新刊無料公開『新しいカレーの歴史 上』 その4 イギリスにおけるインド産カレー粉の普及と国産化
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『新しいカレーの歴史 上』冒頭部分無料公開 その4です。
4.イギリスにおけるインド産カレー粉の普及と国産化
このようにカレー粉とは、アングロインディアンたちがインドにおいて生み出したものであり、イギリス本土において最初に普及したカレー粉は、インドから輸入されたものだった。
Sejal Sukhadwala『THE PHILOSOPHY OF CURRY』によると、当初インドから輸入されていたカレー粉は、やがて各々の家庭でスパイスを調合して作られるようになり、その後にC&Bのような国産メーカーが現れたということだ。
Sukhadwalaは1850年代にイギリスの家庭でカレー粉が調合されるようになったと考えているが、実際にはその時期はもっと早かったと思われる。
筆者が所有している料理書では、1795年のSarah Martin『THE NEW EXPERIENCED ENGLISH-HOUSEKEEPER』においてカレー粉調合レシピが登場している(Martin 1795:35)。
有名な料理書としては、1817年に出版され版数を重ねた、19世紀の代表的な料理書William Kitchiner『THE COOK'S ORACLE』にカレー粉の調合レシピが記載されている(No.454 Curry PowderとNo.455 Cheap Curry Powder)(注 『THE COOK'S ORACLE』にはページの表記がないのでレシピの連番で引用)。
日本においても最近は、カレー粉や固形ルーなどの既存のスパイスミックス製品に飽き足らずに、自らスパイスを混合して「スパイスカレー」を作る人が増えている。また、そういった人向けに、従来はハードルが高かったカルダモンなどの各種スパイスの入手が、比較的容易になってきている。
同じような状況が、イギリスでは1800年前後に訪れた。輸入カレー粉の時代から、自らスパイスを混合してカレーを作る段階に達したのである。カレーが普及し、カレー粉だけでなくスパイスを単体で売る店が増えてきたからだろう。
さて、1830年の『THE COOK'S ORACLE』New York発行版(当時のアメリカではイギリスの料理書がそのまま出版されていた)のNo.455 Curry Powderには、初版にはなかった以下の文言が付け足されている。
この文言から読み取れることは、インド産のカレー粉こそがスタンダードであり、いかにそれを正確に模倣するかが重要であったということだ。
このことは、次の文言からもうかがえる。インド在住の友人が、『THE COOK'S ORACLE』のカレー粉レシピは本場インドのそれとほとんど同じであると、お墨付きを与えるのだ。
そしてこの頃(1830年)には既に、イギリス国内産のカレー粉が市販されていたようだ。1827年に出版された『DOMESTIC ECONOMY, AND COOKERY, FOR RICH AND POOR』には次のような文言がある。
インドから輸入された・インドのレシピで調合されたカレー粉と比較すると、イギリス国内産の市販のカレー粉は質が低いという評判だったようだ。
『THE COOK'S ORACLE』の著者が、本場インドのカレー粉の精巧な複製レシピであると強調した背景には、インド産カレー粉の劣化コピーであるイギリス産カレー粉が出回っていたという事情があったのかもしれない。
Nupur Chaudhuriによると、1820年には8,678ポンドだったターメリックの輸入量は、1841年には26,486ポンドと約3倍になっている(Chaudhuri and Strobel 1992:238)。
ターメリックの輸入量が増えたということは、自家製のカレー粉を作成する家庭が増えた、あるいは国産のカレー粉が増えたということを意味する。やはり、自家製のカレー粉や国内でのカレー粉生産は、Sukhadwalaが主張する1850年代よりも早くから立ち上がっていたと考えて良い。
続きます。