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風船羊【小説】

観光で異星にやってきた若い親子が遭遇したのは、羊のような不思議な生き物でした。SFショートショート。

タム星の大草原に観光宇宙船が降り立った。乗客のほとんどは地球からの観光客である。そのなかに三人の若い親子の姿があった。

「おい、たける、ガム出せ」

アロハシャツ全開でズボンに両手をつっこみながらパパが言った。ぼくはキャリーバッグの一角を占める大量のチューインガムのなかから一つを取りだして、パパに渡した。

「おせえよ」
パパはチューインガムを乱暴につかみ取ると、口に放りこんだ。

「草しかないわね」
真新しい白のワンピースを着ていつも以上にめかし込んだママが、見渡す限りの草原を眺めて言った。

「それがいいんじゃねえか。地球にはもうこんなところねえだろ」
「そうね。……あれなんだろ」

なだらかな斜面を一匹の羊のような生き物が歩いていた。羊よりも胴が短く、頭は胴に埋もれていて全体的にまるまるとしている。

「かわいいー! わたあめみたい」

ママは少女のような声をあげてパパにすり寄った。パパはチューインガムをくちゃくちゃと嚙みながら、まんざらでもないようすでガイドブックの知識をひけらかした。

「あの動物は風船羊っていうんだぜ。なんで風船羊っていうか知ってるか」
「わかんなーい」

パパは足下の小石をひろいあげると、その動物に向かって投げつけた。すると動物はみるみる膨らんで宙に浮かんだ。

「すごーい! おもしろーい!」
「おどろくとガスを産生して、あんなふうに空中に逃げるんだ」
「へえ、ほんとに風船みたいね」

パパは得意になって何度も石を投げつけた。風船羊はキュウキュウと鳴きながら浮き沈みを繰り返した。最大でも一メートルも上昇しないようで、パパもママもすぐに飽きてしまったようだった。

「あれはなんだろ」

ママが指さしたほうを見ると、今度は骨ばった長い手足で四足歩行する生き物がいた。

「あれもおもしろそうだな」
「うん! 行ってみましょ」

ママがパパの腕に抱きついて、二人は歩き出した。ぼくも付いていこうとしたのだが、キャリーバッグが重たくてゆっくりしか進めなかった。

「おせえな」
「いいよ。あんたはそのへんで羊でも見てなさい」

ママとパパは一度振り返っただけでさっさと行ってしまった。ぼくは追いかけるのをあきらめて、キャリーバッグを横にして腰かけた。

なだらかな斜面の先からキュウキュウという鳴き声が聞こえてくる。向こうにも風船羊がいるのだろう。

ぼくはさっきの風船羊に背後から近づいてみた。石を投げつけられたことなど忘れているのか、のっそりとした動きでむしゃむしゃと草を食べている。すごい毛量なのだが、お尻のところに少し毛の薄いところがあった。黒い穴が見える。

ぼくはあることを思いついて、ママとパパのほうをうかがった。二人の興味は別の生き物に移っているようだった。ぼくはキャリーバッグからチューインガムを取りだしてくると、それをくちゃくちゃと嚙んでから風船羊のお尻の穴に突っ込んだ。

風船羊はびっくりして、例のごとくみるみる膨らんだ。足が地面から離れ、上昇していく。しかし今度は降りてこなかった。ガムで塞がれているせいでガスを排出できないのだろう。そのことに恐怖してか、風船羊はさらに膨張しふわふわと空に飛んでいった。

斜面を上がると平地になっていて、何十匹という風船羊の群れがあった。ぼくはチューインガムを大量に嚙んで、片っ端から風船羊のお尻に突っ込んでいった。

何十というふわふわの白い風船が空中に舞った。遠くのほうからママとパパの興奮した声が近づいてきた。

「なにあれ! すごーい!」
「すげーな、ありゃ風船羊か?」
「え、さっきのやつ? どういうこと、どういうこと?」
「なんであんなに高く飛んでるんだ」
「すごいたくさんいるよ! かわいいー!」

ママとパパは斜面を駆けあがってきて、上空を見あげながらはしゃいでいた。ぼくはほこらしげに胸を張ったが、二人の目には入っていないようだった。

突然パチンとなにかが弾ける音がした。振り返ると、ちょうど一匹目の風船羊がいたあたりに赤い水たまりができていた。近寄ってみると、ぐちゃぐちゃした赤黒いかたまりがその辺じゅうに飛び散っている。

すると今度は空からパチン、パチンとさっきと同じ音が何十回も連続して響いた。かと思うと、ママたちのいるところに突然の大雨が降ってきた。赤い雨だった。ママの白いワンピースとパパのアロハシャツが真っ赤に染まった。見合った二人の顔からは、さっきまでの浮かれた表情がすっかり消えうせていた。

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