輪廻の風 3-70
「うおおおーーー!!」
エンディは金色の風を纏った拳で、ヴェルヴァルト大王の腹部を力一杯殴った。
ダイヤモンドを遥かに凌駕する硬度を誇るヴェルヴァルト大王の皮膚にも、その攻撃は効いていた。
ヴェルヴァルト大王は仕返しをするように、闇の力を纏った拳でエンディに殴りかかった。
しかし、エンディは華麗な身のこなしで悠々とそれを躱し、2撃目の蹴り技を炸裂させた。
金色の風を纏った脚で顎を蹴り上げられたヴェルヴァルト大王は、一瞬脳がグラッと揺れた。
風の力と闇の力で宙に浮遊する両者の戦いは空中戦へと発展し、激しさを増していた。
「認めよう。エンディ、お前は強い。余に忠誠を誓えば、更なる力を手に出来るというのに…ここで殺すのは実に惜しい!」
ヴェルヴァルト大王は嘆かわしそうに言った。
「誰がお前なんかに!」
エンディは頑なに拒んだ。
すると激闘の場に、鳥化したマルジェラが現れた。
「空中戦なら俺の土俵だ。悪いがエンディ、助太刀させてもらうぞ?」
「別に構いませんよ!一騎討ちにこだわるつもりはありませんから!」
エンディの言葉を頼もしく感じたマルジェラは、嬉しそうに微笑んだ。
「隔世憑依 天の守護師(シュッツハイリガ)」
マルジェラは隔世憑依の言霊を唱えた。
するとマルジェラの身体は、大きな鳥の姿からスタイリッシュな人獣型へと変貌を遂げた。
若干青みを帯びた白色の羽毛を全身に纏い、二足歩行でありながら両手足には鉤爪、更に背には両翼。
「マルジェラさん…なんすかその姿!すげえ!」
息を呑むような神秘的なその姿に、エンディは思わず瞳を奪われてしまった。
マルジェラの両翼からは、短刀と見紛うほどの鋭利な羽根が、まるで無尽蔵の弾丸の如く放たれた。
通常時の鳥化した状態でのこの攻撃の連射弾数は2000だったが、隔世憑依の形態となった現在の連射弾数は1万にも及んだ。
更に、威力も速度も平時とは段違いに増していた。
マルジェラは、ヴェルヴァルト大王に対して何の温情も持っていなかったため、遠慮なく刃の雨をお見舞いした。
しかし、これほどの攻撃を以てしても、ヴェルヴァルト大王は些少の痛みを感じるだけで、その強靭な皮膚には傷をつけることが出来なかった。
それでもマルジェラは両翼を羽ばたかせ、刃の雨を浴びせ続けた。
「フハハハハ!素晴らしい余興だ!マルジェラ、お前も中々強いな!だが届かない!」
ヴェルヴァルト大王は刃の雨を浴びながら、余裕の表情で大口を開けて笑っていた。
「お前の硬さは織り込み済みだ。だが…ノーダメージなんてことはあり得ない。どんなに硬い物質でも、衝撃を与え続ければいつか必ず崩壊する!」
マルジェラはめげずに攻撃を放ち続けていた。
すると、地上にいるカイン、アベル、モスキーノが動き始めた。
3名は上空でマルジェラの攻撃を受け続けるヴェルヴァルト大王に追い討ちをかけて撃墜すべく、それぞれ攻撃を仕掛けた。
カインは豪炎の火柱を。
アベルは大津波の様な威力をもつ水柱を。
モスキーノは大気中の空気を冷却させて創出した無尽蔵の氷の刃を。
4名の天生士から一方的な集中砲火を浴びせられても尚、ヴェルヴァルト大王はびくともせずに笑っていた。
「気張れよお前ら!マルジェラの言う通り、あいつの皮膚がいくら硬かろうが、時間をかければ必ず壊せる!」
「兄さん、偉そうに命令しないでよ。」
カインとアベルは、こんな時に今にも兄弟喧嘩が勃発してしまいそうになっていた。
攻撃を受け続けるヴェルヴァルト大王は、自身の肉体の異変を察知した。
どんな攻撃も通さない最強硬度の皮膚に痛みを感じ、しかもそれは徐々に、確実に増していた。
このまま受け続ければ大きなダメージを負いかねない。
そうなったら、以前のように超速再生は出来ない。
ヴェルヴァルト大王は焦燥感から、全身から勢いよく闇の蒸気のようなものを放出させた。
