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ベストポスター

国際会議などでは特に若手研究者や優秀な大学院生を励ますことを目的としていろいろな賞を設けています。多くの国際会議では、ベストポスター賞みたいなものがあります。もちろん口頭発表を表彰することも有意義なのですが、ポスターセッションにはたくさんの若手研究者が参加していることが多いし、また討論の時間も長いので、そのぶん議論が深まり、また審査の側から見れば、若者の実力、意欲、将来性を評価しやすいという面もあるでしょう。

インターネットを使ったバーチャル会議になったデンバー会議、今日はいよいよ最終日です。ほんのさっき知ったのですが、当研究室のポスターがベストポスターに選ばれていました。バーチャル会議でのポスターだったので本物のポスターボードはありませんし、ましてハアハア息をあげることもなければ、その理由をきかれることもありませんが(意味不明の方は数日前の記事をご参照ください)、熱心な質問をチャットでもらったので、本格的な討論を行っていたところでした。

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今回の学会での説明は私がしましたが、この実験は、ベトナムから受け入れた若い研修生が行いました。彼にとっては、生まれ始めての本格的な研究の体験でした。当研究室に滞在して、たちまち知識を身に着け、試料つくりもX線の解析も上達しました。研究の内容は、簡単に言うと、原子力産業などで想定される放射性セシウムを含む汚染物質の処理処分の新しい方法の提案と検証です。この研究では、汚染物質として扱われる放射性セシウム含有廃液を原料にして、安定な結晶を合成するという方法を提案しました。粘土鉱物などを使って捕集する方法は従来からよく知られており、当研究室でもそのメカニズムをX線の技術を使って研究したりもしていましたが、この方法では大量の粘土鉱物を使用するため、放射性廃棄物の総量がかえって増えてしまいます。また、セシウムはアルカリ金属ですので、イオンになって水中に再度拡散することも容易です。そこで、セシウムを結晶の骨格に持つ物質をつくってしまえばよいと考えました。もともとセシウムは、ポルサイトと呼ばれる結晶性の鉱物として産出していますので、ポルサイト結晶にしてしまえばきわめて安定です。この構想は、すでにほかの研究グループによっても提案されていましたが、当研究室では、より簡便でかつ確実な合成方法を考案し、特許を出願していました。新しい方法は、原料にも日本国内に大量に存在し、きわめて安価なものを用います。また高圧・高温の装置を使うのですが、条件はきわめて緩やかで、工業的なスケールアップも難しくないものでした。また研究例が少なかった、海水の存在下での検討も行いました。今回のポスター発表では、セシウムの捕獲・安定化に成功しただけでなく、X線による検討がやはり大きな役割を果たしたので、そういった点を報告しました。

ただ、最新というわけではなくて、少し前に論文にしています。また、新聞記事でもとりあげてもらっていました。

Nguyen Duy Quang, Hiromi Eba and and Kenji Sakurai, "Versatile chemical handling to confine radioactive cesium as stable inorganic crystal", Scientific Reports, 8, 15051 (2018). 

https://www.nature.com/articles/s41598-018-32943-9

日本経済新聞(2018年11月19日)

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現代は科学が進歩した時代だとよく言われますが、実のところ知識を獲得するほど新たな謎が深まり、広大な未知の世界が広がります。私たちの知識はほんの一部であり、ほとんどわかっていなません。未知を探索することが科学者の任務ではないでしょうか。その活動は、必ずしも簡単なものではなく、後世からみれば群盲評象と映ることでしょう。このマガジンには2019年12月29日から2021年7月31日までの合計582本のエッセイを収録します。科学技術の基礎研究と大学院教育に携わった経験をもとに語っています。

本マガジンは、2019年12月29日から2021年7月31日までのおよそ580日分、元国立機関の研究者、元国立大学大学院教授の桜井健次が毎…

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