天気の妻
僕の妻は空とつながっている。
彼女は晴れたら機嫌が良く、曇りや雨なら機嫌が良くない。
別に祈らないし、それで天気が変わることもない。
晴れなら機嫌が良くて、そうでないならちゃんと機嫌が良くないだけのことだ。
***
学生の時に、今の妻ではない、当時付き合っていた彼女と別れることになった。
それは僕の方から言い出したことだ。
高いところに行くと、「高いねー!ここ!」
綺麗な景色を見て、「景色が綺麗だねー!」
と当たり前のことを言う彼女が嫌になってしまったからだ。
どうかしている。
その頃の僕は、例の何者かになりたい病をひどく患っていて、普通の、何でもない、ただ幸せそうな彼女を見て、つまらなさを感じていた。
本当にどうかしている。
でもそれは、彼女自身にではなく、そんな彼女につまらない自分を見ていたからだと気付いたその時には、十分に遅すぎた。
***
働き始めて、妻と出会って、曇り空を睨みつける彼女に、なぜそんなに晴れてほしいのかと聞いたことがある。
「晴れたら、気分が良いじゃん?」
「それだけ?」
「気分が良い方が、良いでしょ?」
いやでも、農家の人からしたら、、とか言い返してみようとも思ったが、すごく当たり前に、まっすぐ言うものだから、言い返すのをやめた。
それから僕は、空を見上げる彼女のとなりで、晴れてくれないかなと祈るようになった。
そんな彼女と結婚して、ある時、僕が仕事に行くのがしんどくなってしまった時に、
「つらいんだから、休んだらいいじゃん?」
と言って、側にいてくれたことがある。
彼女は天気の事のように、すごく当たり前に、まっすぐにそう言った。
彼女はけっして天気は変えられないけど、そういうところがある。
***
妻は、今日は特に心配そうに、空を睨みつけている。
明日は息子の、人生で初めての、保育園の運動会だからだ。
今、彼女は誰かのために空を見上げるようになった。
その隣で僕も、晴れてくれないかなと祈っている。
今度は2人のために。
読んでくださって、ありがとうございました。
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