大人はもっと綺麗だと思ってた⑵
それは大学二年の秋、部活の試合で他大学へ遠征した時の事。
「部活楽しいですか?」
話しかけてきたのは、相手大学の選手。
試合の裏方で仕事をしている時、
相手も同じ場所で試合の補助をしていた。
手さえ動かしていればいいので、
私達は口の暇つぶしに会話を始めた。
「高校はどこ?」
「この選手はどういう選手?」
最初は部活の話をしていたが、
次第にプライベートの話になっていった。
「彼女はいるの?」
そう聞いてくる彼の顔を見て、
私は「いたらいいのにね」と笑って首を横に振る。
試合が終わり、その場を離れようとした時。
「ねぇ、連絡先教えて、また話したい。」
Instagramを交換した。
そこから何度かやりとりをして、LINEに移行し、私たちは二人でご飯に行くことになった。
「俺が美味しいお店探しておいてあげる。」
そう言って案内された焼肉屋で、
私たちはまた他愛もない話をしながら食事をした。
私は彼から目が離せなかった。
彼の部活で見た時の姿と私服のかっこよさのギャップで、いとも簡単に惚れ込んでしまったからだ。
食事を終えて店を出て、車に向かって歩き出す。
「ごちそうさま、ありがとうお金出してくれて。」
私がそう言うと、彼はニコッと微笑んだ。
「いいよ、またどっか遊び行こうや。」
彼の手が私の頭に伸びて、クシャッと頭を撫でる。
胸の奥がキュンっと疼く感覚がした。
部活バイトで忙しない日々を送っていた私は、久々に感じたその感覚を、恋だと確信した。
それから私たちは毎週のように会うようになった。
ご飯行ったり、買い物したり。
傍から見れば普通のカップルだった。
毎日気を張り続けていた私にとって、
彼に会う時間は唯一現実から逃げられる時間だった。
「お前ほんとすげぇよな、俺尊敬してるよ。」
彼はいつも私を褒めてくれた。
今まで誰にも頼れず一人で生き抜いてきたつもりだったのに、私は彼に会う時間に依存した。
ある日、夜景を観に行こうという話になった。
しかし当日になると雨が降り出した。
彼の家まで車で迎えに行って彼を待っている時、天気予報を見ながらこれじゃ夜景観に行けないや…と落ち込んでいたら彼が車の窓ガラス越しに顔を覗かせた。
「夜景は今度にしようか、俺の部屋来る?」
何度か遊んではいたが、彼の家に行ったことはなかった。
私はすぐに首を縦に振った。
二人でレンタルDVDショップに行き、映画を借りて見ることに。
「ホラーは好き?」
「俺はあんまり…でも観たいなら観るよ。」
「じゃあこれがいい、これ見よう。」
「いいよ、他にもお菓子とか買って帰ろうよ。」
その後、彼の家に二人で帰宅。
「お邪魔します…」
「靴、適当にその辺置いといていいよ。」
男の子の部屋なのにとても綺麗にしているのが印象的だった。
私は緊張しながらベッドに背をもたれる形で、
彼の横に座った。
彼と肩が少しだけ触れ合っていた。
その肩がとても熱くて、私が火照っているのか彼も緊張しているのかよく分からなかった。
映画のホラーシーンが来る度にビクッと反応していたら彼はさりげなく私の肩に手を回し、抱き寄せた。
「怖い?」
「うん、でも面白いね。」
雰囲気を出す為に部屋を暗くした事が、距離を近づけるにはちょうど良かった。
彼が何度かこちらの様子を伺っていた。
私が彼に顔を向けたらどうなるか察した。
私はしばらく心の準備をしていた。
「よし…!」
心の中で決心して、彼と視線を合わせた。
彼は少し口角を上げて、私の頬に手を添えた。
「全然映画の内容入ってこやんね。」
地方出身の彼の方言が可愛くて反応が遅れ、
返事を返せないまま口を塞がれた。
私ももうその後の映画の内容は覚えていない。
映画を観るフリをして、
隙あらば私たちはキスを重ねる。
映画がエンドロールに入った瞬間、
彼は何かのスイッチが入ったように私をベッドに押し倒した。
「先シャワー浴びる?」
そう聞いてきたにも関わらず、言葉が体に追いつかないのか、彼はキスを繰り返した。
「ねぇ、苦しいってば」
私が笑いながら息する暇をもらうべく呟くが、
彼は全然言う事を聞いてくれなかった。
私に夢中になってる、この人。
そう思うと、私の幸福感が満たされた。
私は必死に彼についていった。
しばらくして、お互い息があがった状態でようやく体が離れた。
「…ごめん、止まらなかった。」
少し申し訳なさそうな顔をした彼が、
そう言って私の頭を撫でた。
「ううん、いいよ。シャワー浴びる?」
彼のシャツを借りて、
私たちは二人でシャワーを浴びた。
小さなアパートの一室、狭いシャワルーム。
「ねぇ狭いって!」
二人でげらげら笑いながら体を寄せてシャワーを浴びた。
シャワーを浴び終えて、二人でベッドに戻る。
当たり前のように彼は私を抱き寄せた。
部活で鍛えられた分厚い胸板、すらりと伸びた腕と脚。
人に抱きしめられながら眠りにつくのはいつぶりだっただろうか。
地元を離れて、ずっと一人ぼっちだった私にとって、彼は救いの手を差し伸べてくれた王子様のようだった。
その日はキスを重ねる以上の事はしなかった。
それが私を大事にしたくて先に手を伸ばせなかっただけの事なのか、私を抱くほどの価値がない女だと思っていたのかは、未だに分からない。
けれど、彼の腕の中は何よりも安心する場所だった。
しかしそれはただの、地獄の始まりに過ぎなかった。
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