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チキンライス、オムライスの起源はイギリスにあり その1(東洋経済オンライン記事補足)

チキンライス、オムライスの起源に関する東洋経済オンライン記事を公開しました。

本来なら書籍で一章を費やすべき内容を駆け足で説明したので、圧縮、省略した部分がかなりあります。これからその部分を補足説明していきます。

1.『軽便西洋料理法指南』のライスチキン

『軽便西洋料理法指南』は、明治21年の東京の西洋料理店で実際に出されていた料理のレシピを、当時現役のコックが書籍化した、明治期の料理書の中でも最重要と位置づけられる料理書です。

そこに掲載されている「ライスチキン」は、日本のチキンライスの原点の姿。それは、出汁(ソップ)で炊いたご飯にサフランで色付けし、調理した鶏肉をそえるという、いわば鶏肉のパエリアでした。

とはいえこの鶏肉のパエリア、スペインからやってきたものではありません。

拙著『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』で分析しましたが、『軽便西洋料理法指南』の料理のほとんどは、ローストビーフやカレーライス、シチューなどのイギリス料理。

「ライスチキン」はイギリス版パエリア/ピラフである鶏肉のピラウ(pilau)が日本に伝わったものなのです。


『Cassell's dictionary of cookery』の鶏肉のピラウと、ピラウ炊飯法

つまり現在のチキンライスの先祖とは、カレーライスと一緒にイギリスからやって来た鶏肉のピラウが、「チキンライス」というわかりやすい名前に変化し定着したものなのです。

2.着色料がサフランからトマトへと変化

さて、皆様御存知の通り、サフランは非常に高価です。それはその栽培生産の仕組みからしてどうしようもなく値段が高くなるものなのであって、古今東西常にサフランというのは、値段の高いものなのです。

その一方で、サフランが何の役に立つかというと、薬理効果を除けば正直、色づけ以外には役立ちません。

なので、西アジア(ペルシャ、トルコ)で生まれたサフラン系炊き込み飯(ポロウ、ピラウ等)が各地に伝播すると、サフラン以外の安い着色料で代替するようになります。

日本にも、江戸時代初期にスペイン・ポルトガルからパエリア系炊き込み飯が渡来しましたが、サフランはクチナシの実で代用されました

これは、稲田俊輔著『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)における、江戸時代初期の「ひりし(南蛮料理)再現画像」(撮影/元家健吾)

この日本版クチナシの実パエリア、黄飯、鶏飯の名で九州だけでなく大坂、江戸にも伝わります。現在は大分の「黄飯」にその名残があります。

サフランが高価なため、着色そのものが省略されることがあります。私は、九州北部に多く存在する鶏肉の炊き込みご飯(かしわ飯等)は、サフランを省略したパエリア系炊き込みご飯が定着したものではないかと考えています。

現在のイギリスでは、ターメリックやカレー粉でサフランを代用したpilauが主流のようです。これは、インドに流入して現地化したプラオが、インドを経由して流入したものでしょう。

さて、アメリカ大陸からトマトが伝来すると、世界各地でサフランによる着色がトマトで代用されるようになります。

トマトは安くて鮮やかで旨味(グルタミン酸)もある、まあ、当然ですよね。

東洋経済オンライン記事では19世紀イギリスの、トマトで着色した鶏肉のpilauの例をあげましたが、本場トルコやイランでも、現在ではサフランだけでなくトマトによる着色が行われているようです。

明治時代にトマトの栽培が盛んになると、日本においてもチキンライスのサフランがトマトで代用されるようになります。

チキンライス、オムライスの起源はイギリスにあり その2に続きます。