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【人物備忘録】盲目のスンドゥブ女子

あれは恵比寿のスンドゥブ屋で働いていた頃。

彼女は盲目だった。
そして常連だった。

店の外から彼女はゆっくり歩いてくる。
杖をついてやってくる。

どこでどういう経緯でこの店を知ったのかは分からない。
何で盲目なのに熱された石鍋を使うスンドゥブ屋に来るのかもわからない。

でも彼女は定期的にやってきた。

まずは自動ドアを開けて出迎える。
そして彼女の手を取って挨拶をする。
入り口の段差に気をつけながら席までご案内する。

点字のメニューもないのに小慣れた様子で注文をする。

熱々になった石鍋を触らないように器用に豆腐を割って、上手に口に運ぶ。

当初は物珍しさでずっと眺めていたのを憶えている。今考えれば失礼だったかな。

それにしても綺麗に食べるのである。
目が見えている俺より段違いに上手だった。

確かにピークタイムに来店された時はイライラもした。
彼女に割く接客機会は他のお客様より多くなってしまう。よって店の流れがグダグダになってしまうのだ。

しかしお客様はお客様。無碍に扱う事はできない。

彼女は彼女で耳から入る情報だけで何となく忙しさを察するのだろう。

「忙しいのにごめんなさい。また来て良いですか?」

「もちろんです!いつでもお待ちしております!」

「おいしかったです。」

「ありがとうございました!」

彼女は少しバツが悪そうに微笑んで夜の街に消えていく。

俺は少し罪悪感を胸に抱きながら頭を下げる。
接客って難しいなあなんて思いながら店に戻る。

真の平等ってなんだ、バリアフリーってなんだ。
だなんて深く考える余裕もなく、またいそいそと業務に戻るのである。

今も上手に豆腐を食べているのだろうか。

おしまい

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