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スナッフフィルム

警告
本文にはショッキングな表現が含まれています。苦手な方はお読みにならないでください。

「スナッフフィルムって知ってるか」

自室のベッドに寝そべって漫画を読んでいると、遊びに来ていたマサヤが突然そんなことを言い出した。ぼくは漫画に目をやったまま答えた。

「知らん。なんだそれ」
「殺人の様子をビデオに撮ったもんだ」
「こわっ」ぼくは顔をしかめた。「なんで撮るんだよ。捕まるじゃん」
「娯楽用だ」
「娯楽って、映画じゃあるまいし。ポップコーンも喉を通らんわ」
「お前、こわいのだめだもんな。だけど映画監督志望なんだから、一回は見ておくべきだぞ」
「なにを?」
「だからスナッフフィルムだよ」

ぼくは目を丸くしてマサヤを見た。

「あるのか?」
「インターネットに落っこちてたんだ」
「偽物だろ」
「いーや、これはかなりマジっぽいぜ」

そう言いながら、マサヤはリュックサックからノートパソコンを取りだした。

「おい、まさかこれから見る気じゃないだろうな」
「当然見る気だよ。いい教材になると思うぞ」
「いや、いいって。ホラーには興味ないんだよ」
「どんな映画にも刺激は必要だろ。試しに一回だけ見てみろよ。耐えられたら明日学食おごっちゃうぜ」
「からあげ定食でもいいか」
「うむ、許可しよう」
「よし。仕方ない、見てやるか」

マサヤはなにやら操作すると、ノートパソコンをぼくに差し出した。画面いっぱいにツインテールの女の子の顔が映っていた。胸元あたりまで見える。学生服を着ていた。こっちを見ている。

「なにこれ。もう始まってるのか」
「そうだよ。その子かわいいだろ」
「マサヤはこういう子好きだよな。ぼくはもっとキレイ系がいいな」
「なにゼイタク言ってんだよ。その子これから大変なことになるんだからな」
「やべ。ちょっとこわくなってきた」
「早えよ。まだなにも起きてないだろ」
「この子監禁されてんのかな」

背後に本棚やベッドが映っていた。なんの変哲もない部屋のようだが、女の子の様子がおかしかった。顔が強ばっている。

女の子が声を押しころすように両手で口を塞いだ。

「これ音はないのか」
「そこがガチっぽいだろ。作り物じゃない証拠だ」

女の子が両手を口に当てたまま突然ぎゅっと目をつぶったかと思うと、次の瞬間画面が大きく揺れた。一瞬のことでなにが起きたのか分からなかった。

画面に飛び散った血液が点々と付着していた。机に突っ伏する女の子の頭頂部が見えていた。

画面の外側から何者かの手が伸びてきた。黒い手袋している。襟をつかむと、女の子を荒々しく床に引き倒した。

机の陰に入ってしまい、ぐったりと横を向いた女の子の顔だけが見える。と思ったら、黒のコートが画面を覆った。レンズにべったりと付着していた血糊が拭き取られ、それから画面全体が上下に揺れた。犯人がカメラの位置を調整しているようだ。

黒いコートの人物がいったん画面から外れたときには、床に仰向けで倒れている女の子の全身が見えるアングルになっていた。

画面右側からゆっくりとした足取りで黒コートの人物が女の子に近づいていく。その手には金槌のようなものが握られていた。

「だめだ、気分悪い」
「まだ序盤だぞ。これじゃあ、からあげ定食はあげられないな」
「いや、だってこれ、ほんとにヤバいやつじゃないのか」
「だからそう言ったろ」
「警察に連絡したほうがよくないか」
「もう通報してあるから安心しろ」
「捕まったのか?」
「さあ。なにも連絡は来てないけど」
「フード被ってるし、犯人の顔は判別できないよな」
「当然だろ。自分の顔が映ってる映像を流出させると思うのか」

黒コートの人物は女の子に馬乗りになっていた。金槌を振り上げては振り下ろす。そのたびに女の子の両手がビクンと飛び跳ねた。犯人の後ろ姿で隠れているが、金槌の勢いからするに、すでに顔面は粉々になっているのではないだろうか。

犯人が立ち上がり、画面の外に移動した。それと同時に目も当てられない光景が露わになった。ツインテールの形をした髪の毛は視認できるものの、頭部は原型をとどめていなかった。目や鼻や口はなく、赤い水たまりと潰れた肉塊があるだけだった。

強烈な吐き気がこみ上げてきてぼくは口を押さえた。

黒コートの人物が再び現れたときには、布で包んだ複数の刃物類を携えていた。上半身が返り血で汚れている。

犯人はいったん荷物を床に置くと、女の子の股の間に屈んだ。チェックのスカートが捲りあげられ、下着がずり下ろされる。女の子はもうぴくりとも動かない。失禁のために汚れていた下着を犯人が摘まんで放り投げた。

むき出しの陰部がちらりと見えた。犯人は女の子の片脚を持ち上げると、露出した脚のつけ根に三徳包丁を押し当てた。さびついた刃が前後に動き、柔らかい肌を裂いていく――。

無理だ。見ていられない。ぼくはぎゅっと目をつぶった。まぶたを閉じる直前、ノートパソコンの上部に内蔵されているカメラが光った気がした。


(了)


最後までお読みいただきありがとうございます。このあと主人公がどうなるのかは、あなたのご想像におまかせします。え、想像するまでもないって? 確かにそうですね。なんせ、最初から読み返せば済む話なのですから。そうです、マサヤは異常者です。

最後までお読みいただきありがとうございます。