輪廻の風 3-66



ルミエルの放つ聖なる光が治癒以外に退魔の力を宿している事。
天生士屈指の暴れ馬のトルナドが風の力を有している事。
また、この2人が行動を共にしていること。

ルキフェル閣下は、これらの事をヴェルヴァルト大王に報告した。

ヴェルヴァルト大王は、冥花軍及び現段階で1000体ほどいる魔族の戦闘員全名に、トルナドとルミエルの抹殺指令を下した。


ルキフェル閣下を筆頭に、魔族達は血眼になって2人の捜索を始めた。


時刻は夜明け前。

太陽が昇る前に潜伏先を変えようと試みたトルナドとルミエルは、自分達が探されている事などつゆ知らず、呑気に空の旅をしていた。

するとトルナドは、信じ難い光景を目の当たりにし、血の気が引くような思いに駆られた。


なんと、見覚えのある村が魔族の襲撃をうけ、燃えていたのだ。

その村は、トルナドが神牢を脱獄して最初に立ち寄った、あの村だった。

トルナドは背にルミエルを乗せていることを一瞬忘れ、猛スピードで村へと降り立った。


「ぎゃははははっ!死ねー!」
「トルナドとルミエルはどこだぁ!」

魔族達は、逃げ惑う無抵抗の村民達を容赦なく惨殺していた。

若い女、赤子、幼子、年寄り、その村の民は例外なく魔族によって殺されていたのだ。

トルナドは怒りに打ち震えていた。

あの時、自分に親切にしてくれた村の人達が目の前で殺されている。

襲撃に来た自分に対し、なけなしの食糧を分け与えようとしてくれた心優しき村民達が、自分のせいで酷い目に遭っている。

トルナドは生まれて初めて、自分以外のことで本気で怒っていた。

焼かれた家屋と何体もの惨殺死体、炎と血の海に染まった村を、トルナドはプルプルと怒りに打ち震えながらしばらく見ていた。

目の見えないルミエルも、今目の前でどの様な惨劇か起きているのか、手に取るようにわかっていた。

そのため、閉じた両眼からツーと涙を流し、ひどく心を痛めていた。


そんな2人の存在に、魔族達はようやく気がついた。


「いたぞ!トルナドとルミエルだ!」

「ぎゃははははっ!やっぱいるじゃねえか!この村の奴ら、いくら聞いてもてめえらの居場所吐かなかったぜ!?」

7体の魔族の戦闘員はトルナドとルミエルの真上に浮遊していた。

そして、それぞれ両手から黒い破壊光線を撃とうとした。

しかし、彼らが攻撃を放つ直前、彼らは突如発生した小さな竜巻に身を呑まれた。

小さな竜巻に見えたものは、カマイタチの渦だった。

「ぎゃーー!!」
7体の魔族達は断末魔をあげながら身体を斬り裂かれ、絶命した。

トルナドは、この時初めて生物を殺めた。
しかし、些少の罪悪感も湧いていなかった。
それほどまでに、魔族の凶行に怒っていたのだ。


ルミエルは、急いで村人達の治療にあたるべく、破壊された村を慌ただしく走り回っていた。

しかし、生存者は1人もいなかった。

ルミエルは悲しみに打ちひしがれ、両膝をつき、両手で顔を覆って大泣きしていた。

見かねたトルナドは、ルミエルの背中を優しくさすった。

「なんでお前が心を痛めてんだよ。」

「そういう自分だって…怒ってるくせに…!」


2人はこの会話を交わした後、何も言わずに、村の跡地に大きな大きな穴を掘った。

そして村人達の亡骸を、1人ずつ丁寧に、ゆっくり穴へと運んでいった。

無念の表情、怯えきった表情、死顔はそれぞれ違ったものだった。

そして、村人全員の遺体が入ったことを確認すると、2人は土をかぶせ、穴を埋めた。

トルナドは片腕で大岩を抱え、それを墓標代わりに埋立地の上にゆっくりと置いた。

トルナドとルミエルは両手を合わせ、村人達を供養した。

もっと早くこの場所に辿り着いて、魔族達を倒すべきだった。
もっと早くこの場所に辿り着いて、人々の傷を癒すべきだった。

トルナドとルミノアは自身の無力さを呪い、感情を交錯させた。


そうこうしているうちに、いつのまにか日が昇り、朝になった。

荒野を照らす朝日の神々しさに、トルナドは瞳を奪われていた。

「俺知らなかったわ…世界はこんなにも汚れちまってたんだな。全部、魔族のせいなんだな。」

「私は目が見えないから、綺麗とか汚いとかよく分からない…。でもね…人々が傷ついている事と、人々が絶望という真っ暗闇の中を彷徨っていることは、肌で感じ取ってる。みんなの声が聞こえる気がするの…悲しみに満ちた声が…。だから、私ものすごく悲しい…。」

