【Wishbone Ash】(1970) アナログ米国盤で辿ってみた哀愁のツインリードギター1st
ブリティッシュロックらしい繊細で抒情味溢れる感性が売りのウィッシュボーン・アッシュ。マーティン・ターナー(B, Vo), スティーヴ・アプトン(Dr), アンディ・パウエル(Gt), テッド・ターナー(Gt, Vo) が揃った初期の作品は今も人気です。
このデビュー作(邦題【光なき世界】)にも特有のリリシズムは色濃く出ていますが、ライブ感ある生々しい演奏はかなりテンション高め。名盤【百眼の巨人アーガス】の整合感は無いですが、直情的でワイルドな感触がデビュー作らしくて最近気に入ってます。
今回はガッツリ本作アナログ盤の話です。
中古レコードでは米国盤を割合と安価で見かけるのですが、これまで安い、安いと懲りずに買い求めてしまった本作をネッチリと検証してみました〜。
(アナログレコード探訪)
〜米デッカ・レコードの歴史〜
まずはレコード会社の話です。ウィッシュボーン・アッシュは米国では当初、米デッカというレーベルが発売していました。
この米デッカは元々、ローリング・ストーンズで知られる英国デッカ・レコードの米国系列だったのですが、第二次世界大戦後に資本提携が切れてしまい、名前だけを残して米国で独自に生き延びた別レーベルなんだそうです。
ちなみに英国デッカが米国配給のために新たに置いたのがロンドン・レコードです。複雑ですね〜。
米デッカの歴史は、1972年に米国MCAレコード立ち上げと共に吸収される形で消滅しています。
さて本作の発表は英国では1970年12月です。
米国は少し遅れて翌年初頭?と考えると、本作が米デッカ盤として出たのは最初の僅か。その後はMCA盤へ切り替わったことになります。
レーベル消滅を挟んで、当時の米国盤がどんな変遷を辿ったのか見てみました〜。
〜米国盤の変遷① 米デッカ初回盤(71~ 72年)〜
〜米国盤の変遷② MCA再発盤(73~77年)〜
レーベル変遷を挟んで、本作はこの2種類しか存在しないと思っていたのですが、興味深い盤があるのを発見しました!
〜米国盤の変遷③ 米デッカ~MCA過渡期の盤〜
なかなか興味深い1枚です。レーベル吸収時の慌ただしさを窺わせますね。
私はこの盤、ジャケットからして米デッカの末期プレスかと思ったのですが、どうもそうではなさそうなのです。
ではいつ頃のプレスなのだろうか?考えてみました。
米国MCAを調べてみると、初めて世にリリースしたのがエルトン・ジョンのシングル "Crocodile Rock" で1972年11月発売。
この時点ではまだレーベルデザインは決まっていなかったそうです。黒虹の下部縁には "1973"の表記があるので、採用されたのもこの年でしょう。
さらに本作MCA盤の規格番号(MCA-23)、この数字の若さから考えると、たぶん1973年初頭頃のプレス?というのが私の推測です。
〜違うパッケージなのに同じ盤?!〜
ちなみに肝心の音はどうだったのか?3枚を比べてみました。
米デッカ初回盤は別格として、過渡期の盤とMCA再発盤は、何度聴き比べても私の耳には同じような音でした。
実はこの2枚をよ〜く見比べてみると、レコードプレスの型版を示すマトリックス番号が、「A面3-2☓☓」「B面2-2☓☓」と全く同じで、内周無音部の隅に刻まれた意味不明の数本の線(キズ?)まで酷似していたのです。
つまり再発2枚は、同型スタンパーからプレスされた兄弟盤だったようなのです。では、何故ジャケット仕様や表記が違ったのか??
私の意見です。単に本作が米国で売れなかったからだと思います(笑) 本作はビルボードチャートで200位圏外。
1枚のスタンパーからプレス出来るレコードは約2~3000枚と聞きます。さすがにこの2枚が同一スタンパーの兄弟盤とは思いませんが、数枚ある同型スタンパーからプレスされたことは間違いないでしょう。
売れないから、新しくプレスされた盤でも、外装は米デッカの余った在庫のダブルジャケットでパッケージしていたように思うのです。
需要がゆっくり過ぎるため、MCAではシングルジャケットに刷り直しても同じ盤を入れて市場に出していた。そんな気がします。
(アッシュの米国シングルジャケット仕様)
まだネチっこくいきます(笑)
ではMCAがいつごろシングルジャケットに切り替えたか??
ウィッシュボーン・アッシュの米デッカ期の作品は、本作デビュー盤、2nd【巡礼の旅】(全米174位)、3rd【百眼の巨人アーガス】(全米169位)とありますが、これらの初回盤は全て英米共通してダブルジャケット仕様で発売されています。
ところが、次の米国MCA1作目【ウィッシュボーン・フォー】(全米44位)では、英国がダブルなのに米国はシングルと格下げされているのです。
米デッカを吸収したMCAとしては、早速売れないバンドの経費削減をした訳ですね。
米国MCAが正式に動き出した1973年、ここから本作の再発盤用のシングルジャケットは刷られたのだろうと私は考えています。
結果的に【ウィッシュボーン・フォー】は米国での予想外のブレイクとなり、その煽りで過去作品への需要も多少は高まったと思われます。
余剰在庫だったダブルジャケットは捌かれ、MCAが刷り直したシングルジャケットまでが、同じスタンパーの盤と共に市場に出回った?というのが私の勝手な想像です💦
ネット検索をすると、他にもMCA表記のダブルジャケット盤というのも存在していました。あ〜、中身が気になる…。
ここまでどうも偏執的な推理にお付き合い下さり、誠にありがとうございますm(_ _)m
同じレコードを複数枚買うなんてバカバカしいにも程があるのですが、思わぬ発見があって、つい私は、勝手な推察と妄想を拡げてしまうのです…。
勿論この一件、誰かがジャケットと中身を入れ替えていなければの話ですが!💦
Side-A
①"Blind Eye" 3:40
②"Lady Whiskey" 6:08
③"Errors of My Way" 6:56
④"Queen of Torture" 3:20
Side-B
①"Handy" 11:30
②"Phoenix" 10:23
初期のアッシュはジャズっぽい要素も見られて、長尺な曲ではプログレ的なアプローチも独創的でした。本作こそが彼等の本質ではないかと最近思い直しているところです。
私のオススメから3曲です。
"Blind Eye"
得意のシャッフルビートのロックンロール。ドラムプレイがジャジーなのも面白いです。
バックの転がるピアノは何とプロコル・ハルムのマシュー・フィッシャー!
"Errors of My Way"
初期の彼等と言えば英国フォークらしい翳りも印象的。寂しげなコーラスワークもこのバンドの抒情味ですね。
"Phoenix"
初期を代表する大曲。静かな立ち上がりからドラマティックな展開。彼等の真骨頂です。
物悲しい歌メロを補完する役割がアンディとテッドの哀愁ツインリード。感情過多なフレーズをハモらせてクライマックスへ。強烈な英国臭に圧倒されます…。
最後までありがとうございました!!😂
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