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ポークカツレツととんかつは何が違うのか(その1)

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さて、とんかつの歴史に関する言説において、必ずといっていいほど話題に出されるのが、「ポークカツレツととんかつは何が違うのか?」です

箸で食べるとか、そのためにあらかじめ切ってあるとか、ご飯に合うとか、様々な説がありますが、ポークカツレツととんかつの違いについて最も多く言及されるのが、「厚さ」についてです。

"カツレツ""とんかつ""違い"で検索すると、ネット上では「ポークカツレツは薄く、とんかつは厚い」という主張が多くヒットします。


「ポークカツレツは薄く、とんかつは厚い」という主張の裏付けに多く引用されるのが、作家・池波正太郎(1923年生まれ)と映画監督・山本嘉次郎(1902年生まれ)の証言です。

まずは池波正太郎の証言。

“しかし、とんかつとポークカツレツとは、ちがう。”
“だが、子供のころの郷愁をさそうポークカツレツとなれば、なんといっても銀座の煉瓦亭だろう。”
“ポークカツレツは、とんかつではない。”
“だから、あまり部厚いのはよくないのだ。”(『むかしの味』 池波正太郎)

続いて山本嘉次郎の証言。

“ポークカツレツとトンカツとは、どう違うかといえば、肉が薄くて、ウスターソースをジャブジャブかけて、ナイフとフォークで食うのがポークカツであり、”
”肉が厚くて、トンカツソースがかかっていて、適宜に切ってあって、箸で食うのがトンカツなのである。”(『日本三大洋食考』 山本嘉次郎)
 

ところが、1903年生まれのコメディアン・役者の古川ロッパは、全く正反対の主張をします。

“トンカツと言えば、「のばせばのびる」の式に、サイダービンでトントンたたいてのばせるだけのばした、平べったい、それも脂身沢山の奴が、本格的だと思う。”
“で、煉瓦亭のトンカツは、僕に言わせりゃあ、最も本格的な、トンカツだった。”(『ロッパ食談完全版』 古川緑波)

1908年生まれの作家・安藤鶴夫も、古川緑波と同意見。厚いのがポークカツレツで、薄いのがとんかつ。

“よくもこうまで薄く、大きく拡げたものだと感心するほど、ビール瓶でひっぱたいたのが、褐色にこんがりと揚がって皿からはみ出している。”
”これにソースをじゃぶじゃぶとかけて、その中で泳がせてたべるのでないと、どうも豚カツという気がしないのである。”(『おやじの女』 安藤鶴夫)


安藤によると、『おやじの女』の1961年ごろには、昔は薄かった煉瓦亭のトンカツが、厚いポークカツレツに変わっていたそうです。

さて、真っ向から対立する「ポークカツレツ=薄い とんかつ=厚い」派(池波、山本)と「ポークカツレツ=厚い とんかつ=薄い」派(古川、安藤)。

一体どちらが正しいのか。

正解を先にいうと、もともとイギリスからやってきたcutletは1.5センチから2センチ前後と「そこそこ厚い」。

古川、安藤が正解。

池波と山本は、彼らの認識範囲の狭さが原因で勘違いしていたのです。

その2に続きます。