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『日本版バッド・フェミニスト(オートエスノグラフィックな何か 7)』

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1. ジェンダーを教えること自体が一つのアクティビズム

私は教員生活の間、20年近く、ずーっと学生からのトランスヘイトを浴びてきた。ミソジニーも浴びてきた。でも、それを話しても、ほとんど理解されなかった。なので、話してもしんどいので、話すこともなくなっていた。

そもそも学生時代、方々のゼミで発表しても、学会発表をしても、トランスヘイトを浴びていた。講演会をしても、同じ。トランスヘイトと同時に、ミソジニーも浴びていた。100人超える授業でも、起立して大きな声で批判する人も居る。だから、どうやってそれを避けながら話をするかは、日々、現場で会得した。

教員デビューした2000年半ば、最初の授業で、出生時に医者がペニスの有無を見て性別を決める旨説明するのに「ペニス」と私が言った瞬間、200人超90%男子学生が一斉に2メートルくらい後ろにザーッと引いた。私はそのように感じたが、実際には、ほんの20cmくらいだったろう。でも、当時の学生には、それくらい衝撃的だったようだ。私にとっては、セックスとは何かの説明の出だしでそんな。しかし学生の衝撃は、その後、嫌がらせの嵐につながる。

「エロのことなら鶴田に聞けよ」 コメントペーパーに実際そう書かれたし、コメントにはエロいことを散々書かれた。それについて授業で問題点を指摘し説明すると、授業の後、男子学生にぐるっと囲まれて糾弾された。恐怖で戦慄した。それについて、先輩のジェンダー教員に相談すると「若い女性のジェンダー教員の通過儀礼(イニシエーション!)」だと言われた。つまり、みんなあっているから、そんなもんだということだろう。他には、ストーカーにあっている人もいたから、ましだったのかもしれない。

成績を決める際、大概の教員は結構大変な思いをする。私は、単位取得に満たない成績の学生の男友だちたちに、単位をよこせと、これまたぐるっと取り囲まれる。知り合いの180センチ超える教員は相撲部の2m超えに囲まれても「出せないものは出しません」と言って頑張ってたし、私も、もちろんキッパリ拒絶していた。私も彼もレイプされる可能性だってある。レイプは最高の戒めや罰だと、男社会では安易に考えられているからだ。ジェンダーやセクシュアリティについて、教えていることからの両者に可能な連想。彼も私もその時は毅然としてるけど、よく酒飲んで辛さをシェアしてた。

学生の感想も悲惨だ。基本時にはヘイトクライムやミソジニーがばんばん書いてある。なので、次の回の頭に、必ず解説をする。それを毎週繰り返して、次の年には、出そうな反論や質問には、あらかじめ予防線を張る。それでカバーできなかったものについて、その年の間もずっと、次の回に解説する。それを繰り返して、年々、反論の封じ込め方がわかるようになった。


2. No Pride, No Beg.

ヘイトクライムを言う人やアライ未満にも、絶対に怯まず、苛立たず、説得的にこんこんと説明する。怯むとつけ込まれ、苛立つと「女のヒステリー」と言われる。アライ未満にダメ出しするなんてバカげたこともせず、どんなやつでも味方にしようと頑張る。フェミニストを女性に限定しては、マックスでも人口の半分くらいにしかならない。江原由美子の言う通り。LGBTQIA+とアライならさらに少なくなる。トランスは人口の数パーセントしか居ない。マジョリティを味方につけなくては、力は持てない。これは、アーロン・デヴォーの言う通り。

本当は田嶋陽子になりたいが、ひたすらファイティングポーズは我慢。同じ手を使ったら、同じように叩かれて、しかも総合的な影響力は増えない。アンチトランスにもセクシストにもヘテロノーマティブな意見にも、怒りを炸裂させるのは、我慢に我慢を重ねて、あらかじめ予測される不本意な批判を、一つ一つ丁寧に封じた上で、「あなたが悪いって言いたいんじゃないんです。もし傷つけてしまったならごめんなさい」と謝り、学生の理解速報に徹底的に合わせて説明する。

