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最近の論文発表(その1)

当研究室は、近未来のマテリアルの研究開発に資する(一部はライフサイエンスにも寄与する)新しい分析・計測手法に関する研究を行ってきました。なかでもX線を用いる新しい技術、特にこれまでなかったようなイメージング技術の開拓に力を入れています。最近10年間は、表面に露出していない埋もれた薄膜界面の可視化や、時々刻々の変化を追う新しい計測の方法、機器の開発に取り組んできました。おかげさまで、2018年11月に日本表面学会から技術賞、2020年9月に日本分析化学会から先端分析技術賞をいただきました。

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2020年3月末で、32年間勤務した研究所を定年退職し、16年間兼務した大学院も退職しました。そのため、少しペースダウンしましたが、2020年も3本の論文・解説を学術ジャーナル等に発表しました。まだ投稿・審査中のものもありますので、2021年も何本か出ると思います。

以下、2020年の3本、2019年の9本の合計1ダースの論文・解説内容を新しい順に簡単に紹介します。

当研究室の論文発表のリストは https://researchmap.jp/kenji.sakurai.xray をご参照ください。合計では200本超ほどあります。

(1) "Recent progresses in nanometer scale analysis of buried layers and interfaces in thin films by X-rays and neutrons", Krassimir Stoev and Kenji Sakurai, Analytical Sciences, 36, (8),901-922 (2020).

https://doi.org/10.2116/analsci.19R010

長編のレビュー論文を出版しました。多くの機能材料は界面を制御することにより性質が大きく変わります。その重要性はわかっていても実際にはどんな分析方法でも、埋もれた薄膜界面の研究は困難です。それは表面に露出していないため、たいていの技術は直接アクセスすることができないからです。はがしたり、切断したりすると、そのことによって構造を変えてしまうことがありますので、非破壊的な方法がずっと求められていました。そのようななかで、最近10年の間、X線や中性子を使った新しい技術が開発され、いろいろな界面の研究が進展を遂げています。およそ300編の論文で発表された成果を総合報告しました。

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(2) "One Amide Thin Films Prepared by Physical Vapor Deposition of Nylon 6 Granules", Yuwei Liu and Kenji Sakurai, ACS Applied Polymer Materials, 2, (5), 1746-1753 (2020).

https://doi.org/10.1021/acsapm.9b01124

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ナイロンと言えば、ポリマーのなかでも、突出して優れた力学的性質と化学的な安定性で知られ、繊維をはじめ重要な化学素材としてよく用いられています。他方、その安定性のために、超薄膜のような形態での作成や応用は難しいと考えられます。酸などにも溶けませんから、溶液を得て、スピンコーティングなど、よく知られた方法での薄膜化もできません。そこで、今回、高真空装置のなかで加熱によって、粉末のナイロンから真空蒸発法(MBE法)によって超薄膜を作成し、X線回折やラマン散乱によって構造を調べました。

(3) "Progress of hydrogen gas generation by reaction between iron and steel powder and carbonate water in the temperature range near room temperature", Hiromi Eba, Masashi Takahashi and Kenji Sakurai, International Journal of Hydrogen Energy, 45, 13832-13840 (2020).

https://doi.org/10.1016/j.ijhydene.2020.03.087

10年ほど前から、環境関係のテーマとして、廃棄物のクズ鉄と工場や火力発電所から排出される二酸化炭素を原料にして、燃料電池などに使用可能な水素を製造する方法の研究を行ってきています。製鉄は、天然に存在する鉄の酸化物から還元して金属の鉄を得る技術で、その過程に多くのエネルギーを投入していますので、使える鉄をここで使うわけではありません。あくまで使用価値をあきらめた金属の鉄をここで利用しようということです。当初はボールミルのような装置を使ったりもしていましたが、のちには、もっと現実的な条件に置き換えました。

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(4) ”Expanding a polarized synchrotron beam for full-field x-ray fluorescence imaging”, Wenyang Zhao, Keiichi Hirano and Kenji Sakurai, Rev. Sci. Instrum., 90, 113704 (2019).

https://doi.org/10.1063/1.5115421

非対称反射で拡大して得られる大きなサイズの、しかも高い偏光度のビームは、先に述べた通り、バックグラウンドを劇的に下げ、微量物質の検出能力を高めることに有効であることは既に述べましたが、利点はそれだけにとどまりません。この研究では、イメージングへの発展を目指しました。その結果、散乱X線のバックグラウンドがきわめて低い、高品位の蛍光X線元素イメージングが可能になりました。

