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もっとも重要な明治時代の料理書『軽便西洋料理法指南』は、誤解されている(その1)

『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』には、日本の西洋料理史研究に詳しければ詳しい人ほど、驚くような情報が載っています。

その一つが『軽便西洋料理法指南』の正体を明らかにしたことです。

『軽便西洋料理法指南』は明治21年当時の、東京の西洋料理店で実際に作られていた洋食レシピを掲載した本です。

このような「実際に外食店で作られていた」レシピを掲載した本は非常に珍しく、他には『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』に引用した、上野精養軒料理長のレシピ本ぐらいしかありません。

かように貴重な本ですので、『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』では一章をまるまる割いて『軽便西洋料理法指南』の分析に当てています。

ただし、カレー、シチュ―、ハヤシ等の煮込み系洋食の分析は次作『日本近代カレー史(仮題)』に先送りしています。

次作においても『軽便西洋料理法指南』の分析は重要な位置づけに置かれることでしょう。

なにせ、「東京の一般的な西洋料理店で実際に出されていた料理レシピの本」ですので。

さて、『軽便西洋料理法指南』は様々な論文、本、あるいはネット上でも多く引用されている、わりとありふれた明治期の料理書です。

とういうのも、国会図書館デジタルコレクションにおいて「カツレツ」で検索するとヒットする、最も古い料理書なので。

ところがほとんどの人、というか私が知るかぎり引用しているすべての人が、この本が「西洋料理店で実際に出されていたレシピ」の本であることに気づいていません

“気づいていない”例をあげましょう。

『解題 近代日本の料理書(1861~1930)』にはこうあります

https://www.kasei-gakuin.ac.jp/tkgu_cms/wp-content/uploads/2022/04/43H225.pdf

“2)聞き取り料理書の流行”
“1880年代になると,翻訳書というよりは,聞き取り書が多く刊行されるようになる。”
(中略)
“調査資料のうち,米国が4名,英国・仏国が1名ずつと,米国人によるものが多い。さらに,西洋人女性からの聞き取りが多いことも注目される。例えば,1888年には,マダーム・ブラン述・洋食庖人 ( 松井鉉太郎 ) によって,『実地応用軽便西洋料理法指南―名西洋料理早学び』と称された料理書が刊行されている”

この『実地応用軽便西洋料理法指南―名西洋料理早学び』とは『軽便西洋料理法指南』のことです。

『解題 近代日本の料理書(1861~1930)』は間違っています。これらの“聞き取り書”は西洋人からの聞き取り書ではありません。

聞き取りと見せかけて、実はその西洋人とは関係のない、日本人が書いた本なのです。

つまり『軽便西洋料理法指南』の“マダーム・ブラン述”というのは、出版社が売るために付けた嘘情報。

実際はというと、マダーム・ブランの口述筆記ではなく、日本人が書いた料理書なのです。

他の“聞き取り書”も同じです。

西洋人が口述したというのは出版社がつけた嘘情報。“日本人が書いた”では売れないので、西洋人の口述と嘘をついて箔をつけて売ったのです。

明治期の出版社のモラルは、私達が想像できないほど低いのです。

「嘘を嘘と見抜けない」人には、明治期の料理書は理解できません。

それでは明日以降、これらの西洋人口述筆記本が、実際には日本人によって書かれていたことを証明していきましょう。

その2に続きます