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実地指導の”危機感”が伝わらない理由

実地指導は、介護保険制度のもとでビジネスを展開している介護事業所において、自らの職場体制のあり方を問われる重要なイベントである。

イベントというと何だか気楽な話に思われた方もいるかもしれない。しかし、実地指導を経験したことのある人、経営者管理職といった立場ある人たちからするとちっともお気楽な話ではないだろう。

・・・そう、このように実地指導というワードを提示したとき、介護業界で働いているからと言って、全ての介護職員が危機感を持つかと言えば、決してそんなことはないのだ。

ここでいくら上層部が「実地指導によっては大変な事態になるから、法令遵守に基づいて整備しましょう!」と言ったところで、ほとんどの介護職員は我関せずという反応をする。中には「何か大変な話なんだ」と思うものの、いまいち何をどう意識して行動すればいいのか分からない人も少なくない。

なぜ、このように実地指導という神経質になっても良いテーマに対して、介護職員の多くが危機感を持てないのだろうか? 
実地指導は事業所の今後を左右する話なのに、それを理解してもらわないと整備の進行に大きく影響すると伝えたいのに、この危機感が伝わらないのはどうしてだろう?

結論から言えば、多くの介護職員に実地指導の危機感が伝わらないのは、単純に「立場が違うから認識が異なる」だけの話である。

まず、実地指導に対しての、立場ごとの危機感・緊迫感の度合いを比較すると、次のようなイメージとなる。

経営者 > 管理者・施設長 > 現場リーダー > 一般職員

なぜ経営者の危機感・緊迫感が一番高いのかと言うと、それは現場視点では語ることができない「売上」というお金にかかる話があるからだ。

各地域の市町村のホームページなどでは実地指導の指導点を閲覧できるが、ごく稀に事業体制の不備による「介護報酬の返還」という罰則がある。
これは現場職員が頑張って介護サービスを提供したのに、その対価として得た介護報酬という売上・お金を国へ返さなくてはいけないという事態だ。

・・・と、実地指導により「介護報酬の返還」というリスクから法令遵守の大切さを介護職員に伝えても、残念ながらピンとくる人は少ない。

「お金のあれこれは経営者や会社の考えることでしょ?」と考えるのは、介護業界に限らず一般職員ならば普通の思考だ。何なら、管理者や施設長といった役職ある立場であっても同様の反応をすることもある。
その場では理解したように見えても、実際の体制状況を確認すると運営基準に目を通さずにトンチンカンな整備をしていることもある。そのような状態で現場リーダーや一般職員にも法令遵守やら売上管理やらと力説ところで、馬の耳に念仏になるのは仕方ないだろう。

誤解のないようお伝えすると、何も現場の介護職員を馬鹿にしているわけではない。「立場が違うと認識が異なる」のは普通の話だと言いたいのだ。
逆の視点から見れば、一般職員が現場の大変さを経営陣に伝えたとしても、その訴えが正確に理解されないということも同じ理由だ。

特に介護職員は売上管理を体験する機会がないので、余計に売上というワードにピンとこないだろう。もちろん、利用者から利用料を受け取る機会があるかもしれないが、それも売り上げ全体からすると一部の話。まして介護報酬となると大きな金額であるため、それが返還となるという状況を身体の芯に落とし込むというのは困難だと思う。

とは言っても、ここで特に介護事業所を経営されている皆さんは「管理職も含めた介護職員へは実地指導の重要性を伝える無理なのか・・・」と脱力しないでいただきたい。

介護報酬の返還でもピンとこなくても、それ以上の罰則である「事業停止」「事業廃止」もあるということを伝えてはどうか? ここまで行けば少しは自分ごとと受け止めていただけるかもしれない。
「事業停止」ならば給料はまだ何とかなると甘く捉える人でも、「事業廃止」となれば「仕事がなくなってしまう!!」「明日からどう生計を立てればいいの!?」と認識できるはずだ。
もちろん、ここまでの事態は余程のこと。悪質中の悪質な体制だったと明確になったことで、どんなに介護の担い手が少ないといっても、それを社会的に放置するわけにはいかないと判断があってのことだ。経営状況や人手不足といった話とは意味あいが異なると思って良い。

さて、ここまで読まれた方の中には「それなりに介護業界で働いている人ならば、運営に対しての意識は高いのでは?」と思われるかもしれない。確かに現場に長くいることで生まれる運営視点があっても良いはずだ。
しかし、この疑問に対してあくまで個人的な考えをお伝えすると、どんなに介護現場でのキャリアや勤続年数があっても、それが運営視点につながるかと言えば「あまり関係ない」と思っている。それは介護福祉士や介護支援専門員といったハイレベルな資格を有していたとしても同様である。

何もキャリアや長い現場経験、資格の有無は無駄であり、運営に活用できるものはないと言いたいわけではない。
上記でもお伝えしたように、立場によって見る視点は異なるという話であり、経営サイド及び管理者が適切な職場体制の方針を定め、それを日常で体現・構築するのは現場で働く介護職員たちであり、それぞれ役割があってこそ全体が成立するということを忘れてはいけない。

今回は経営サイドから実地指導を捉えてみたが、それは現場の介護職員へは実地指導の危機感は伝わらないという意味ではなく、事業所の整備を進めるには立場による認識の違いをまずは理解したほうが良いと言いたい。

「分かってもらえない!」と嘆く気持ちは分かるが、私は現場視点と運営視点が完全に分かり合えるということはないと思っている。それは諦めや投げ出しではなく、むしろ各員の役割を尊重したうえで「ここまでは分かってもらればいい」「徐々に理解を広めよう」という長期的な教育と捉えることっもできるようになる。

とは言え、私もついつい(特に現場の管理者へは)法令遵守や実地指導への意識を向けるように語気を荒げてしまうこともある。精神鍛錬という意味でも今後も精進していきたい。

ここまで読んでいただき、感謝。
途中で読むのをやめた方へも、感謝。

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