フェミニズムということばも、学生さんが、そういうものなのかと思わざるを得ない最後の最後のタイミングで、そっと「実は、こういうのを、フェミニズムって言うんですよね」と後出しで、どうしても拒絶するのが難しい形で言って、「あれ、なんか思っていたのと違ったわ」と思ってもらう。最初の方で「フェミニズム」などと言おうものなら、偏見が強く、その後、ほとんどの話を聞くのすら拒絶されてしまう。

そういう私のやり方により、またリアクションペーパーへの私のリアクションにより、いろんな学生が混在する授業中に、何を言うと何を言われ、何を言われた時に何を言うと身を守れるか、どういう風に話すと味方についてもらえるか、そういうことを学べる学生さんが必ず一定数いる。なので、授業の冒頭のこのコーナーには、必ず一定数の固定ファンがつく。その人たちに励まされながら、頑張れるだけ頑張る。

授業での私のスローガンは、“No Pride, No Beg“  すなわち「下手に出てお願いしなければ、プライドは獲得できない」 ケイト・ボーンスタインの芸風そのまんま、である。

これは実際問題、やるのは、めちゃくちゃ大変。授業全部の期間をかけて話して、その結果、最終的には、毎年合計200人くらい味方を増やすというのが、私の目標だった。10年で2000人。少ないかもしれないけれど、確実な味方。それ以上人数を抱えると、隙ができて効果が下がる。

そういう授業スタイルでやっていると、学生さんが感想で「褒めてくれる」ようになる。本当に驚くのは、男子学生さんたちは、私を上から見下ろすように「褒めてくれる」こと。どうやって、いつの間に、そんなふうに上から褒めてつかわす的な技を獲得してるのかと最初は驚いたけれど、それこそeveryday language ならぬ、everyday sexist教育の賜物なんでしょう。読んでいると、じわじわ効く。ボクシングにおけるボディである。

「鶴田先生は他のフェミニストと違う」という屈辱でしかない褒め言葉を全身に浴びながら、それでも、それを通常業務のプラスアルファの仕事としてやる。ジェンダー関連の授業は、常に削減にさらされるので、どこでも基本的に持ち出しだ。それなのに、ジェンダーも教えられる教員は増えず、むしろ減らされる一方。

「鶴田さんが移動したら後任は誰ですか?」って、私の千葉大のポストはジェンダーのじゃなかった。国立大の「ジェンダー教員集団」のメンバーは、みんなそんなだ。別の名目で雇われた、最初からノルマがプラスされてる持ち出しジェンダー教員。しかし、ジェンダー関連の授業を学生が受けられる機会は、基本的にその無償労働と努力で維持されている。


3. そうして、みんなバーンアウトする

こちらでも、サチはハンブルだと言われ続けるけれど、ケイト・ボーンスタインも、そういう話し方をしていることからわかるように、複雑な上に不本意な話、聞きたくない話なんて、聞いてもらえないんである。

日本で、以上のようなことついてジェンダーと関係ない授業をしている男性教員に話すと「屈辱的」と言われて、余計にショックを受けたりする。でも、反発して手に負えないよりマシだと思って、ずっとそうやってきた。それに先にも書いたように、田嶋陽子的に話したいのは山々だが、全体の戦力を考えると、全員あの戦法って訳にはいかない。向き不向きもあるので、私のような戦法は、そんなにできる人もいない。人にできないことをやる方が、全体の戦闘力が上がる。

ただ、単発の授業とか、オムニバスでは、フォローしきれないので、それなりに酷い目に遭う。

そうして授業するだけで、疲労でヘトヘトになる。気を張り巡らしてやり、反発されヘイトクライムを言われミソジニーを浴びせられて傷つき、上手くいっても上から褒められて、屈辱がボディのように効く。

黒人のプロフェッサーであるロクサーヌ・ゲイは、レイシストにレイシズムを教える女性の経験として、同種の経験を『バッドフェミニスト』に書き、バーンアウトした理由としている。

私はファーストネーションのジェンダー平等を教えるトランスジェンダー・スタディーズ・プロフェッサーだったから、私の経験が『バッドフェミニスト』そのもので、結果バーンアウトしたのは、ある種の必然だろう。


さて、次回は、教員関連イジメ被害経験か、事務関連イジメ被害経験、ですかね。お楽しみに。


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