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あぁ、転勤/その1

働く人たちのワークライフバランスに大きな影響を与える転勤について、見直しの議論が活発になってきました。
転勤について、それぞれが独自の角度から論じた5本の記事を、2回にわたって紹介していきます。第1回の今回は、木の葉 雫 さん、藤本 正雄 さん、溝延 祐樹 さんの記事です。
以下、煩雑さを避けるため、敬語を用いずに記述することをお許しください。

1.家族を分断するシステム/木の葉 雫さん

”家族を分断するシステム”という表現は、後で紹介する藤本正雄さんの記事から借りました。


木の葉 さんは、初めての妊娠がわかって間もなくに、夫の転勤の内示に直面します。

知り合いもいない不案内な土地に、短期間わざわざ引っ越し、初めての乳児育児の状況でインフラの整備を一から始めるのは、気が重い。
仕事が好きだった私は、休職ブランクは長すぎない方が良かったので、育休中は育児と共に、自宅にて復職の準備を行いたかった。〔抜粋〕

という理由で夫の単身赴任を選択した木の葉さんを待っていたのは、正真正銘ひとりぼっちの「ワンオペ育児」に悪戦苦闘する日々でした。

無事に出産し、少なくとも平日は、私と長女の2人だけの生活が始まった。
朝は天使も、夕刻には小悪魔、真夜中は大悪魔と化す産まれたての小娘に翻弄され、私はすっかり疲弊してしまった。
そして、一緒に嬉しさ、楽しさ、大変さを分かち合いたい夫は隣にいない。復職後の熱発による呼び出し対応、病児対応全て1人で行わなければならなかった。といっても、当時は夫がいても、妻のみが対応しているというのは良く聞く話だったが。〔抜粋。太字は原文のママ〕

木の葉さんは、記事を次のように締めくくっています。

「転勤の必要性」を理解しつつも、自身のワークライフバランスを天秤にかけると悩ましい。
とはいえ、私はこれまで配慮されてきている可能性もある。それはそれで、周囲がどんどん異動する中での取り残され感があったりする。「贅沢言うんじゃないよ。」と言われそうだが、複雑な思いである。
〔引用。太字は、原文のママ〕


2.終身雇用の対価/藤本 正雄 さん

藤本さんは、木の葉さんが直面した問題を、次のように説明しています。

妻もキャリアづくりに注力し始めた90年代以降、(夫の転勤への妻の)帯同によるキャリア中断を前提とするあり方では、「女性活躍と言いながらそれをさせないシステム」と言えるでしょう。もしくは「単身赴任により家族を分断させるシステム」のほうを選ぶかです。〔抜粋。太字部は、楠瀬が太字化〕

一方で、藤本さんは、転勤が企業から終身雇用の保障への対価だったことを、次の新聞記事を引用して指摘しています。

転勤は終身雇用制度と表裏一体でもある。会社都合で転勤辞令を受ける半面、安定した雇用が約束されてきた。こうした関係を象徴するのが1986年の東亜ペイント(現トウペ)訴訟の最高裁判決だ。転勤命令に従わず解雇された元社員の男性に対し、最高裁は単身赴任などの家庭生活への影響を「通常甘受すべき程度のもの」と結論付けた。〔引用の引用。太字部は、楠瀬が太字化〕

藤本さんは、転勤の個人生活へのマイナスの影響が「通常感受すべきもの」と判断される要因を次のように説明しています。

「単身赴任などの家庭生活への影響が通常甘受すべき程度のもの」と言える大きな要因は、「会社について行けば生涯雇ってくれ、その会社自体もつぶれることが少なく、生涯安泰」というメリットがあることです。〔引用。太字は、原文のママ〕

その上で、終身雇用を保証することを止める企業の場合は、転勤というシステムを見直すべきであると指摘しています。

このメリット(楠瀬補足:終身雇用の保証)からの決別を公言しているような会社の場合、転勤というシステムを今後も維持するのが妥当なのかは、大いに検討するべきことだと思います。〔引用。楠瀬が補足〕


3.企業の解雇権を縛るシステム/溝延 祐樹 さん

溝延さんは、日本の裁判所が、新卒一括採用・年功序列・終身雇用という「メンバーシップ型雇用」が一般的な労働慣行であり続けてきたことを背景に、日本の裁判所が企業の解雇権に対して抑制的な判決を重ねたきたことを説明しています。そして、そのような判例の積み重ねによって、企業は「事実上の配転命令義務・職種変更命令義務」(溝延さんの表現)を課されていると指摘しています。

「メンバーシップ型雇用」を前提とする日本において、労働者には特定の配属先は定められていません。使用者には広い裁量に基づき労働者を配転する権利があります。
結果、使用者は、整理解雇を行う際の解雇努力として事実上の配転義務を課せられることになります。

転勤は配転の一種です。したがって、裁判所の観点からすると、転勤には企業の解雇権を抑制する機能があるのです。

※ 以上3つの記事から分かること


以上、木の葉さん、藤本さん、溝延さんの記事を読んできて分かるのは、転勤というシステムが新卒一括採用・年功序列・終身雇用という「メンバーシップ型雇用」と分かちがたく結びついていることです。

「メンバーシップ型雇用」と転勤のセットは、かつて標準世帯と呼ばれた「世帯主である夫+専業主婦の妻+子ども2人」と非常によくマッチしていて、両者がクルマの両輪のようにして日本経済の高度成長を支えてきたことが見て取れると思います。現在、「メンバーシップ型雇用」と「標準世帯」の崩壊が同時進行しつるあるのは、決して偶然ではないのです。


次回は、転勤を事業に対するプラス・マイナスという視点で検討した藤本 正雄 さんの2本の記事を紹介します。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

『あぁ、転勤/その1』おわり


次回はこちらです:







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