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2023年8月に読んだ本

1 市川沙央『ハンチバック』★★★★☆

人生が賭けられている、故にヒリヒリする。どこかで言われていたポリコレをなぞるような記述が、誰にも文句を言われない誰も傷つけることのない何も言っていない文章が、氾濫する中、これは魂。金原ひとみを連想した。

2 藤本哲明『attoiumani_nizi』★★★★★

第一詩集、始まりはセブンイレブンで、第二詩集は出立のあと、120年完成しないローソンを見遣る、藤本哲明の詩には乾いた抒情がある。すべては過ぎ去った後で荒涼としているのだが、日常の片隅に転がるようにしてある「九月一匹」だったり「Loveless、その後」だったりに僅かながらの湿り気を覚える。湿り気がまだ辛うじてこの指にもあると自覚する。それは過去のことなのに常に前方にあり、ゆえに無碍にはしづらい。試みはしたが、やはり難しいと云う。

今朝がた夏を刻み終えた男の全身を漂白してベランダに干したところだと云う
熟すことも腐ることもなく ただ 秋がくればカサカサと鳴るだろう
できることなら、血の匂いのしない図鑑をくれ 魚鱗を貼付けたせいで
この夏を越せないなどというおまえの言い分がいまはつらい

内容もリズムもところどころ安川菜緒を思い出す、戦時下の生活。

じゅうぶん
泣き濡れ
レスト・イン・ピース
など

覗き込む余地、
いっさいない

時間を遡上する書くという営みにおいて詩は自分の前にごろんと無造作に転がっている。そいつを少し転がしてみる。「ZUTTO MIKATA DA.」これがカッコよく言えるのは藤本哲明だけだと思う。これから何度も読むだろう。

3 今宿未悠『還るためのプラクティス』★★★★★

すべてを読んでいるわけではないのであれだが、インカレポエトリの中では一番よい。次の中原中也賞、獲ってもおかしくないのでは。すでに獲っているインカレポエトリの2冊より個人的にはよいと思う、好きだ。
自分の身体という一番身近な他者をめぐる言葉がある。言葉も他者だ。自分の身体のことを言葉にするとき、身体より言葉の方が近い他者である、けれど、痛みを感じるとき、言葉より身体の方が近い他者である。身体と言葉の距離というか立ち位置の入れ替わりが目まぐるしくある。そして女性という性は常に外からやってくる。それは身体であり、言葉である。

夜遅く
いちじくは実の内側に花をつける
その静けさくらいたしかに
したたかに
抱いてください いまでも
歓楽街を抜けて
深く 紅く はしる 河面を 反射する 光 の奥にある 耳が つめたい
流れている 時を 盗み見る 足を踏みこむ 舟が揺れる 水路へさらわれ
ていく水々 眠っている魚
下唇を噛む ばらばらの手を一つにする
いちじくの
花が開いて、開いて、開いて、
実の密度が増して、増して、増して、
はじけてしまう前に、摘み取らなければならなかった、

これからが楽しみである。描き続けてほしい。

4 青松輝『4』★★★★☆

君たちにたしかな終わりが来るまでの空気が透明なら抒情せよ
僕のさいしょの恋愛詩の対象が、いま、夜の東京にいると思う

今っぽいなと思う。最果タヒ以後であり、最果タヒ以後がある。君がいて、はじめて僕が立ち現れる、君のいないところには僕もいなかった。

5 ゴトウユキコ『天国』

相変わらずよい。桃に刃物を入れるような気持ちになる。産毛の生えた桃色と蒙古斑のある臀部。漫画は短編集を出しにくいという話を聞いたことがあるが、もしそうであるなら私は短編集が好きなのでもっと出しやすい環境になるといい。『水色の部屋』をもう一度読みたくなった。

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