それらはカイン達の攻撃を呆気なくかき消し、ヴェルヴァルト大王の肉体を防御する難攻不落のバリアの様な役割を果たしていた。
そこですかさず、ラーミアが一筋の光の矢を上空に向けて放った。
光の矢は一直線にヴェルヴァルト大王に向かっていき、直撃した。
すると、ヴェルヴァルト大王の巨体を覆っていた闇のバリアは、小さな光の矢のたったの一撃を受けただけで、脆くも消滅した。
否、脆いのではない。
闇のバリアは、絶対防御という言葉が相応しいほどの力を秘めていた。
そう、ラーミアの対魔の力があまりにも絶大な効果を発揮しすぎていたのだ。
その威力をとくと味わったヴェルヴァルト大王は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら呆気にとられていた。
エンディはその一瞬の隙をつき、ヴェルヴァルト大王の顔面に風の力を纏ったパンチを炸裂させた。
ヴェルヴァルト大王は白目を剥きながら激痛を感じ、そのまま地上へと落下していった。
すると今度は、地上から無数の木が勢いよく生えてきた。
アズバールが攻撃を仕掛けたのだ。
無数の木はヴェルヴァルト大王に巻きつき、その巨体を瞬く間に拘束した。
ヴェルヴァルト大王は勢いよく地面に叩きつけられたが、まだ攻撃は終わらなかった。
ヴェルヴァルト大王が叩きつけられた地面の周囲から、30本にも及ぶ大木が勢いよく生えてきた。
大木はそれぞれ先端を尖らせ、夥しい数に枝分かれした。
伸縮自在の木のツルは、しなやかな鞭のような動きをし、ヴェルヴァルト大王を容赦なく殴打した。
また、尖った先端で、何度も何度もその巨体を突き刺した。
「ククク…さっさと死ねよバケモンが!」
アズバールは瞳孔を開き、狂気じみた笑顔を浮かべながら高揚していた。
ヴェルヴァルト大王は攻撃を受けるばかりで、一切抵抗をしなかった。
やはり、これでもまだその肉体に傷をつけることは叶わなかったのだ。
「やれやれ…騒がしいな。もっとスマートに出来ないのか。」
イヴァンカは剣も抜かず、依然として静観していた。
追い討ちはまだまだ終わらなかった。
隔世憑依の形態に入り体長10メートルにまで巨大化したエラルドとノヴァが、ここぞとばかりに馳せ参じ、地面に叩きつけられたヴェルヴァルト大王の巨体を袋叩きにした。
憤怒の聖獣と化したノヴァの鉤爪と、全身をダイヤモンドに硬化したエラルドの拳。
両名の追い討ちは凄まじく、魔界城最上階の大地は大きく割れ、地鳴りを起こしていた。
「くたばれ!怪物野郎!」
「オラオラ!立てよ!大王さんよぉ!」
2人は、まるで太鼓を叩いているかの様に何度も何度も殴打していた。
それでも、ヴェルヴァルト大王の肉体に確固たるダメージを負わせることは出来なかった。
「フハハハハ!片腹痛いわ!」
ヴェルヴァルト大王は楽しそうに笑いながら身体に纏わりついた木のツルを闘気のみで滅却し、唐突に立ち上がった。
ノヴァとエラルドは危険を察知し、後退して距離をとって、注意深く様子を伺っていた。
「そろそろ暴れようか。さて…果たして何人生き残れるかな?」
ヴェルヴァルト大王は、身も凍りつく様な不敵な笑みを浮かべながら言った。
そして、全身からまるで沸々と煮えたぎるマグマの様な黒い力を放出させた。
エンディは嫌な予感がし、ゾクッとした。
そんなヴェルヴァルト大王に、アベルは不用心にも攻撃を仕掛けてしまった。
それも、とっておきの攻撃をだ。
「隔世憑依 神の落涙(ダクリュオンヒュエトス)」
アベルは隔世憑依の言霊を唱えた。
アベルの肉体は突如、透明人間の様に無色となり、身体そのものが水と化してしまったのだ。
そのため、無色透明といえど液体として肉眼で確認することは可能だった。
水となったアベルの肉体は風船の様に膨張し、直径50メートルほどにまで一気に膨れ上がり、巨大な水の塊となった。
