「アフリカの夜」㉑12分ものワンシーン

ドラマ「アフリカの夜」。長ゼリフが多いだけでなく、長いシーンも多い。第8話のみづほの生還パーティーもたくさんの要素が詰まった長いシーンだ。

指名手配中の亀田伸枝であることがバレたと思い、逃亡したみづほ。しかし、逃亡先で心身ともに疲れ、メゾンアフリカの仲間の優しさに絆されて戻って来る。翌日、礼太郎の部屋で開かれたのが「丸ちゃんのお母さん生還パーティー」。12分もあるシーンだ。

このパーティーで話を展開させるのは、緑。緑のお人柄については ↓

緑の役割は大きく二つ。
1.みづほの秘密を露呈する(図らず)
2.有香と礼太郎の別れを決定的にする

礼太郎が八重子ばかり褒めているから、「お兄ちゃん!私だってこんなことしてるもん!」とでも言いたげに日記を見せびらかす。

緑「ひとりで屋上に座って、あとなんとか、あとなんとか、何言ってるか聞こえなかったけど、ひとりでブツブツつぶやいてた。ミステリアス度、8」
日記の絵。
緑「四月の十八、パーティーしてるとき、写真撮ろうって言ったら、激しく抵抗して、美人なのにブスで写るからなんだって、なんか変。ミステリアス度、15」
日記の絵。
緑「四月の九日、一人で屋上で泣いていた。ミステリアス度、5」
良吉「……」
みづほ「やだ……ね……?」
有香が、日記を取る。
緑「やー、もー!」
礼太郎「お前さ、いつもこんなことやってんの?」
有香「ホント暇なのね、浪人生って?」
緑「(ブンッ)……アタシ、丸ちゃんのお母さんのことは尊敬してるわ」
有香「なんか変って書いてるくせに」
緑「変っていうのは、私にとって褒め言葉なの。だから、丸ちゃんのお母さんは、とても変よ……」

大石静「アフリカの夜」第8話より

緑は、みづほを追い詰めようだとか、反応をみてやろうという気持ちはないが、みづほはドキドキする。

悪気がない緑が、秘密をバラそうとするから、見てるこっちまで心配になってくる。そして、無邪気な緑がいるから、みづほの秘密を知ってしまった八重子が際立つ。このパーティーでは八重子は寡黙なのだ。

「変っていうのは、私にとって褒め言葉」普段ネガティブに使われる言葉を私にとって褒め言葉なのっていうところがいい。
デブっていうのは、私にとって褒め言葉なの
バカっていうのは、私にとって褒め言葉なの
……ほら、どんな価値観でも受け止めるマジカルセンテンス。

私が好きなのは、この後のロースハムのやりとり。

有香「おいしい、マカロニサラダ!」
良吉「おいしい?今日、ほら、ロースハムが入ってるから」
緑「(ハムを箸で持ち上げて)ロースハムって言ってもぴらぴらよ向こうが透けて見えるような
礼太郎「緑……」
緑「サラダに入れるんだったら、ロースハムはサイコロみたいに切ってくれなきゃ美味しくないわ」
良吉「……」
緑「ロースハムの醍醐味が感じられないわ、こんなんじゃ」
有香「こんなんじゃとは何よ、こんなんじゃとは!」
礼太郎「そうだよ、緑。このねえ、マカロニとキュウリだらけの中にある微量なハムにこそ、驚きと喜びが隠されてるんじゃないか
有香「そうよ、こん中にハムがゴロゴロ入ってたら気持ち悪いじゃないの、ね?」
八重子「ええ、まあ……」
緑「(サラダの皿を奪って)何よ!みんなで!」
有香「何すんのよ!」
緑「こういうので満足してる人が、フレンチレストランなんか行くから恥かくのよぉ!」
有香「ほっといてよね!」
緑と有香、ひっぱたり、押したり乱闘。

大石静「アフリカの夜」第8話より

ロースハムからこんなケンカが起きるとは!?緑VS有香・礼太郎。マカロニサラダのロースハムの価値観は、そのまま人生観と通じる。たかがロースハム。されどロースハム。「こん中にハムがゴロゴロ」とか「ロースハムっていってもびらびらよ」といった、ディティールの細かさが人間を描写する。俳句の視点。

