、拮抗していた。

この状態があと数分も続けば、天が裂けてしまうのではないかと危惧してしまうほどに凄まじい力の奔流だった。

魔界城周辺は、大地震が発生したかと錯覚してしまうほどに大地は揺れていた。

その衝撃は、まるで余震の様に世界各地へと広がって行った。


「フハハハハッ!今こそ時代が変わる時だ!人類よ!もう充分君臨しただろう!自らを万物の霊長だと信じて疑わず思い上がった貴様らを引き摺り下ろし!魔族の帝国を築く時が訪れたのだ!弱肉強食のこの世界で、食物連鎖の頂点などいくらでも代替わりしてきた!これからは我ら魔族が台頭する時代だ!大人しく滅びろ!自然の摂理に抗うな!」

ヴェルヴァルト大王は更なる力を込めた。

すると、少しずつだがエンディが押され始めてきた。

しかし、それでもエンディは怯むことなく、なぜか両眼を閉じていた。

「なぜ目を閉じている?恐ろしいのか?これからお前が辿る悲惨な行く末でも想像しているのか?余が恐ろしいか!答えろ!エンディ!」
ヴェルヴァルト大王が捲し立てると、エンディは静かに目を開いた。

「今、みんなの声を聞いていたんだ。」
エンディは言った。

その発言の真意は、誰も理解できなかった。

ヴェルヴァルト大王は、エンディの言った言葉に興味を示さず、深掘りする価値すらないと断じていた。

エンディは、世界の人々の想いや声が、まるで木霊のように耳に入ってくる様な不思議な感覚に陥っていたのだ。

エンディは目を瞑っている際、静かに耳を傾け、それらを一身に受け止めているつもりだったのだ。

それは、一時的なテレパシーの様だった。

まず最初に聞こえてきたのは、魔界城一階で魔族の戦闘員達と奮闘している各国の連合軍の戦士達の声だった。

「俺さ、国に女房とガキを残してるんだ。ちゃんと、俺の帰りを待っててくれてるのかな…。」
「きっと待ってるさ。俺も国に嫁を残してる。必ず生きて帰ると約束したんだ。お前のことはよく知らねえけどさ、この戦い…何が何でも絶対に勝とうぜ!」

愛する者の為に、豪傑達は今、死と隣り合わせになりながら戦い続けている。

帰りを待つ母と子は怯えながらも、ただひたすらに愛する者を信じている。

その次に、魔族に蹂躙され悲鳴を上げ続ける世界の人々の声が聞こえてきた。


「長い長い夜が来たんだ。だけど、きっと夜明けはやってくるさ。明日になればいつも通り…東の空から太陽は昇ってくる。」

「早くまた…太陽の光を浴びたいなぁ…。」


「魔族がいなくなりますように…。」
「誰かが魔族をやっつけてくれますように…。」
「きっと誰かが退治してくれる…。」
「恐ろしい悪魔よ…どうかいなくなってください…!」
人々の祈りの声が聞こえた。


次に聞こえてきたのは、大好きな仲間達の声だった。

いつでも、どんな時もエンディを信じ、エンディの勝利を待っているかけがえのない仲間たちの心の叫びが聞こえてきた。

そして最後の最後に聞こえてきたのは、ラーミアの声だった。

ラーミアの優しい笑顔が脳裏に浮かんだ。
ラーミアと初めて出会ったあの日の記憶が、鮮明に蘇ってきた。

「忘れるわけねえじゃねえか。なあトルナド…見てるか?随分と遅くなっちゃったけど…俺、やっと出会えたよ。ずっとずっと忘れてなかったよ。今度こそ約束を守るからさ…安心して眠ってくれよな。」
エンディは爽やかな笑顔で、心に誓った大いなる決意を口にした。

そして打倒ヴェルヴァルト大王を胸に、ワナワナと力を込み上げた。

すると、押され気味だった先ほどとは打って変わり、みるみるうちに形成は逆転してきた。

何と、エンディの漲る力が、徐々に徐々にヴェルヴァルト大王の黒い球体を押し返していったのだ。

これにはヴェルヴァルト大王も内心穏やかではいられず、焦りを感じ始めていた。

「何故だ!何故そこまでして護ろうとする!こんな世界のどこにそんな価値があるというのだ!?人間など誰も彼も、口にこそ出さんが本心では世界の全てに愛想を尽かし惰性で生きているではないか!聞くがエンディ…お前は自分以外の誰かに、人間的魅力を感じたことが一度でもあるのか!?自分以上に他者を思いやる気持ちなど持ち合わせているのか!?お前たち人間はその弱さ故、孤独を埋める為に群れをなしているだけだろう!そんな者たちのために生きる意味などない!魔族になって不老の肉体を手にし!余と共に!何のしがらみも素晴らしき世界を生きようではないか!」

