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ピアニスト殺人事件
胸に包丁が突き立てられた遺体を前にして、二人の男が言い争っている。若い警官は首をひねり、素行の悪そうなほうの男に問いかけた。
『つまりあなたがこの屋敷に来たときには、すでにこうなっていたと』
「だからそう言ってるだろ」
男は派手な金髪をかきあげながら興奮気味に答えた。「親父は死んでて、部屋はこの有様だ」
「嘘をつくな」
もう一人の男がシワひとつないワイシャツの襟を正しながら口を出した。「ぼくが階段を降りてきたとき、お前、父さんの傍に屈んでなにかしてただろ。財布でも盗ろうとしてたんじゃないのか」
「ふざけんな、息があるか確認してたんだよ。兄貴こそ、部屋がこんだけ荒らされてんのに、気付かなかったなんておかしいだろ」
「ずっと二階の防音室でピアノを弾いてたんだ。演奏会が近いからな」
「どうだかな。親父の足下にも及ばないくせによ。また口出しされて、キレちまったんじゃねえのか。それか遺産目当てで殺したか」
「金が必要なのはお前のほうだろ。いい歳していつまで遊びまわってるつもりだ」
「兄貴みたいに親父の言いなりになってるよりマシなんだよ」
「だまれ。お前みたいなやつが弟でこっちはいい迷惑だ。お巡りさん、こいつを逮捕してくれ」
「俺はなにもしてねえって言ってんだろ」
「防犯カメラの映像を見れば言い逃れはできないぞ」
『防犯カメラがあるなら早く言ってくださいよ』
若い警官はいいかげん兄弟喧嘩に辟易していた。
兄のほうが警官をモニター室に案内した。弟も気怠そうに後ろを付いてきた。
「俺はべつに見たってかまわないぜ。……ところで、兄貴はいつの間に警察に電話してたんだ?」
「なに言ってるんだ。お前が呼んだんだろ」
*
三日後の新聞記事より
白昼の凶行! 有名音楽一家惨殺される
○○県××市の邸宅でピアニストの坂本伸行さん(64)、長男の一行さん(38)、次男の伸二さん(36)の遺体が発見された。遺体の胸や背中には複数の刺し傷があり、家の中はひどく荒らされていた。警察は強盗殺人事件として捜査本部を立ち上げたが、犯人に繋がる手がかりは未だ見つかっていない。なお、家には防犯カメラが設置されていたが、すべてのデータが持ち去られていた。
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