有香と緑が言い争うことで、またみづほが窮地に陥る。
八重子が空気を変えるために、有香のCMをみんなで見ようと提案したのだが……

テレビ画面、有香の鶴亀屋のCMが流れている。
みづほ「はー、これだわ、これ!有香ちゃん、細いからね、白いドレスよく似合うわね」
有香「……」
緑「……」
有香「え?オカンどこにいたんだっけ?」
みづほ「……!?」
良吉「和歌山の実家!」
有香「和歌山で見たの?」
みづほ「見たよ」
有香「あれ?これ、関東ローカルだけどな?
八重子「……!」
有香「和歌山じゃやってないはずなんだけどな?」
みづほ「(!)今朝見たのか?」
良吉「あ、そうだ!朝飯の時だ!」
みづほ「勘違い、勘違い。和歌山じゃね、お母ちゃんの看病だったから、テレビなんか見てる暇なかったんだわ」

大石静「アフリカの夜」第8話より

コントでありそう。

前半は、このようにみづほの秘密がバレそうなのが、緑と有香のバタバタで彩られている。

後半は、有香と礼太郎の別れが決定的になる。
始まりは、パーティーの揚げ物から。礼太郎が揚げ物ばかり食べている。緑が、八重子に礼太郎のこと太っても好きかと聞く。そこから話は急転直下。

緑「アンタには聞いてないわよ。ねえ、お父さんとお母さんは、初めてしたのいつ?今朝も、仲直りするときセックスした?」
礼太郎「お前……!(むせる)」
良吉「ストレートだね……大丈夫?」
礼太郎「失礼……」
緑「お隣さんとはいつした?お隣さんとは、出会ってすぐやったのに、管理人さんとはプロポーズまでしたのにしないのは、どうして?」
礼太郎「……!?」
八重子「……」
みづほ「……」
良吉「……」
有香「プロポーズ……?」
みづほ「(八重子に)アンタたち、そんなとこまで言ってんの?」
八重子「いえ……」
礼太郎「いや、あの」
緑「(遮り)レ~タ昨日の夜、言ったもん!」

(中略)

緑「(目に涙ためて)……」
有香「ハハハ……」
緑「何がおかしいのよ?」
有香「そういうことだったんだ……バカみたい、アタシ……」
緑「お兄ちゃんのバカ」
礼太郎「……」
緑「(八重子を指し)あなたもバカよ!なんでセックスしないのよ?レ~タに抱かれたくないの?何気取ってんのよ……バカよ……大人のクセしてダンスしてれば幸せなんて」
みづほ「ダンス……?」
緑「サイテーよ……そんなの愛じゃない!
礼太郎「いい加減にしろ、お前!」
緑「怒った……」
礼太郎「静かにしろって言ってんだよ……」
有香「いいんじゃない?アタシは納得よ……」
八重子「……」
礼太郎「……」
有香「レ~タのこと好きだけど、今度こそ一抜けた」

大石静「アフリカの夜」第8話より

いつ見ても涙が出て来る。途中から、緑が涙目になっている。これは、兄への叶わぬ思いの涙か。「サイテーよ……そんなの愛じゃない!」セリフはウソつきの見本。

それと対比し、有香はあっさりした様子。プロポーズのことを初めて知ったのに。それが、逆にグッとくる。一番辛い人が、そんなそぶりを見せないことで、逆に見ている方は辛くなる。

礼太郎が「いい加減にしろ、お前!」と言ったとき、緑が本気でビクッとなる。「怒った」と泣きそうになる緑。感情が入る佐藤浩市さんの怒号に、ともさかりえさんは本気で驚いたんだと思う。

有香「でも、これだけは言っとくわ。レ~タは、酒好き、女好き以外はイイ男よ。だけど、どっか欠落してる。それ、なんだか分かる?この人、いつも人のこと引いて見てるけど、格好いいこと言うけど、自分には命がけで取り組む物がないの。ズタボロになっても、これだけはってものがないのよ。いつも何でもほったらかしっていうか、放置しちゃって……車も放置、車のキーも放置、携帯電話も放置、人の心も……」
礼太郎「……」
有香「あなたは優しいけど、アタシの心はいつも放置されてた……」

大石静「アフリカの夜」第8話より

このセリフだけ見ても、このドラマの面白さが分かる。

このシーン、およそ12分間。途中、回想シーンが入るものの、ほぼアフリカの住人の会話だけ。その中に、いろいろな要素が入った、密度の濃いシーンだった。そして、それをまとめ上げるのが、我らがトリックスター緑なのだ。



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