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(5) "Antiscattering X-ray fluorescence analysis for large-area samples", Wenyang Zhao, Keiichi Hirano and Kenji Sakurai, J. Anal. At. Spectrom., 34, 2273-2279 (2019). 

https://doi.org/10.1039/C9JA00220K

蛍光X線分析は、多くの場合10 ppm ~数10% の濃度範囲で頻度多く定量分析に用いられています。放射光を用いた研究では、微量物質の検出能力は、ppb レベル、さらに全反射条件など特別な条件を用いた場合には、もっと下まで検出できることが知られています。それでは、その限界はどのあたりにがあるのでしょうか。検出限界はバックグラウンドの高さに左右されます。そのため、微量物質を検出するためにはバックグラウンドを下げることが重要なポイントになります。単に強い光源を使っただけでは、信号もバックグラウンドも同じように強くなり、検出器が飽和するだけで、何も改良されるところはありません。ですが、バックグラウンドを下げるために、入射強度を犠牲にすることはたいてい必要になります。そのため、信号強度を確保しつつ、入射強度を犠牲にし、バックグラウンドを下げ、結果として少ないものを分析しようとする戦略を取ることになります。放射光の偏光性に注目し、散乱X線によるバックグラウンドを低減させることは、一般的に用い行なわれていますが、この場合には、ビーム形状の制約から狭い面積の分析しか行うことができませんでした。本研究では、偏光に注目しながら、放射光のビーム形状を非対称反射で大きく変え、劇的にバックグラウンドを低下させる方法を考案し、その効果を議論しました。この研究では、大面積のCCDカメラを蛍光X線分析の検出器として利用し、偏光の効果を生かすために、コリメータプレートという光学部品を用いています。

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(6) ”Thickness changes in temperature-responsive poly(N-isopropylacrylamide) ultrathin films under ambient conditions”, Yuwei Liu and Kenji Sakurai, ACS Omega, 4, (7) 12194-12203 (2019). 

https://doi.org/10.1021/acsomega.9b01350

ポリノルマルイソプロピルアクリルアミドと言えば、感温性の機能を持つ高分子として非常に有名で、細胞工学やクロマトグラフィー、その他たくさんの応用分野で研究がおこなわれています。このポリマーは、32℃を境界として高温側で疎水性、低温側で親水性を持つことで知られており、水滴を表面に置いた状態で接触角を測定することでその変化を確認できます。本研究では、水滴が膜上にあるわけではない一般的な室内環境(低湿度)のもとで、このポリマーの超薄膜が温度に反応して、32℃よりも高温側から冷却すると、ちょうど 32℃で大気中の水蒸気を吸着・膨潤する一方、昇温過程では、32℃という温度はスイッチングのような特別な働きをしないことを見出しました。その一部の成果は以前の論文で速報したのですが、この研究では、さらに湿度依存性、長時間依存性等、多くのデータを公表し、そのメカニズムを議論しました。この研究でも、短時間に一度にX線反射率の全プロファイルを取得する技術(特許第3903184 号(2007))を用いました。

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(7) 「蛍光X線による元素のスナップショットおよび動画イメージング」、桜井健次、趙文洋, ぶんせき No.6, 228-234 (2019).

http://xray-neutron-buried-interface.jp/lab/pub/pdf/BunsekiArticle201906.pdf

これは原著論文ではなく、日本分析化学会の会誌「ぶんせき」の入門講座むけの解説です。蛍光X線分析法の技術発展の歴史を振り返り、2次元の半導体センサーの登場で、これまでほぼ不可能と思われていた新しいイメージングが可能になってきたことを説明しました。当研究室は、動画イメージング等、こうした技術に20年以上前から取り組んできています。

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(8) "Slow dynamics in thermal expansion of polyvinyl acetate thin film with interface layer", Yuwei Liu and Kenji Sakurai, Polymer Journal, 51, 1073-1079 (2019).