水の塊は、まるで水で出来た牢獄の様に、ヴェルヴァルト大王の肉体を包み込んだ。
「これで終わりだ!ヴェルヴァルト!」
どこからともなく、アベルの声が鳴り響いた。
すると、巨大な水の牢獄の中に激しい衝撃が走った。
まるで、水の中で大地震が起きている様だった。
その衝撃は、内部に閉じ込められたヴェルヴァルト大王の肉体の水分に与えたものだった。
ヴェルヴァルト大王は全身に激痛が走り、水の牢の中で泡を吹いて白目をむいていた。
すると今度は、巨大な水の牢は一気に縮み、ヴェルヴァルト大王の全身に水圧を与えた。
巨大な水の牢に閉じ込めた者の肉体の水分に衝撃を与えて肉体を内部から破壊した後、その者の肉体を中心に水の牢を一気に縮ませ水圧により圧死させる。
アベルの隔世憑依は、神の落涙とは名ばかりの恐ろしく残酷なものだった。
縮んだ水の塊は、ヴェルヴァルト大王の巨体のサイズにまで縮んでいた。
アベルは水圧を与え続け、ヴェルヴァルト大王の肉体そのものを滅してしまおうとしたのだ。
しかし、ヴェルヴァルト大王の身体は一向に潰れなかった。
悔しくなったアベルが更なる力を与えようとしたその時、ヴェルヴァルト大王は全身から禍々しい闇の力を放出させた。
それは、まるでブラックホールが出現し、全てを呑み込もうとしているかと見紛うほどの恐ろしい光景だった。
水は消滅し、アベルは通常の人型に戻ってしまった。
ヴェルヴァルト大王はアベルの頭を、まるで豆の様に掴んだ。
「小僧が…今のは中々痛かったぞ!まずはお前だ!」
ヴェルヴァルト大王は掌から衝撃波を出した。
爆撃機の様な衝撃波をその身に受けたアベルの身体は、みぞおちから下が綺麗に消滅してしまった。
肉体の大部分が欠損したアベルは力尽き、地に背をつけた。
弟の変わり果てた姿を見たカインは全身の血の気がひき、青ざめた表情で立ち尽くしていた。
「アベルーー!!」
エンディは叫んだ。
そしてその直後、怒りに身を任せ一心不乱にヴェルヴァルト大王に殴りかかった。
「よくもアベルを…許さねえぞ!!」
金色の風を纏った拳で繰り出したパンチを、ヴェルヴァル大王は闇を纏った拳で弾き返した。
エンディは宙を舞いながら、勢いよく吹き飛ばされてしまった。
「次はお前だ…エンディ!」
ヴェルヴァルト大王は鬼気迫る表情で、エンディに向かって闇の破壊光線を放った。
それは、エンディの眼前に広がる空間の全てを黒く塗りつぶし、支配している様な質量だった。
エンディはすぐに体勢を整え、金色の風を放って対抗しようと試みた。
しかし、判断が遅れたことと、闇の破壊光線の想定外の威力が起因し、エンディはヴェルヴァルト大王の攻撃を相殺し切ることが出来なかった。
闇の破壊光線の威力を半減させることには成功したが、金色の風は呆気なく掻き消され、闇の余波が容赦なくエンディに迫った。
ラーミアは先ほどと同様に光の矢を放とうとしたが、それもまた判断が遅すぎた。
エンディは、とても避け切ることが出来ないと悟った。
どうしようもないほどに手の施しようがなく、まさに絶体絶命の大ピンチに陥った。
すると、誰も予想だにしなかった信じられない出来事が起きた。
なんとエンディの前に、何の前触れもなくアズバールが現れたのだ。
アズバールはエンディに背を向け、身を挺してエンディを庇ったのだ。
最期の抵抗と言うべきか、アズバールは迫り来る闇の破壊光線に向かって、現在自分が出来得る限りの全ての力を出し切り、ウジャウジャとした蛇の大群のような夥しい量の木々を放った。
しかし闇の破壊光線は、その全ての木々ごとアズバールの身体を呑み込んだ。
アズバールは全身が酷く爛れ、右胸と右脇腹を抉り取られてしまった。
力尽きたアズバールは緩やかに倒れ、地に背をつけた。
エンディは、なぜあのアズバールが自分を助けてくれたのか理解できず、頭が真っ白になってしまっていた。
アベルとアズバール。
2名の天生士が早くも脱落した。