涙声でそう言うルミエルに、トルナドはなんと言葉をかけるべきか分からず、しばらく黙りこくっていた。

そしてしばらく経ち、トルナドはキリッとした表情でスッと立ち上がった。

「決めた。俺、魔族と闘うよ。あいつら全員、俺がぶっ飛ばしてやる。目が見えないなら、綺麗な世界を全身で感じさせてやる。もう2度と、ルミエルが泣かなくても済む様にしてやる。お前の事は、命にかえても護ってみせる!だから心配すんな!」

「本当…?私の事、護ってくれる??」

「俺は嘘はつかねえ。約束だ!だから金輪際、嬉しい時と感動した時以外は泣くんじゃねえぞ?」

「うん…約束!」


トルナドとルミエルは固い契りを交わした。

しかし、現実は非情で残酷だった。
この約束は、2人が生きているこの時代では果たされる事がなかったからだ。

この時2人が交わした契りは時空を超え、5世紀という時を超えて、脈々と引き継がれていくことになったのだった。

それは、今はまだ誰も知らない物語の序章だった。


朝日が昇ってから、2人は三日三晩を共に過ごした。


最初の1日は、2人は花見を楽しんだ。

滅亡した神国ナカタムの跡地の自然はそのほとんどが焼き払われ、大地は枯渇し荒野と化していた。

しかし、焼け果てた山の麓に、奇跡的に小さな湖が生きていたのをトルナドとルミエルは見つけてしまった。

その小さな湖のほとりに、見事な桜の木が一本だけ残っていたのだ。

鮮やかなピンク色の花を咲かせ、風に吹かれた花弁は吹雪の様に舞い散り、実に美しかった。

トルナドは、初めて自然を見て綺麗だと感じた。
綺麗なものを見て綺麗だと感じる心を持ち合わせている自分自身に、トルナドは心底驚いていた。

トルナドは、目の見えないルミエルに、目の前の桜がどれほど美しく、どれほど鮮やかかを一生懸命に力説していた。

全ては、この喜びを独り占めせず、ルミエルと分かち合いたいという一心であった。

来年もまた見に来れたらいいね。
2人は桜の木の下で、そんなことを話しながら将来を語り合った。

桜に見惚れるトルナドを、ルミエルは後ろから抱きついた。

魔族に蹂躙されて世界は泣いていたが、この桜の木の下だけは平和な時が流れていた。

2人はこの瞬間だけは、世の中の情勢を忘れ、穏やかで幸せな時間を謳歌していた。


2日目から、トルナドはいつもの様にルミエルを背に乗せ、魔族のアジトを探し空を飛び回っていた。

アジトは一向に見つからなかったが、一度だけ魔族の襲撃に遭った。

2人に襲いかかった13体の魔族は、トルナドに呆気なく一蹴された。

そのうちの一体は、神国ナカタムの元神隊だった男だった。

その男は、粗相をして神牢に投獄されたトルナドの見張り役、謂わば看守のような役割を担った経験があったため、トルナドと面識があったのだ。

彼は、命惜しさに魔族側に寝返ったのだ。
神国ナカタムの元戦士は、魔族に殺されるか、服従するかの二者択一を迫られていた。

実際、彼のように魔族側に寝返る者は殆どおらず、過半数以上は既に殺されてしまっていた。

男はトルナドに命乞いをした。

情けをかけたトルナドは、彼を見逃してやろうとその場を立ち去ろうとした。

すると、その男はトルナドが背を向けた途端手のひらを返し、トルナドとルミエルを殺そうとした。

しかし、男はトルナドにたどり着く前に、地面から発生したカマイタチの渦に呑まれ絶命した。

面識のあった男を殺した此度の戦いは、トルナドにとっては苦い記憶となった。


3日目の朝、トルナドとルミエルは、3人の豪傑と遭遇した。

その3人は炎、雷、氷の天生士だった。

ルミエルは、3人との再会を喜んでいた。

初めてトルナドを見た3人は、非常に感慨深そうな顔をしていた。

「お前さんがトルナドかぁ…会いたかったぜ。噂通りやんちゃそうだなぁ。」

「ユラノスのおやっさんはな、風の力を特に気に入ってたんだど。あん人が風の力をオメェに託したその意味を、しっかり考えておくんだど。」

「ユラノス様の仇は必ずとる。トルナド君、時が来たら、君も一緒に戦おう。」

3人の天生士曰く、直に魔族の始祖が降臨し、世界を黒く染めるらしい。

そして、その時こそが決戦の合図だと言った。


ヴェルヴァルト大王が現れ、世界の空が闇に覆われた時、天生士は一堂に会して魔族を一網打尽にし、ヴェルヴァルト大王を討つ。

それが、彼らの算段だった。

「ワッハッハー!魔族がどうとかユラノスがどうとか仇とか…そんなの関係ねえよ!俺はただ連中が気に食わねえからぶっ殺すだけだ!おいオッサンども!俺の邪魔しやがったらてめえらも殺すからな!」
トルナドは強い口調で言った。

3人の天生士は、威勢の良いトルナドを頼もしく思い笑っていた。

そして彼らは「じゃあ、またな!決戦の時まで!」と言い残し、その場を後にした。



そして4日目の真昼、遂に決戦の時が訪れた。

ヴェルヴァルト大王が、上空にその姿を現したのだ。










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