https://www.nature.com/articles/s41428-019-0211-6

ポリ酢酸ビニルと言えば、人の体温とあまり変わらない温度帯にガラス転移を持つことで知られており、低い温度では硬いガラス状態、高い温度では柔らかいゴム状態になるので、例えばチューインガムのベース材等にも用いられています。この研究は、バルクのポリマーではなく、超薄膜の場合のガラス転移温度近傍での構造変化を詳しく調べたものです。ゴム状態とガラス状態の違いは、熱膨張率(温度を変化させた時の膨張、伸び)の違いに対応しますが、超薄膜では、面内方向と膜厚方向が同じように伸び縮みするのではなく、面内方向に伸びた結果、膜厚が薄くなる(負の熱膨張現象)といったことも生じます。さらに温度の上昇・下降のサイクルを繰り返すと複雑な挙動も認められます。本研究では、X線反射率のプロファイルを全角度範囲で同時に短時間で取得する新しい計測技術を駆使し、そのメカニズムを解明しました。

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(9) "X-ray standing wave technique with spatial resolution: In-plane characterization of surfaces and interfaces by full-field X-ray fluorescence imaging", Wenyang Zhao and Kenji Sakurai, Physical Review Materials, 3, 023802 (2019). 

https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevMaterials.3.023802

X線定在波法と言えば、完全に近い単結晶や多層膜での動力学的回折、あるいは全反射条件で、X線電場強度の深さ・高さ分布をX線を入射させる角度をごくわずかに変化させるだけで精密制御できることに着目した表面吸着元素、内部に混入した不純物元素の分析法です。深さ・高さ方向の高精度の位置決定ができることが知られていますが、面内方向を識別する能力がないため、あくまで分析している視野の平均ということにとどまります。場所によって存在する深さ・高さが異なるということは十分にありうることなので、その打開策が求められていました。本研究は、X線定在波法にイメージング機能を付与することに成功し、はじめてこの問題に突破口を与えました。先述のCMOSセンサーを利用した蛍光X線イメージングの技術を、動画とはことなる別の形(画像の時間変化ではなく、画像の角度依存性の測定)で実現しました。さらに取得される大量のデータの解析法を提案しました。

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(10) "Neutron visualization of inhomogeneous buried interfaces in thin films", Kenji Sakurai, Jinxing Jiang, Mari Mizusawa, Takayoshi Ito , Kazuhiro Akutsu and Noboru Miyata, Scientific Reports, 9, 571 (2019).

https://www.nature.com/articles/s41598-018-37094-5

中性子散乱は、非常に魅力的な技術です。材料研究にはとても有用です。中性子反射率は薄膜の層構造を解明する優れた手法です。そうなのですが、大面積の均一試料を前提とした解析を行っているのが現状で、それに対し、現実のマテリアルはむしろ微小部の不均一さ、その分布に特徴を見出し、そこを糸口にした研究を行うのが一般的になってきています。このため、中性子散乱の分野にもイメージング手法の導入が求められているのですが、技術的な難しさがたちはだかっている状況です。この研究は、そこにあえて挑んだものです。パターン構造が埋もれた試料を中性子反射率によって可視化、画像化させることに成功しました。ここまで来るのに、ほぼ10年という長い試行錯誤の時間がかかりました。

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(11) "Multi-element X-ray movie imaging with a visible-light CMOS camera", Wenyang Zhao and and Kenji Sakurai, Journal of Synchrotron Radiation, 26, 230-233 (2019). 

https://doi.org/10.1107/S1600577518014273

CMOSセンサーと言えば、デジタルカメラによる写真撮影によく用いられていますが、実はこの同じ素子を使って蛍光X線分析を行うことができ、さらに多元素同時の元素動画を撮像することもできます。「できる」という話は少し前に別の論文で報告したのですが、この論文では、放射光を用い、さらに魅力ある動画撮像ができることを報告しました。

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(12) "Round Robin Layer-Thickness Determination : Towards Reliable Reference-Free X-Ray Spectrometry", Kenji Sakurai and Akira Kurokawa, X-ray Spectrometry, 48, 3-7 (2019).

https://doi.org/10.1002/xrs.2978

検量線を使用せずに高信頼性の定量分析を行なおうとするリファレンスフリー蛍光X線分析をめざし、めっきなどのアプリケーションでの利用を想定した金属多層膜の共通試料を用い、膜厚分析のラウンドロビンテストを行いました(民間企業11社と2つの国立機関の協力)。得られたデータを報告し、リファレンスフリー蛍光X線分析の定量分析の能力を議論しました。

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