ラジオ体操をやりました。

 小学生6年生の夏休み、ラジオ体操に因縁があった。自宅に近い神社で夏休みの最初と最後の1週間みんなでラジオ体操をしていたが小学6年生で神社が近いということでラジオさんに抜擢された。ラジオさんとはラジオを持ってくる人のことでそれと別に、子どもたちのスタンプカードにハンコを押すのも任される立場であった。面倒に思われるかもしれないが、それが誇らしかった。
 そもそもせっかくの夏休みなのに早起きさせられラジオ体操をすること自体を不毛に思っている人も少なくない中、その上荷物を持たされハンコも押さないといけないとなると当時の小学生には労働量が多すぎたのだろう。
 夏休み初日、ラジオ体操の1日目。なんとか6時30分に起きてラジオと母親が用意してくれたシャチハタを持って神社へ向かう。広場に到着すると低学年たちがセミの抜け殻集めに興じていて、その保護者の方であったり、何年も前から見た目の変わらない近所に住む老人たちが集まっていた。懐かしさと混ざりたさを感じつつ、おもむろにラジオの電源を入れた。まだニュースが放送されていた。そして6時45分、ラジオ体操が始まった。
 特に示し合わせたでもなく例の楽曲が流れたら子どもたちは合唱をしていた。その中の1人でもあった。ラジオさんは低学年たちの前でお手本となるべく前でラジオ体操をしなければならないのである。体育の先生の気持ちが少し分かった。
 特にトラブルもなく体操を終え、スタンプカードを持った子どもたちが自分の前に列を作る。今日の日付のところに捺印を済ませ、皆朝ご飯を食べに帰るので解散となる。
 午前7時5分、泥のように眠った。目が覚めたのは10時前だった。アニメの再放送を見て昼ごはんを食べて午後は遊びに行く。最高の夏休みの始まりだった。
 時刻は21時を回った頃、違和感を覚えた。夕飯も食べた。風呂も入った。しかし眠くないのである。午前中の絶妙な昼寝のせいだ。結局この日は23時まで起きた。
 翌日、子どもにしては短い睡眠時間を経てまたラジオを持って神社へ向かった。眠い。眠すぎるのだ。結局体操後に12時まで眠った。そして夜は24時まで眠れなかった。この生活習慣は小学生の時分にはあまりにも辛かった。
 夏休み前半最後のラジオ体操の日、満身創痍でラジオを担いで神社へ向かった。眠い。今日で最後という開放感ととともに13時まで昼寝をした。たった1週間で生活習慣は崩壊した。今までなら寝坊でラジオ体操をすっぽかすことがあったが今年はそういうわけにもいかないという責任感の元、生活習慣を削ってラジオ体操への参加となってしまったのだ。
 お盆休みで名前も知らない従兄弟に挨拶をし、顔も知らない先祖に線香を上げ、夏休み最後の1週間が始まった。ラジオ体操が始まったのである。
 また、ラジオを担ぎ神社へ向かう。最初の1週間と比べると肌が小麦色になった人が多く、夏の終わりを感じた。しかし破壊された生活習慣そのままに夏休みを過ごしたため、6時45分というのはあまりにも早朝であった。
 絶望の後半戦が始まり、折り返しとなる3日目に事件が起きた。雨だ。しかも豪雨というわけではなく、霧雨が続くような状態であった。何か目標を持って屋外で活動するには支障が無いレベルであった。ラジオさんでなければ確実に二度寝をしていたであろう。ラジオさんでなければここで生活習慣は治ったであろう。しかしラジオさんは自分だった。母は止めた。しかし行くしかない。
 雨の中ラジオを担いで神社に向かい、約束の6時45分になった。神社にいたのは自分といつものおじさんと神社の隣に住む児童の3人であった。せっかく集まったので3人で体操をした。この水曜日のスタンプは自分ともう1人の少年のスタンプカードにしか押されなかった。いつものおじさんにもスタンプを押してあげたくなった。
 いつものおじさんに多大なる感謝をされ、褒められ、ほとんど面識のなかった児童と2人でにこやかに帰ろうかという頃本降りになった。ラジオのせいで帰れないと悩んでいたらおじさんがいつのかわからないビニール袋ポケットから取り出し、くれた。少々気味が悪かったが背に腹はかえられぬと思いビニール袋でラジオを覆い持ち帰った。
 帰宅後シャワーを浴び、眠った。また正午を回っていた。結果として夏休みが終わるまで生活習慣は破壊されたままで、ラジオ体操を通して得たものは毎朝の健康的な生活とは縁の遠い、子どもとしては初めての夜ふかしの毎日であったが、たった3人でやったラジオ体操が妙に特別な体験のように思え、今でも大切な思い出として心に残っている。また、ラジオさんとしてラジオを持つ責任があれば、例年なら休みがちなラジオ体操もやり切れるのかという自信にもなった。
 この経験から、苦手なことであっても任されることがあれば最後までやり切る責任感とそれを遂行するために精進する力がある人間であるとわかりました。
 「では、結果は追って連絡させていただきますね。失礼します。」
 「かしこまりました。何卒よろしくお願い致します。」
 後日、活躍と健勝を祈るメールが来た。どうやら履歴書には不採用のスタンプが押されてしまったようだ。

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