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2022年11月に読んだ本

別に師走、然程忙しかったわけでもないのにまーた遅くなった。

1 鳥飼茜『サターンリターン8』★★★★☆

物語は佳境に。醜悪な人間たちが巻を追うごとに更なる醜悪さを見せていく。特に物語のキーマンであるアオイのイメージがどんどんと悪くなる。こういう人間を「ヤバい」と形容することのキモさは耐え難いものがある。どこまでも醜く、愚かさゆえに愛せるということもない登場人物ばかりで、とる行動もすべて凡庸、語られる心情もありきたり、なのにここまで面白いのはすごい。

2 ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』岸本佐知子訳★★★★☆

『オレンジだけが果物じゃない』がとても面白かったので読んだ。『オレンジだけが~』ほどの衝撃はなかったが、よく書けている小説だと思った。孤児の少女が盲目の灯台守の見習いになる話、と言われてもさほど面白そうだとは思わないがこれが面白い。灯台守の仕事は光を絶やさないこと、それはつまり物語だと、だから物語を自分で語れるようになる必要があると灯台守は説く。作中話にもかなりのページ数が割かれている。この物語の本懐ではないように思うが、私は主人公の少女が灯台守に引き取られる前、母親と崖の上の斜めの家で暮らしていたときの描写が『オレンジだけが~』っぽいトンデモ具合で好きだ。

3 春日武彦『鬱屈精神科医、占いにすがる』★★★★★

春日武彦がここまで危うい人だとは知らなかった。60代になって自分の作家としての中途半端さにここまで悩み苦しめるのはすごい、体力がある。普通もっと手前で力尽きて適当に諦める。境界性パーソナリティー障害までは行かないとしてもそれに近しいパーソナリティーを持ちながら、自殺せずにここまで生きられたのもすごい。しかしこれからでも自殺してしまいそうな人である。平たく言えば、「わかる」と「できる」の間の途方もない径庭をまざまざと見せられたという感じ。そこまでわかっていてもできないんだなあ。

4 文月悠光『パラレルワールドのようなもの』★★☆☆☆

よくは知らないが、第三詩集から今回の第四詩集までの間に随分苦しい時期があったようである。全編通読して私は「優等生すぎる」と感じた。クソ真面目。それは彼女の持つ善性だと思うが、私の好みの人柄・作風ではない。あとこれもあるある、こういうあるあるに収束させてしまえる時点で私はこの詩集のよい読み手ではないが、辛いことがあったあとなどメッセージが強くある詩は抽象的で説教臭くなりやすい。最果タヒは詩のデザイン化に走り、文月悠光は詩のメッセージ化に走っている。しかしこの詩集は読む人が読めば救い的に働くのではなかろうか。

5 井戸川射子『この世の喜びよ』★★★★☆

楽しみにしていたので今日くらいから店頭に並んでいるだろうという日を見計らって買いに行った。井戸川射子のよさってどういう風に言語化したらいいんだろう。何てことない日常的な風景、平凡な人たち、特に大きな出来事も起こらなければ感情の起伏もない、語りの上手さだけがある。書くことは書かないことを選ぶこと、その選び取りが的確過ぎる。

6 アニー・エルノー『嫉妬/事件』堀茂樹・菊池よしみ訳★★★★★

SNSで嫉妬の感想を見てこれは面白そうだと思い購入。やはり面白かった。
アニー・エルノーは今年ノーベル文学賞を受賞したフランスの女性作家で、オートフィクションの旗手。シンプルで無駄のない洗練された文体が特徴的。
嫉妬の方は、インテリ中年女性が別れた男の今一緒に住んでる女に嫉妬しその女をどうにかして特定しようとする話。今でいうハードなネットストーカー。語り口が淡々としていて面白く、私はかなり共感できる。
事件の方は、中絶が違法だった頃のフランスで妊娠してしまった大学生が闇の中絶請負人「天使製造業者」のもとで危険な堕胎をする話。妊娠する確率を0%にするにはセックスをしない以外の方法はないし、完璧でない避妊状態でのセックスを一度もしたことがない人というのもまた少ないだろう。だから、私が今まで妊娠・堕胎をせずに済んできたのはただ運がよかっただけ、ということだ。そんなことを思いながら読んだ。妊娠した場合、身体的なダメージを負うのは女性であり、精神的なダメージもそのほとんどを女性が負うことになる。勉学一本で階級を越境し大学に進学した優秀な彼女が妊娠していると分かるや否や露骨に軽蔑の色を滲ませる男友だちや堕胎後運ばれた病院で彼女に向かって差別発言をする男性医師、堕胎後もっと安くやってくれる「天使製造業者」を知っていたのにと言ってくる知人などあーこういう人たち出てくるんだろうなと想像できるリアルな面々。トイレでの堕胎シーンは強烈。しかし終始文体が淡々としているのでつらくて読めないということはない。映画も12月に公開され、それも観た。原作を完全に忠実に再現しているわけではなく、映像的な見せ場のようなものもところどころに配置されているが、基本は彼女の坦々とした語りを踏襲している。主演の女優も綺麗な方だった。アニー・エルノー自体写真を見る限り綺麗な人である。ミソジニーの男性は中絶を反対しただけのために胎児の権利を持ちだしたりするが、胎児の権利は胎児の権利で議論するべき問題だとして、目の前の言葉と意志を持つ人間の権利に対して向き合うことのできない人間がどうして言葉も意志もまだ持たない人間の権利について有益な議論ができようか。色々この小説に関係あるのかないのか分からないことまで書いたが、アニー・エルノーは書くことで闘う人であり、それが一つの形として評価されたことは世界全体にプラスになることだろう。

7 アニー・エルノー『シンプルな情熱』堀茂樹訳★★★★★

先述の『嫉妬/事件』が面白かったので続けて読んだ。彼女の著作で簡単に手に入るのはハヤカワepi文庫から出ているこの2冊だけだ。
バツイチ中年女性が若い妻子持ちと不倫する話。シンプルな情熱とはつまりストレートな肉欲ということだ。外国人で若くて体がいいだけの男、つまり軽蔑の対象である人間に翻弄されることは快楽だ。喜びと苦しみ、アンビバレントなパッションについて書かれている。面白い。

8 ヴァルター・ライナー『コカイン』灰村茉緒訳★★★★☆

友人の翻訳書。ヴァルター・ライナーは少なくとも日本では全く無名のドイツ表現主義の作家。本邦初訳。
タイトル通りコカイン中毒者の話である。とにかくコカインを打ちまくる。ほんと信じられないくらい打つ。短いお話で、おそらく物語上の時間も一日かそこらしか流れていないのに、余裕で10発以上打っている。彼の苦悩と絶望は凄まじいものがあるのだが、しかしどこまでも陳腐で、幻覚さえも凡庸である、そのこと自体が、この時代と都市の批判になっているとも言えるのかもしれない。


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