![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/38845042/rectangle_large_type_2_e206a384de712e2e754e9032996d6d51.jpg?width=1200)
大戦中の爆弾がみつかる?運命の日「ドイツの11月9日」
こんにちは。Kahoです。
今週仕事中に、ある連絡がありました。
「避難してんの?住んでるところで
第二次世界大戦の爆弾見つかったらしいで」
、、、、え?笑
突然走る緊張感と75年も経っても残る大戦の傷跡。
ドイツでは当たり前ようで3ヶ月毎にみつかるらしい。
この爆弾が見つかった日、11月9日。
なんだかドイツ史にとって重大な日のようです。
たくさんの出来事があったようですが、
わたしの友人から聞いた4つを紹介。
①1918年:ドイツ皇帝の国外逃亡
ドイツでも過去にあった君主制。第一世界大戦をきっかけにドイツ社会が疲弊し、国内で国民による蜂起が勃発しました。この革命をきっかけにドイツ皇帝ヴィルヘルム2世がオランダへ逃亡し、社会民主党のフィリップ・シャイデマンが共和国設立宣言をしました。
昨年天皇陛下が即位された際、天皇制に対する質問攻めを通っているピラティスのおばさまたちから受けました。ドイツでも未だに君主制を戻して欲しいと言っている人たちががいるらしい?
②1923年:ナチスによるミュンヘン一揆
第一世界大戦に負けて疲弊したドイツ社会をきっかけに政府に対してナチスが計画したクーデター未遂。失敗に終わり、ヒトラーを含むクーデターを起こしたナチス党員が逮捕されました。
③1938年:ナチスによるユダヤ人街襲撃
反ユダヤであるナチスがユダヤ人迫害をした水晶の夜の呼ばれる日。
Wikipediaより
この事件によりドイツにおけるユダヤ人の立場は大幅に悪化し、後に起こるホロコーストへの転換点の一つとなった。
シナゴーグ(ユダヤ教会)が襲撃され、ガラスが飛び散ったことにより「水晶の夜」と呼ばれているようです。
20歳の頃に訪れたオシフェエンチムにある
アウシュビッツ強制収容所の残酷さを思い出します。。。
④1989年:ベルリンの壁の崩壊
28年間東西ベルリンを遮断していた壁が、集まった市民により壊されました。
ドイツの社会科教育でも教えられる内容のようです。
こういったドイツの歴史が国民を
民主主義志向にしているのかなぁと思いました。
例えば、先週末やっと決着がついた全米大統領選挙。
ドイツにいたら「絶対バイデン!」な空気ですが、
アメリカにいたら「いやトランプ!」って
思う社会もあるようです。
これについて面白いなと
思った記事を紹介して終わります。
最後までありがとうございました。
また来週も覗きに来てください。
Kaho
いただきましたサポートは、次世代に残せるもの(国際キャリア形成自叙伝、メンターシップなど)の費用として活用させていただきます。