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知足

「老子道徳経」(Tao Te Ching)は、中国春秋時代の思想家、老子が書き記したとされる書物で、単に「老子」とも、あるいは「道徳経」とも呼ばれ、81の章から成り立っています。道家の代表的文献です。その44章に、知足不辱、知止不殆という有名な文言が登場します。日本語としても十分定着している知足は、ゆき過ぎた分不相応の物質的な欲を戒め、置かれた状況をポジティブに理解し感謝し、そこに幸福を見出すといった意味で、英語では、一言で Knowing contentmentと訳されているようです。知足は「老子道徳経」のなかでも44章以外に33章、46章にも登場します。また、老子だけでなく、仏教のいろいろな書物にも出ています。

https://www.amazon.co.jp/dp/4990767608

いまはインターネットで古典の原文を全文まるまる直接読めるとても便利な時代です。さっそく見てみましょう。

中國哲學書電子化計劃   道德經 
https://ctext.org/dao-de-jing/zh

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44章は、次の通りです。ありました。知足不辱、知止不殆です。太字にしておきます。

名與身孰親 身與貨孰 多得與亡孰病 是故甚愛必大費;
多藏必厚亡 知足不辱 知止不殆 可以長久

書き下し文をつけておきます。たぶん、これであっていると思う。

名と身といずれか親しき、身と貨といずれかまされる。得るとうしなうといずれかうれいある。この故に甚だおしめば必ず大いに費え、多く蔵すれば必ず厚くうしなう。足るを知ればはずかしめられず、とどまるを知れば殆うからず。以って長久なるべし。

同じホームページに英語訳が出ています。
https://ctext.org/dao-de-jing
どうでしょう? わかりにくい? これでもいいのかもしれないが、あとで自分で勝手な意訳をつけたいと思います。

(Cautions) 
Or fame or life,
Which do you hold more dear?
Or life or wealth,
To which would you adhere?
Keep life and lose those other things;
Keep them and lose your life: - which brings
Sorrow and pain more near?
Thus we may see,
Who cleaves to fame
Rejects what is more great;
Who loves large stores
Gives up the richer state.
Who is content
Needs fear no shame.
Who knows to stop
Incurs no blame.
From danger free
Long live shall he.

というわけで、例によって私的勝手訳(現代日本語、英語)です。ちょっと意訳し過ぎかな。

名誉と命はどちらが大切でしょうか (Which is more important, fame or your life?)  命と財産はどちらが大切でしょうか(Which is more important, your life or money?) 「得ること」と「失うこと」では、どちらのほうがあなたに害を及ぼすでしょうか(Which is more harmful, gain or loss? )名誉に固執するほど財産を浪費するでしょう(The more you insist on fame, the more you waste your money.)財産にとらわれて蓄えようとすればするほど、実際には財産を失うでしょう(The more you store money, the more you lose your money.)名誉や財産にとらわれない自由な考えをを持ち感謝し満足することを知っていれば社会的に恥ずかしいと思うようなことはないでしょう (If you know contentment, you will never be disgraced.) 適切なバランス感覚のもとで立ち止まることを知っていれば命を危険にさらすことはないでしょう (If you know moderation, you will never be in danger.)  すると平穏に暮らすことができるでしょう (So you will be able to live in peace).

老子は古代中国の人なのに、まるで現代の日本(だけでなくほかの国々もそうでしょうが)の社会を見通したような書きぶりです。多くの人はよく理解するのではないかと思います。にもかかわらず、実際の行動はそうではないことが多いのではないでしょうか。客観的に見れば、明らかに行き過ぎの物欲にとらわれ、自らを見失い、自分で勝手に不幸になっているケースも少なからずあるようにも思います。ただし、読み方の問題ではあるのですが、単なる受動的な現状肯定とも違うことには注意は必要です。向上心とか、科学的探究心とか、前向きの努力と、身勝手な欲望はもちろんまったくの別物です。その区別ができていることが話の前提でしょう。

https://www.youtube.com/watch?v=NtcgJ1yZkIc

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現代は科学が進歩した時代だとよく言われますが、実のところ知識を獲得するほど新たな謎が深まり、広大な未知の世界が広がります。私たちの知識はほんの一部であり、ほとんどわかっていなません。未知を探索することが科学者の任務ではないでしょうか。その活動は、必ずしも簡単なものではなく、後世からみれば群盲評象と映ることでしょう。このマガジンには2019年12月29日から2021年7月31日までの合計582本のエッセイを収録します。科学技術の基礎研究と大学院教育に携わった経験をもとに語っています。

本マガジンは、2019年12月29日から2021年7月31日までのおよそ580日分、元国立機関の研究者、元国立大学大学院教授の桜井健次が毎…

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