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来世は恋人として。

私が一人の男に沼り、彼を忘れるために遊びに明け暮れていた頃。

出会ったのは、一人の爽やかなお兄さん。

いつもの様にアプリをぶん回し、いつもの様に夜に会う予定を立て、いつもの様に合流。

適当に夜の道をドライブして、ホテルへ向かう。

無双していた私からすると、ごく普通の身体の関係の作り方である。

「俺本当に恋人作るのトラウマなんだよね」

アプリで身体の関係で遊ぶ人は、男女関わらず過去の恋愛にトラウマがある人が多い。
彼も、その一人であった。

「じゃあ気楽に会える関係でいようね」

私はそう言って彼とホテルへ向かった。

スタバでバイトをし、看護学生、漫画に出てきそうな雰囲気の爽やかイケメンである。
そんな彼に沼る女の子は多く、彼はそれに悩まされてきていた。

「だから最近は割と、一人の時間が好きなんだ」

一人旅が好きな私は、思いの外その話で盛り上がる。

初対面で一夜を過ごし、翌朝目が覚めると隣に彼がすやすや眠っていた。

端正な顔立ち、閉じた目から伸びるまつ毛が長く、羨ましいな…と思いつつしばらく凝視する。

「…ん?おはよ」

寝起きのふわふわした雰囲気に、流石に心がドキッと鳴る。

…こりゃ女の子沼るわ。

そう思いながらおはよう、と挨拶を返す。

「朝ごはん届いてるよ〜食べよう!」

ルームオーダーで頼んだ朝食を二人で机に向かい合って食べる。
垂れ流しにしているテレビのニュースをボケーッと見ながら、特にこれといった会話はない。

しかしなぜだか、その時間が心地よかった。

「なみ、すっぴんも可愛いね」

二人で朝風呂に入っている時に、彼が不意にそう言った。

「えぇ〜〜そりゃ光栄ね、ありがとう」

照れ隠しもあり、私は笑って受け流した。

「本気で言ってるよ?」

少しむくれた彼が可愛かった。
可愛さにニヤニヤしていると、不意に唇を奪われた。

「あと、なみの唇ふわふわしてて好き」

これはずる〜い!!

心の私が叫ぶ。あまりにも可愛い。

お風呂から上がった後も、彼はそれを口実に何度も何度も唇を重ねてくる。
まるでカップルのようなじゃれあいに、今までの都合のいいだけの関係では満たされなかった何かが少しだけ埋まったような気がした。

「じゃあ、また会おうね」

ここで別れてまた会える男は二分の一。
大体の男はどれだけ甘い言葉を吐こうが消える。

彼は私と解散して5分後にLINEを送ってきた。

『楽しかった。次いつ会える?』

ハイスペックなセフレを手に入れて、私は心が踊った。

それから一ヶ月に最低一回は会うようになった。

気になってたお店のご飯を食べに行ったり、ポケモン好きな彼の為に色んなお店を回ってガチャガチャを回す旅をしたり。

ただの友達みたいな時間もそれなりに過ごした。

ただそれらも全て、私達二人にとっては「付き合っていない関係だから楽しい」ことであった。

お互い恋愛に飽き飽きして、それでも寂しさは都合よく埋めたい。

そんな二人の需要が一致しているからこその時間だった。

いつもの様に二人でホテルに入り、無心でテレビを眺めている時だった。

「…俺、なみといる時が一番気が楽だな」
「奇遇だね、私も全然気遣わなくていいから楽」

その先はない。

このままだからこそ、気が楽だった。
私達二人はそれを誰よりも理解していた。

だから、私達は他のセフレの話もよくしていた。

「この前言ってた女の子が〜」
「前新しく会った男の子とね〜」

ある意味、お互いに隠し事は何も無かったはずだ。

私達は共通の知り合いが1人もいない。
だからこそ、何もかも気兼ねなく話せていた。

しかし、私らは恋愛の話はあまりしなかった。
あまり、どころかきっと全くしていない。

彼は彼氏持ちの女の子や、他に本気で恋してる女の子はあまり抱きたくない、と過去に話していた。

本当に遊びだけの関係でいたい。

恋愛に疲れた彼は、困ったようによくそう言った。

だから、彼を切ろうと思ったのも突然だった。

『ごめんね、もう会えない。』

私は彼氏が出来る直前、彼にそうLINEをした。
他のセフレには、彼氏が出来たら会えない!ばいばい!と有無を言わさずに切るつもりだったが、彼だけはちゃんと段階を踏んでさよならしようと思った。

『そっか、寂しいけど、分かったよ』

彼らしい文面に少し罪悪感が湧く。

関係はただの都合のいい関係。
世間一般的に見れば、しょうもない関係。

『一緒にいる時間、すごく楽しかった、大好きだった。』

私は泣きそうな目を抑えながらそう送る。
一分せずとも返信が返ってくる。

『俺もなみといる時間、楽しかったし大好きだった。』

『また来世で会えるといいなぁ』

涙が抑えられなくなった。

ただの、ただの都合のいい関係。
それでも彼は、私自身を見てくれていた。

忙しない毎日で仕事柄、重い肩書きを背負っていた。
その肩書きを抱えるが為に、私は鬱病を患ったりした。

鬱病になった事も、大好きな仕事だけど、肩書きが正直に言うと重いことも、彼には話せた。

彼は肩書きを背負っている私を知らないから。

『なみは俺が思ってる以上にしっかりしてるから大丈夫だと思うけど、抱え込みすぎないでね』

涙をぼろぼろ流す私を知らない彼は、どんどん優しい言葉をかけてくる。

肩書きを降ろした私に、来世でも会いたいと思ってくれていたことが、何故だかすごく嬉しかった。

その場しのぎの軽い言葉かもしれない。
けれど、その言葉は私に深く響いた。

『ありがとう、本当にありがとう』

『こちらこそ。あとね、
俺言いたい事あったんだ。』

『なに?』

『俺、県外で就職決まったんだ。』

いつもLINEは素っ気ない彼が、珍しく色んな話をしてくれた。

きっと、次会った時に話すつもりだったんだな。

初めて会った時はどちらかと言うとミステリアスだったのに、今は手に取るように彼の感情が分かる。

県外で就職、彼はきっとそのタイミングで私とさよならするつもりだったのだろう。

『きっと良い人見つけたんだよね、幸せにね』

彼は最後まで私との関係を戻す素振りは見せなかった。

女の子の恋愛の邪魔はしない。

彼なりのルールだったのだろう。
私はそんな彼だから、関係を続けられたんだ。

『元気でね、ばいばい』

溢れ出て止まらない涙を拭いながら送信ボタンを押す。

その後、彼から返信が来ることはなかった。

来世では、

来世では、
恋人になれたらきっと楽しいだろうな。


私はそんな淡い想いを抱きながら、彼と過ごした日々を不意に思い出したりするのだった。

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