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結婚するなら君がいい。

大学一年の春。

私はグラウンドで君に出会った。

その頃の私は、全く別の夢を追いかけていて、野球で生きていく強い意志を持っている君と同じ道に立つことなんて考えていなかった。

ピッチャーであり、エース候補と呼ばれた君のマウンド姿に、私は一目惚れした。

「ねぇ、私君のマウンド姿、今まで見てきたピッチャーの中で一番好きかもしれない。」

マウンドを降りてダウンする君に私はそう声をかけた。

「物珍しいね、ありがとう。」

女の子と接することに慣れていない君の笑顔を見るのには、相当な時間がかかった記憶。

無口で、全く遊ばず、チャラくなくて、ただ、ただ必死にプロになりたい夢だけを見て真っ直ぐ走っている君の姿が眩しかった。

私はその背中を見ているのがどうしようもなく好きで、必死に後ろを着いて行った。

君は少しずつ私に慣れてきて、色々な話をしてくれるようになったね。

いつだったか、二人でグラウンドからの帰り道、自転車に二人乗りして帰った日があった。

「お前が女の子の中で一番喋りやすいかな」

突然そんな事を言うもんだから、私は嬉しすぎて思いっきり後ろから君に抱きついた。

嫌がる素振りも見せず、少し嬉しそうに口を緩ませる君の表情が、私は未だに思い出せるよ。

また別の日、君がその時良い感じだと言う女の子と三回目のデートを終えた次の日だったかな。

同じように自転車を二人乗りしながら帰っている時に

「ねぇ、あの子と昨日三回目のデートだったんでしょう?告白したの?」

と私が聞くと、

「いや、してないし、なんか冷めた。」

そう答える君に驚いたと同時に、私は少しホッとしたんだ。

「そっか、もったいないなぁ、可愛かったじゃん、あの子」

ホッとした自分がバレないように、私はゆっくりとそう呟いた。

「うーん、まぁそうだけど、何かご飯全然食べないんだよね、少食すぎて気遣う。」

体作りにストイックな君らしい感想に、私は声を出して笑った。

「なにそれ、絶対君のことが好きだから緊張してご飯食べれてないだけだってば」

君はその言葉を聞くと、いつもの帰り道と違う方向に自転車を走らせ始めた。

「え?どこ行くの?」

「俺はいっぱいご飯食べる女の子がいいの!ラーメン行くぞ、ラーメン!」

「えぇ、今からラーメン?!」

「お前なら食えるだろ、強制な!」

あの時二人でラーメンを食べに行った意味を、私はもっとしっかり考えていれば良かったかな。

丁度その時、私も彼氏を振ったばかりだった事もあり、二人で「俺らは野球が恋人だな!」とゲラゲラ笑いながら話していたね。

大学二年の秋。

君の誕生日、私は君にサプライズを仕掛けた。

不器用な私はサプライズが上手く出来なくて、バレバレな状態になってしまったけれど、普段無表情な君はとても嬉しそうな顔をしていたね。

「ありがとう。嬉しい。」

祝われ慣れてない君の恥ずかしげなお礼に、私の方が嬉しくなってしまったな。

私がプレゼントしたランニングシューズに、紐を通す君の横に座って、私は君を見ていた。

「私ね、君が野球で成功する姿見るのが、一番幸せなんだ」

私は君に気持ちを伝える事に何の躊躇いもないんだ。

恥ずかしい、とか、気持ちが返ってこなかったらどうしよう、なんて気持ちよりも、君が大好きすぎるから、そんな事考えてる余裕がないの。

だから私はいつも、好きだと思ったらその場で君に「好き」って伝えているんだ。

けれど、その「好き」を恋愛として受け取ったら部内恋愛禁止の中でその感情が成立する事はない。

それをお互い分かっているから、君はいつも私の「好き」をはいはい、と受け流していた。

それでいい、それが正解だと分かっている私はこの時もいつも通り受け流されると思って言った言葉だった。

「…じゃあ、絶対幸せにしてやるよ。」

君はいつも、照れると私と目を合わせない癖がある。

そう言った君は、一瞬だけ目が合って、すぐに逸らされてしまった。

まるでプロポーズみたいな君の言葉が嬉しくて、私は静かに君との距離を近づけて、肩をくっつけた。

「やったぁ、楽しみだなぁ」

あまりにも嬉しくて、少し涙ぐんでしまったのは内緒。

そんな恋愛にしか見えないようで、簡単にそうとは言えないこの関係が、私はとても好きで。

君と過ごしてきた四年間は、これだけじゃ語りきれないくらいに大好きな四年間だった。

けど、そんな私は、君の引退間際のこのタイミングで、他の選手達と揉めて、ノイローゼ気味になり、グラウンドへ足を運ぶ事が出来なくなった。

選手全員が敵に見えて、孤独で苦しくて辛い私に、君だけが、いつも通り接してくれる。

「ご飯行こう、俺はいつでも話聞いてやるから。」

そう言ってご飯に連れ出してくれた君の事が、私はやっぱりたまらなく大好きだった。

部活のことを半泣きになりながら話し、将来の夢の話もした。

「お前は頑張ってるよ、何も悪いことをしていない。あいつらがガキだから、お前がそこまで追い込まれてることに気づけてないんだよ。」

部内でたった一人、プロを目指す君だけが、私の味方でいてくれる。

私は君の存在だけが、生きる意味でもあったんだ。

野球の為だけに生きる私の、唯一の意味。

帰り道、自転車から車へと変わった二人の帰宅手段。

私はしょうもないことで笑わせて元気づけようとする運転中の君に言った。

「ねぇ、30過ぎてもお互い相手がいなかったら結婚しようよ」

いつも通り、スルーされる上での冗談交じりの言葉のつもりではある。

けど、私、結婚するなら君がいいんだ。

「…まぁ、いいけど、お前以外、いないし。」

少しだけ耳が赤くなった君に、私は期待してもいいのかな?

「待ってるね。」

色んな恋愛をして、色んな彼氏が出来て、色んな経験をしてきた私が、今更こんな純情な恋愛をするような資格があるとは思っていない。

けどね

私、どうしても、結婚するなら君がいいんだ。

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