ヴェルヴァルト大王は、腹に響く様な野太い声で言った。
それは初めて口にした、紛れもない自分自身の本心であった。

「魅力しか感じねえなあ…俺の仲間はどいつもこいつも最高だ!俺はこれからもこいつらと一緒に未来を生きる!お前と一緒になんていられるか!命は限りがあるからこそ綺麗なんだよ!限りある時間の中で少しずつ自分にとっての幸せや生きがいを見つける!だからこそ人生はおもしろいんだ!」
エンディは自信満々に、胸を張ってそう言った。


エンディの放つ金色の風は、巨大な黒い球体を少しずつ侵食する様にして広がっていった。

そしてその勢いはどんどん増していき、止まることを知らなかった。


「馬鹿な!!こんなことが…こんなことがあってたまるかぁ!!」
ヴェルヴァルト大王は、自身の攻撃がかき消されつつある現実を受け止めきれず、半ば錯乱状態に陥っていた。

「やっと見つけた俺の幸せ!絶対に壊させない!俺はただ、またみんなで楽しく笑っていたいだけなんだ!だから邪魔するなぁ!」
エンディは歯を食いしばりながら、まだまだ力を上げ続けた。

金色の風はどんどん威力を増していき、遂に黒い球体全体を包み込み、消滅させることに成功した。

そして、最後にはヴェルヴァルト大王を包み込んだ。


ヴェルヴァルト大王は阿鼻叫喚の断末魔をあげながら、強大な金色の風にその身を包まれた。

黄金色に輝く豪風の中のヴェルヴァルト大王の様子や安否は肉眼では確認できなかったが、確信を持っていえることが一つだけあった。

エンディの風の力が、ヴェルヴァルト大王の闇の力を打ち負かしたのだ。


全ての力を出し尽くしたエンディは力尽き、風に舞い散る木の葉の様にゆっくりと地上へと落下してきた。

落下してきたエンディを地上で受け止めたのは、ラーミアだった。

ラーミアは大泣きをしながら、強くエンディを抱きしめた。


「エンディ…良かった…本当に良かった…!」
しかし、歓喜の声を上げるラーミあとは対照的に、エンディは安堵とは程遠い表情をしていた。

「まだだ…まだ…終わってない…!」
疲弊しきって意識を辛うじて保っているエンディは、声を振り絞ってみんなに危険を知らせた。

なんと、ヴェルヴァルト大王はまだ生きていたのだ。

しかしエンディ同様力尽きており、闇の力もほとんど残っていなかった。

「許さん…貴様ら…絶対に許さんぞ!」
ヴェルヴァルト大王はギラギラと血走った眼で、地上目掛けて落下してきた。

エンディには、迎撃する余力は残っていなかった。

すると突如、思いがけない事態が起こった。

何と、どこからともなく炎の球体が発生し、落下してくるヴェルヴァルト大王に向かって一直線に空を昇っていったのだ。

あれは一体何なのだろう。
エンディ達は、その炎の球体を目を凝らして見上げていた。

直径3メートルほどの炎の球体は、その大きさには似つかわしくないほどの火力を秘めており、まるで小さな太陽の様だった。

「…カイン…!?」
エンディは目を疑い震撼した。
なんと、メラメラと燃え盛る炎の球体の内部には、カインがいた。

命の限り戦い死力を尽くしたエンディに代わり、カインは平和な未来を紡ぐべく、エンディから希望のバトンを受け継いで捨て身の攻撃に出たのだ。

「ようヴェルヴァルト…良いもんくれてやるぜ?」


豪炎を纏ったカインが、ヴェルヴァルト大王に直撃した。

ヴェルヴァルト大王は、それを避ける余力も阻止する余力も残っていなかったのだ。


直撃と同時に、ビックバンの様な大爆発が起こった。

闇に覆われた邪悪な空は一瞬、まるで日没前の街を呑み込んでしまうような、鮮やかな夕焼け色に変わった。

この記事が参加している募集

#私の作品紹介

97,942件

#眠れない夜に

69,996件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?