もっとも重要な明治時代の料理書『軽便西洋料理法指南』は、誤解されている(その2)
『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』では、明治21年の『軽便西洋料理法指南』を最も重要な料理書ととらえ、その分析に一章を割いています。
なぜなら『軽便西洋料理法指南』には、当時の西洋料理店で実際に出されていた料理のレシピが書かれているからです。
ところがほとんどの人、というか私が知るかぎり引用しているすべての人が、この本が「西洋料理店で実際に出されていたレシピ」の本であることに気づいていません。
なぜなら冒頭に、この本はマダーム・ブランというフランス人の口述を筆記したものであると書いてあるからです。
ところが内容をちゃんと読むと、この”佛人マダーム、ブラン口授”というのが、出版社が本を売るために付与した嘘情報であることがわかるのです。
まず表紙です。
マダーム・ブランの文字がありません。著者名は洋食庖人、つまり「洋食コック」です。
次に序文を読むと
と書いてはありますが、本の内容は
“有名なる洋食店”に勤務するコックが“普通洋食調理”を編集した内容と書かれています。フランス人の口述を筆記したものではありません。
さらに凡例では
と、東京の洋食店で日常的に出されている料理のレシピから、素人には難しいレシピを除外して載せた本であると書かれています。
さらにレシピの最後のページには
つまり、この本の著者洋食庖人=洋食コックは、フランス人の口述筆記ではなく、実際の西洋料理店のレシピであることを繰り返し主張しているのです。
おそらく、
“「洋食コック」じゃ売れないから、フランス人の口述ってことにしてくださいよ”
という出版社に対し、
“しょうがねえなあ、ただし、表紙の名は譲れないし、洋食店のレシピであることは強調させていただきますよ”
と妥協をはかったのではないでしょうか?
まあ、ここまで詳細に読まなくても、ざっとよんだだけで、フランス人の口述筆記でないことは誰にでも分かります。フランス語が全く出てこず、シチューやキャベツなどの英語のカタカナ表記ばかりですから。
外国人の口述筆記と表題にある料理書は、そのすべてが嘘です。
この明治時代の出版社の手口に慣れていれば、「佛人マダーム、ブラン口授」と書いてあるだけで、ああ、例の詐欺手口だな、とわかるのです。
それでは他の「外国人口述筆記」料理本も読んでみて、当時の出版社の「やり口」を学んでみましょう。
(その3)に続きます。